ひひらぐ柊(3/4)

「――で、今度は主に何をしたんだ?」
茜さす夕刻の渡殿を渡り、部屋に戻った膝丸から目薬を受け取れば、溜息混じりの声を聞いた。
目薬と引き換えに寄越された目は、棘のようにちくりとしたもので、髭切は審神者から回収した柊をくるりと指先で回して唇に当てた。
「おや、人聞きの悪い。アドベントカレンダーだよ。一日ずつ主に贈り物をしているんだ。昨日は南天、一昨日は松かさ。その前は綺麗な落ち葉を。だから今日は柊を。白い花が咲いてて綺麗だったからね」
「……側にいてやらなくていいのか」
気丈に振る舞っていたが、光を奪われた審神者の表情には不安と動揺が見られた。本来なら一人にさせない方がいいのだろうが、引き止めようとした審神者の手を簡単に離した髭切を見て、何か裏があるのではないかと膝丸は訝しんでいるようだった。
非常時であれば、髭切は審神者の側を離れない。それなのに離れたのは、きっと何か意図があってのことだろうと膝丸が部屋の入口を塞ぐ。
目の前に立ちはだかった弟に、そう簡単に譲ってはくれなさそうだと、髭切は肩をすくめた。
「一応、喧嘩中だからね。僕はあまり側にいないほうがいいかと思って」
「何を馬鹿なことを……」
髭切、と伸ばした手が届かなかった時の審神者の表情は、見ているこちらも胸が引き千切られるくらい可哀想なものだった。膝丸でさえそう感じたのだから、目の前で見た髭切が何も思わないわけがない。近侍を外された経緯は知らないが、今は離れるべきではないだろうと、膝丸は非難めいた視線を向けた。
「もう少し普通に可愛がってやれないのか」
「可愛がってるじゃないか、こんなにも」
「兄者の可愛がり方はわかりにくい」
「当たり前だよ。僕らは付喪だ」
「………………」
普通なわけがないがないだろうと髭切は笑った。低い声で笑った髭切に膝丸は少しだけ目を見張っては「……付喪であればいいのだが」と小さく零した。
「……目は、ちゃんと治るのか」
「大丈夫さ。この本丸はあの子の気で満ちている。そんな場所で花を咲かす柊があの子を害すわけがない。柊が突きたかったのは多分、僕のはずだよ」
「兄者……?」
審神者の不安そうな表情を見るたび、髭切の胸は甘く擽られる。
今も一人にされて寂しくしていると思うと、後でたんと甘やかしてやろうと、拗ねたり甘えたりする審神者を想像してつい意地の悪い事ばかりを考えてしまう。――おそらく、柊はそんな髭切の心を突いた。
「柊の爆ぜる音は鬼に効く。つまり、そういうことだよ」
審神者を傷つけた方がよっぽど堪えると思って突いたというのなら、なるほど柊の別名も納得がいく。
(……そんなに燃やされたいのなら、春を待たずに燃やしてやる)
柊は髭切の、少しだけ歪な愛情を感じ取ったのだろう。故に「目を覚ませ」とばかりに審神者から光を奪ったが、髭切を引き止めようとしたあの表情を見れば、しばらく文句は言えないはずだ。行かないでくれと、寂しそうに伸ばされた手が誰に向けられていたのか、この柊はきちんと見ていたはずだ。
「夕飯は僕が取りに行くよ。食べやすいものを用意しておくよう、厨当番に言っておいてくれるかい」
いつの間にか、外は藍色に染まっていた。遠くの空で茜色が暗く塗り潰されようとしている。薄暗い黄昏の中では、己の表情どころか輪郭さえぼやけてしまいそうだ。昼と夜の境界線が曖昧になる空へ向かうように、髭切は部屋を出た。
「それ、厨に行くついでに焚べといて」
「…………ああ」
立ち塞がる肩に柊を押し付けると、膝丸が苦々しく道を譲ってくれた。苦々しい声は言われたことに対しての返事だったのか、これから燃やされる柊に向けた声だったのかはわからない。それでも引き止められなかったのは、髭切が審神者に対して傷を作るようなことはしないと知っているからだろう。髭切は目を細める。
