ひひらぐ柊(4/4)

***



「アドベントカレンダー屋さんだよ!」
「サンタクロースの名はどうした……!」
もう捨てたのか、さすが名を変えてきた刀だな! と突っ込む審神者の目は、突然執務室に現れた髭切の姿をしっかりと捉えていた。
――審神者が柊に目を突かれて早数日。光を失った審神者の目は、その翌朝にはすっかり良くなっていた。本丸の皆は膝丸から「主は年末の疲れで休んでいる」と聞かされていたらしく、復帰した朝は「まだ寝ていろ!」と部屋に返されてしまい、それから皆に言われるまま二日ほど体を休ませ、迫る連隊戦に向け復帰したはずだったのだが……。
「ああ、そう言えばそんな名前もあったね」
「ええ……、て、適当過ぎない……? ねえ、膝丸……」
「……名前について俺に振ってくれるな」
「アッ……」
審神者の側には引き続き、膝丸が近侍として控えていた。
休んでいた間の雑務はどうやら膝丸が引き受けてくれていたらしく、謝罪と礼を済ませると「こちらこそ兄者が……、いや、なんでもない」と気まずそうに言葉を濁していた。
そんなこんなで休んでいる間の業務の確認や引継ぎなどをしていた時に、髭切改め、サンタクロース改め、アドベントカレンダー屋さんが現れたのであった。
「あとアドベントカレンダーは今日でお終いだよ」
「突然の打ち切り」
しかもアドベントカレンダーはクリスマスを待たずに終了してしまうらしい。
一応、休んでいる間は軽食が運ばれたり、プレミアムモイスチャーな目薬を渡されたり(確実に膝丸の私物だったのであとでこっそり返した)、髭切からもらった落ち葉で揃いの栞を一緒に作ったり、事、物、問わずなんとなくアドベントカレンダーは続いていたのだが、まあ、やり始めたのが髭切なので突然の打ち切りも仕方がないかと審神者は諦めた(そもそもサンタクロースとアドベントカレンダーは別物である)。
「はい、贈り物」
最後のプレゼントは何だろうかとポケットを探る髭切を待つと、審神者の目の前に細いチェーンが下がった。いや、チェーンにぶら下がった……。
「ゆ、指輪……!?」
髭切が取り出した細いチェーンには、金色の指輪が通されていた。まさか初手の亥の子餅から柊で目を突かれたアドベントカレンダーで、指輪なんてまっとうな物が出てくるとは思わなかった審神者が悲鳴のような声を上げると、それを聞いた膝丸が覗き込む。
「……それは兄者の指輪だろう。軽装の」
いいのか? と首を傾げる膝丸に言われて見直せば、確かにそれは髭切の指輪だった。軽装の際に、人差し指にはめているものだ。出掛けの際によく軽装姿を見るが、髭切によく似合った素敵な指輪だと思っていたのだが、本人は構わず頷いた。
「うん、あげる。君に」
「えっ……、も、もらえないよ! だって髭切のものだよ!」
だいたい髭切のものうんぬん、それは髭切がするからこそいいのであって、審神者が持っていても何にもならない。そう返そうとすれば、その手をするりと抜け、髭切が審神者の首にそのネックレスを下げる。
「だからだよ。僕のもの、君が持っててよ。せっかく気に入ったチェーンも手に入ったし」
「え……、あ……っ」
「気になるなら、僕が軽装じゃない間だけでも君が持っててよ。必要になったら、君の元に取りに行くから」
髭切の手が離れると、審神者の首には金色に輝く指輪が下がっていた。そしてその指輪とチェーンを見下ろし、思えば喧嘩したあの日、髭切が立ち寄っていた店はアクセサリーも並んだ雑貨屋だったことを思い出す。
つまり、審神者がヤキモチを妬いたあの時、髭切はこのチェーンを選んでいたのだろうか。ならばあの時抱いた感情はとんだ勘違いじゃないかと審神者が顔を上げると、髭切は優しく微笑んだ。
「君の私物って少ないなあって思って。君は軽装しかり、僕達にいつも与えるだけだから」
「そ、そんな事……、それに、軽装とかは福利厚生的なあれだし……。えっと、私は……」
受け取れないよ……、と困った顔をする審神者の隣で、膝丸が苦笑した。
「君、こういうものは素直に受け取りなさい」
「そうそう。弟の言う通りだよ」
「う、うう……」
「僕、主にありがとうって笑ってもらいたいな」
「うっ……!」
小首を傾げ、顔を覗き込んだ髭切に審神者は胸に手をあてた。
そして胸元で輝く指輪を見下ろしては、おずおずと黒い瞳で髭切を見上げた。
「……ありがとう、髭切」
「うん。はい、笑って笑って」
「…………え、へへ……」
ゆっくりと、徐々に笑顔を浮かべた審神者に髭切も微笑む。
和やかなふたりの雰囲気に膝丸は一件落着かと、次は兄に近侍の引継ぎをせねばと考えた。その先で審神者が幸せそうに指輪を眺めているのを見て、新しい指輪ではなく、わざわざ自分がしていたものを贈る髭切を盗み見る。
審神者を見詰めるその表情はくすぐったくなるような甘い笑みだったが、優しく弧を描く唇から、どこか仄暗い気持ちを受け取った気がして膝丸は僅かに眉根を寄せた。
(――……まるで首輪だな……)
思いかけた言葉を膝丸は飲み込んだ。いいや、そんなはずがないと打ち消すが、一度思ってしまった言葉は、何かに引っ掻かれたかのように膝丸の心に痕を残した。それはまるで、柊の葉で引っ掛けてしまったかのような小さな痕に思えた。
……考え過ぎだと膝丸は再度打ち消す。そして自分がまだ微笑んでいる内に、幸せそうにしているふたりから、そっと目をそらした。

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