「それから、あれの目が見えなくなったことは皆に伝えなくて大丈夫だよ。明日の朝には治るだろうから」
いずれ、柊もこの弟のように諦めてくれるだろう。
(まあ、諦めてくれなくともあれは僕のだ)
一人待たせてしまった審神者の表情を想像しながら、髭切は部屋を後にする。
その背中に、――やはり、何かしたんじゃないか……と、呟かれた声を聞き、髭切は薄く笑みを浮かべた。



渡殿を歩くと、すぐ戻るからと部屋に残したはずの審神者が、一人出歩いている姿を見付けてしまった。
審神者は手探りで壁や柱に添いながら、ふらふらと危なかっしい足取りで廊下を歩いていた。しかしこの本丸の渡殿は壁のない透渡殿なので、支えを探す手が柱を掴み損ね、そのまま庭へ転落でもしたらと思うと肝が冷えた。
髭切はすぐさま駆け寄り、その足音に顔を上げた審神者の手を握り取った。
「――目を離すとすぐどこかに行く」
小さな手を取ったのと同時に安堵の息をついた。確か、あの日もどこか一人で行こうとする審神者を引き止めたのを思い出し、掴んだ手を少しだけ、きつく握った。
「ひ、髭切……?」
「すぐ戻るって言ったのに」
何処にも行かせないよう、髭切は掴んだ手を引き寄せ細い腰を支えた。そのまま抱き寄せ、「どうしてふらふら行くかな」と低く囁くと、審神者は擽ったそうにぎゅっと肩を縮めた後、髭切の胸に手を付いた。
「髭切、あの、あのね、聞いて……」
「……うん」
髭切とわかるや否や、審神者は身を捩りつつ、やんわりと胸を押し返そうとした。
距離を取ろうとする腕に気付きつつ、髭切はどこか冷えた目で審神者を見下ろした。
「……私、本当に鬼になったかもしれない……」
「………………うん?」
ところが、審神者から聞かされた一言に、髭切はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……なんだって?」
「柊は鬼を払うものなんでしょう? 私、本当に鬼になってて……、だから柊は私の目を突いたんだと思うの……」
「………………」
一人にさせるとすぐに思い詰め、時折突拍子もない結論に行きつくのは審神者の悪い癖だが(そこが可愛いところでもある)、一体どうしてそんな答えに辿り着いたのか。小さく唇を震わせながら話す審神者をひとまず落ち着かせるために、髭切は腕を緩めて顔を覗き込んだ。
「全然話が見えないや。どういうことだい?」
「……この間、ふたりで出掛けた時のこと覚えてる?」
「うん、出掛けたね」
「その時、私は鬼になったのかも……」
「どうしてそう思うんだい?」 
「だって、喧嘩した、から…………」
「………………」
詳しく聞き出そうとしてもさっぱりわからない。
顔色の悪い審神者の肩を撫でながら、髭切はふたりで出掛けた先日、鬼の気に触れるような喧嘩などあったかと思い出す。
「…………」
すると、一つだけ。
喧嘩……、かどうかはわからないが、審神者を怒らせてしまった記憶が微かに引っかかる。しかしそれは怒らせたというより、髭切的には拗ねさせてしまったというか、ムッと頬を膨らませる審神者が可愛くてそのままからかってしまったのだが……それが喧嘩というのなら、そうなのかもしれない(いや、その翌朝から近侍を外されているので、きっとそうなのだろう)。
「……喧嘩したから、君は鬼になっちゃったのかい?」
でも、本当に取り上げるべきはその日の夜の話なんだけどな……と思いつつ、髭切は首を傾げる。
「喧嘩、というより……」
審神者の丸い目が、落ち着きなくあちこち動き回った。その目はやはり髭切を捉えてくれないのだが、それでも審神者の目には、たくさんの感情が溢れている気がして、取り零すことのないよう髭切は見詰めた。
「あ、あの時……。髭切を置いて帰ろうとした時なんだけど……」
ふたりで出掛けたあの日。
髭切は一人で先に帰ろうとする審神者を引き止めた。というのも、審神者を店の外に待たせ、つい店員と話し込んでしまったのだ。待たせている内に審神者が痺れを切らしたように歩いていくのを見て髭切は追いかけたのだが……。
「……うん。僕の買い物で待たせてしまって、君が先に帰ろうとしたんだよね」
「その、あの時ね、待たされたから怒ったんじゃなくて……」
引き止めた時はツンと顔をそらしていた審神者が、その時のことをもごもごと話し、頬を薄っすらと染めていく。
なんだか思わせぶりな態度に、あの時、からかって聞き出すことができなかった言葉が聞ける気がして、髭切は口を挟みたくなるのを必死に堪えて続きを待った。
「髭切がお店の人と仲良く話してるの見て、私……、す、すごく、嫉妬、してしまって…………」
「………………」
「髭切が知らない人と仲良くしてるのが、嫌で……、見てられなくて……、だ、だからその時、私は鬼になったかもしれなくて……、その、あの時は、ごめんね……」
かあ、と赤くなった顔を抑えながら話す審神者を、髭切は真顔でじっと眺めていた。
「……自分の中の鬼ってどうしたら払えるのかな……。やっぱり、髭切に斬ってもらうの……? そうしたら私は、死んじゃう……?」
「………………」
不安そうにする審神者を見詰めながら、……こんな可愛いだけの鬼がいてたまるか、と髭切はきつく眉根を寄せる。しかし、目の前の自称鬼はその愛らしさで髭切の胸をきつく締め付け、甘く蕩けさせることができると思えば、ある意味鬼なのかもしれない。
(まいったな……)
あの日、髭切を置いて一人帰ろうとする審神者が店の娘に妬いていたことには気付いていた。それを審神者の口から聞きたくて、なんとか聞き出そうとからかったり、その夜に散々可愛がってしまったのだが、まさかこんなところで聞かされるとは思わなかった。
近侍を外された時は流石にやり過ぎたかと思ったが、その先で聞くとは……。
(可愛すぎる……)
髭切は緩みそうになる口元を抑え、だらしない顔を審神者に見られないことにほっとした。
「……嫉妬したから、鬼になったと思ったのかい?」
気まずそうに、恥ずかしそうにも俯く顔を、髭切は頬を撫でるようにして持ち上げた。
薄っすらと色付くあたたかい頬、飴玉のような丸い目、柔らかく小さな唇。どれを取っても鬼とは程遠い審神者の顔を覗き込み、これが鬼ならば世の中鬼だらけだと思いながら、髭切は聞いた。
「…………うん……」
やや伏した目から伸びた睫毛が小さく震え、髭切はかぶり付きたくなるのを懸命に堪えた。
これが本当に鬼になった時、果たして斬れるのかと問い、すぐさま鬼の姿になって嘆く審神者を鏡のない場所に閉じ込めることを考えてしまった。それからまた一人出歩くことのないよう手足に枷を付けて隠してしまえば……、とまで考え、これではどちらが鬼かわからないと自嘲した。
「髭切……?」
くすりと笑えば審神者が瞬きをする。その先に自分を映していないことに髭切はすっと目を細め、小さな顎を持った。
「どこを見てるの。僕はここだよ」
顎を持ち上げれば、喉を詰まらせた審神者から「うっ……」と苦しそうな声を聞く。
瞬時に言い返すこともできない審神者に目を緩め、こうも好き勝手されて可哀想にと、髭切は他人事のように眺める。でも、審神者はきっと、髭切のせいだとすら思っていないのだろう。
「君が鬼なら、この世は鬼だらけだ」
もし、この世が審神者のような人間ばかりであったのなら、この身に受ける名もまた、違っていたのかもしれない。上向かせた審神者の額に口付け、この白い額に生える角とは一体どんな形なのだろうと想像して微笑んでしまう。
……きっと、角まで可愛い。
そんな思いを込めて審神者の額にかかる髪をそっと払った。
「でも、私、その時すごく嫉妬してしまって、だから柊に……」
「うん。取り合えずお部屋に戻ろうか。君の体が冷えてしまうから」
「そ、そんなことより皆に……ひゃっ……!」
また一人何処かに行こうとする審神者の体を、髭切はひょいと横抱きにした。上着も羽織っていない体はすっかり冷えており、それでも構わず部屋を出たのは、自身が鬼になったことを慌てて誰かに告げに行こうとしたのだろう。
「だぁめ。目が見えないのだから、大人しくして」
「で、でも……」
なお腕の中から出ていこうとする審神者をしっかりと抱きかかえ、髭切は渡殿を進む。
「そんなに気になるなら確認してあげるよ」
「え?」
「君が鬼になってしまったのか、僕が確認してあげる」
「ほ、本当……?」
「僕を誰だと思ってるの?」
鬼かどうかを確かめる相手としては、申し分ないはずだ。
髭切は審神者が歩いてきた道をすたすたと戻り、部屋に到着するなり奥へ進んでは審神者を褥の上に座らせた。どうやって鬼かどうか確かめるのかと首を傾げつつ、ちょこんと座る審神者の傍らに灯台を置き、明かりを灯す。
「まずは額の角だよね」
暗がりにぼんやりとした明かりが広がる。
髭切は向き合うように腰を下ろして、審神者の額を撫でた。細い髪を分けて額を開けば、審神者は早速鬼かどうか確かめられているのだと気付き、すぐに両目を瞑った。
好いた女から嬉しい言葉を聞かされ、すっかりその気になっている男を前にやすやすと目を閉じる姿に、ああもうと肩を落としたくなるが、信頼からくる審神者の無防備な姿は、髭切をますます掻き立ててしまう。
……その信頼ごと、今すぐ押し倒してやりたい。
気を抜けばすぐにでも襲い掛かりそうになるのを堪えつつ、髭切は審神者の額を撫でる。
灯りに照らされた白い額にまた唇を押し付けたくなるが、撫でたそばから審神者がほっと息を付く。その安心しきった様子に、胸の奥で何かが焦げ出すのを髭切は感じた。
「……角は無いみたいだね。次は……、牙かな。口を開けて」
額に触れていた手を滑らせ、顎に親指を置く。鬼になったかもしれないというわりには、犬猫さえ喰えそうにない小さな口がおずおずと開かれる。中にはこれまた小さな歯と赤い舌が見え、絡め取って蹂躪したくなる。
「んぅ……っ!」
ちろちろと動く舌を見ていると、いつの間にか髭切の指が口の中に入っていた。
「ひっ……え、きり……っ」
柔らかい舌を指で追いかけては押さえつけ、苦しそうにする審神者を見て、髭切は我に返った。
「ああ、ごめん。舌が伸びてないか確かめたかったんだ。大丈夫かい?」
「う、うん……」
もっともらしいことを口にし、髭切は口の中に溜まった唾をごくりと飲み込み、何事もなかったかのように指を引き抜いた。そして濡れた指先を静かに舐め、審神者の小さな口を熱く見詰める。
「うん。牙もないし、口も裂けてない」
この口に食べられてしまうのも、吝かでない。そんなことを考えながら、髭切は唇から頬を指でするりと掠める。撫でれば、明かりで火色に染まる耳を見付けた。髪を分け、その先にある耳をそっと手に取る。
「耳はどうかな。尖ったりする……?」
「……っ」
指を滑らせると、審神者がぴくりと肩を震わせた。それを眺めつつ髭切は耳殻をなぞり、柔らかい耳朶を通っては耳の穴に少しだけ指先を埋めた。
「ここも大丈夫そうだね」
「う……っ」
小さく呻いた審神者に、今度こそ髭切はぱっと手を離した。
「大丈夫かい?」
「ご、ごめん、擽ったくて……」
「……君が鬼になったか確かめているのに?」
悪い考えしかないというのに、さも他意はないとばかりの態度をすれば、審神者はすぐに首を振った。
「ご、ごめんなさい……。大丈夫……、我慢するから続けて」
我慢なんてしなくていいのに。
表情を引き締め座り直した審神者に、どこか可哀想なものを見る目を向けつつ、髭切は腕を取った。
「手はどうかな。爪が伸びたりしてる?」
華奢な腕から掴んだ手首は、力を入れてしまえばどうにかなってしまいそうなほど細い。
誤って折ったりしてしまわぬよう、するりと手首の内側をなぞれば、審神者の手がどうすればいいのか惑う。
髭切の指は既に袖口の中にあり、最早弄られているに近い。それなのに審神者はまだ、鬼かどうか確かめてくれているなどと思っているのだろうか。目の前にいるのが髭切だから良かったものの、簡単に触れられることを許してしまう審神者の無防備さが愛おしく、またどこか腹立たしく感じた。
(これは優しすぎるから、鬼になっても絶対に生き残れない)
だから僕が囲ってあげなくては。
誰の目も届かなければ、柊さえ触れぬ場所に。
髭切は審神者の手をそっと持ち上げる。指先には、桃の花弁のような、ほんのりと甘い色の爪がついていた。毎夜、髭切の背中さえ引っ掻いてくれないこの薄情な爪は、きっと誰かを傷付けることもできないだろう。
「爪も、伸びたりしてないね。ああでも、もしかすると、見えないところに変化があるのかも」
「見えない、ところ?」
「うん。裸になれる?」
「はっ!? 裸はちょっと……」
「でもどこかに鬼のしるしがあるかもしれないよ?」
「いや、そうかも、だけど……」
「じゃあ背中だけでも」
「せ、せなか…………」
裸を見られるなど初めてではないのに、慎ましさを忘れない審神者は胸元を隠すようにして腕を交差させる。しかし突然裸を見せろと言っても躊躇するのはわかっていたことで、髭切はわざと折れたように浅く息をついた。
「なら、後ろを向いて。服の隙間から見るよ。それならいいよね」
「あ、そ、それなら……」
「うん。少しだけ」
「う、うん」
「…………」
意地の悪いことを口にしたというのに、何を言っても信じる審神者の首筋に無性に噛み付きたくなった。もしや試されているのかとも思えてきて、髭切は軽い眩暈を覚える。
「おかしなところ、ない……?」
「……うん…………」
不安そうな声を聞きつつ、髭切はふらふらと引き寄せられるように、審神者の肩に手を添える。指先で襟を広げ、下着の紐が見えるくらいに寛がせると、薄い皮膚が粟立っている事に気付いた。
「肌が……」
「えっ……」
「ああ、ごめん、鳥肌だった。……寒いかい?」
「す、少しだけ……。でもそんなに寒いわけじゃ……」
途端、そこから甘い香りがして髭切を誘った。気付けば言いかけた審神者の体を後ろから抱き締めていて、細い首筋にふうと息を吹きかけていた。寒そうにする審神者に加護欲が掻き立てられたのかもしれない。柔らかい産毛をなぞるように息を吹きかけていけば、小さな体が腕の中でぞくぞくと震え出し、押し出されたような声を聞いた。
「う……っ、あ……」
甘い香りが一段とし、髭切はその香りを思い切り吸い込むようにしては――がぶり! と細い肩に噛み付いた。
「っ……!」
審神者の甘い香りを嗅いでしまえば、髭切の理性など簡単に吹き飛んでしまう。滴る涎ごと白い首をべろりと舐め上げ、狙いを定めて吸い上げれば、白い肌には赤い痕がついた。赤々と残った痕を嬉々として眺め、何が加護欲だと笑みが込み上げる。
「ひ、げきり……っ」
「君は本当に可愛いね」
「なにを……っ」
腕の中を出ようとする体を足で羽交い絞めにし、髭切は審神者の耳元で興奮混じりの大きな溜息を吐いた。
「君が、鬼になるわけがないだろう」
「あ……っ」
「こんなに甘い香りをさせて、こんな簡単に閉じ込められてしまう君が鬼だなんて」
「ひげ、きり……」
「それとも、僕を掻き乱して、僕を鬼にでもさせる気かい?」
「んっ……」
ちゅる、と肌を吸っては、肩口にもう一つ花を咲かせた。それを起点に、肩から首へと指先を一つ一つ置いて行けば、審神者は触れたところから反っていく。赤く染まっていく首筋から五指を滑らせ、きつく抱き締めて盛り上がった胸に手を置いた。
「いいよ、掻き乱してごらんよ。そうしたら君はまた僕の気にあてられて、ずっと目が見えないままだ」
目が見えないまま、何処へ行くにも僕に抱きかかえられて、僕の手を一生握って生きていく。その目に映るものはなく、僕の声だけを聞いて、僕が与えるものだけで過ごしていく。
そう思うと、髭切の心は歓喜に満ち溢れていた。
「可哀想に。全部僕のせいなのに」
「……え……、あっ、髭切……っ」
戸惑う審神者の胸を揉みしだき、華奢な体をまさぐりながら衣服を乱していく。衣服の中に手を忍ばせては胸の先を探りあて、まだ少ししか顔を出していない小さな先端を指先で捉える。徐々に顔を出す可愛い突起を撫でれば、審神者の肩がひくりと跳ねた。
「んっ……、待って、ど、どういうこと……、髭切のせいって……?」
「忘れてしまった? だって、ほら、あの日の夜、たっぷり注いだだろう?」
まあ、それで近侍を外されてしまったわけだが。
「あの日の夜……、はっ……!」
審神者の顔が、何かを思い出してはみるみる赤くなっていく。あの日の翌朝も、審神者は同じような表情をしていた。夜に注いだものが時間差で溢れ出て、布団の上からぴくりとも動けなくなってしまったのだ。
「思い出した? 多分ね、僕の精に柊が反応したんだよ」
「多分って……、あっ、ちょっと……、もう、髭切っ……!」
話をしながらあたたかい乳房をやんわりと揉みしだいていると、審神者が力いっぱい髭切の腕を引き剥がした。
「髭切は、大丈夫なの……!」
腕の中で振り向いた審神者は、髭切が乱したせいで肩やら胸やらが衣服から零れた、あられもない姿だった。その姿に、おお、と目を開いたが、審神者は見えてないせいもあってそれどころではないと髭切の腕を掴んでいた。
「髭切はどこも悪くないの!? 髭切のせ、せ、せいが反応したって、髭切は、どこで鬼を拾ったの!?」
「…………」
目が見えないながらも、審神者は手探りで髭切の腕やら胸に触れた。ぺたぺたと触れて確かめようとする小さな手を見下ろしつつ、心配する審神者に髭切はゆっくりと目を細めた。
(あぁ、好きだなぁ)
触れたところから悪意を吸い取っていくような、小さく、優しく、愛しい存在を抱き寄せ、腕の中で不思議そうにする審神者を髭切は優しく見下ろした。
「僕は鬼と所縁があるから、そもそも僕自身に鬼の気があるんだよ。大丈夫、拾ったとか、なったとか、そういうものじゃないよ」
「そ、そうなの……?」
「うん、そうなの」
「じゃあ……、大丈夫なの……?」
「うん、大丈夫なの」
「本当に?」
「本当に」
口調を真似ながら鼻先を擦り合わせれば、審神者はへにゃへにゃと崩れ、髭切の胸に凭れた。
「……よ、良かった…………」
「君はお人好しだね。今一番大変なのは君だというのに」
「……私が傷付くより、皆や、髭切が傷付くほうが嫌だもん」
「そこは僕だけが良かったなあ」
「う……?」
「まあ、いいや。そういう君が好きだし」
「すっ……」
ぽっと赤くなった頬を髭切は満足気に見下ろすが、審神者の視線は未だ何もないところに向けられていた。髭切はその視線を調整するように顎を持ち直し、丸い目を覗き込んだ。
この目に映るものはなくてもいいと考えたが、やはり、この優しい目にはいつも自分を映していて欲しい。
混じり合わない視線を無理やり合わせて髭切は微笑む。
「ねえ、僕の傷を癒やしてくれるかい」
「傷……、怪我してるの……!?」
「うん」
傷の言葉に飛び付いた審神者の手を取り、髭切はそれを自身の胸に押し当てた。
「君に近侍を外されてから、ここが、ずっと、ひりひりしてる」
「…………っ」
「寂しいよ、君の側にいれないのは」
胸がひいらぐ、と訴えながら手を強く押し当てると、髭切の意図を察した審神者が小さく顎を引いた。
「き、近侍を外したくらい、初めてじゃないでしょう……。任務のときだってあったし……、だいたい、構わず顔出してたじゃない……」
「でも、喧嘩したままだったから」
「け、喧嘩という意識がおありで……?」
「あるよ、一応。目をそらされるのはさすがに堪える」
そ、そんな風には見えなかったけど……? と唇を尖らせた審神者に、見えないはずなのによく感情を語る目だ、と髭切は顔を寄せる。
「仲直り、させてもらっていいかい?」
「いや、でも、私……、目が……」
触れた吐息に顔の近さを悟ったのか、身を引いた審神者に押し付ける手ごと体を寄せる。
「うん。安静がいいんだろうけど、原因が原因だから、多分僕にしか治せないと思うんだよね。あの時はほら、君に冷たくされて僕も気分が乗って……いや、うん、ほら、今度はちゃんとうまくやるよ」
「気分が乗って、何をうまくやるって……!?」
「何を、だよ」
「ナニ……んっ……」
審神者との会話も楽しいが、それよりももっと、直接的な対話がしたいと髭切は小さな唇を塞いだ。
「大丈夫、僕に全部任せて」
「そ、それが心配……っ、ふ、むぅ……」
柔らかい唇を食みながら、口付けに惑う審神者を見詰める。唇を重ねている間、「目を閉じて!」と叱られないことをいいことに、髭切はたっぷりと口付けながら審神者の表情を味わった。
「ん、んぅ……」
「かわいい……」
高ぶる感情のまま思った事を口に出せば、審神者の顔と耳が一気に赤くなる。照れているとわかると髭切の腹がぞくぞくとしだし、口付けながら審神者の衣服を次々に奪ってしまう。一枚一枚、果物の皮を剥くよう丁寧に脱がせると、瑞々しい肢体が髭切の元で露わになった。
「あ、や、やだ……」
柔らかい『実』を傷付けないよう褥の上に横たわらせ、その上に跨ると、審神者が体を捩って背を向けた。向けられた真っ白な背中に思いきり舌を這わせてやりたいと思いつつも、身を屈め、審神者の耳元に唇を寄せた。
「なぁに?」
「み、見ないで、絶対、見てる、でしょ……」
「そりゃ、見てるよ。綺麗な体だから」
「……っ、そんな、ことない……」
「あるよ。ずっと見ていたい。細い首も、丸い肩も、柔らかい胸も、小さなお臍も……全部好き。もちろん、背中も……」
「ひ、あ……っ」
背を向けていれば大丈夫だと思ったのか、そんな甘い考えを否定するように背中から首筋にかけて舌を這わす。たっぷりと舐め上げた後は、肌を吸い上げ、痕を残していった。柔肌を吸い上げるたび浮き上がる体の隙間から手を入れ、乳房を弄りながら髭切は声を落とした。
「ふふ……、あの日みたいだね。あの日も、この体勢だった」
「……っ!」
そしてあの日を思い出させるよう、審神者の体にすっかり硬くなりだした自身を擦り当てた。そう、やめてくれと啜り泣く審神者を、あの夜はこの体勢でひたすら責め立てた。既に力の入らない審神者を上から抑えつけるようにして、「ねえ、どうして一人で帰ろうとしたの?」「可愛い、可愛いからもっと泣いてごらん」と、出掛けてから背中しか見せてくれなくなった審神者をたっぷり可愛がった。最後は喧嘩したことも関係なく、もう許してと泣く審神者に興奮していたりもしたが……。
「や、やだ……っ、あれは、もう、やだぁ」
すると、あの夜がよほど堪えたのか、審神者が髭切の下から這い出ようとした。
「なら、僕の方向いてくれる?」
「……う、うう……っ」
「早くしないとお尻に噛み痕つけるよ」
「……っ!」
髭切がそう言うと、あんなに渋っていた審神者がくるりと体勢を変えた。それに微妙な気持ちを抱きつつ、髭切は恥ずかしそうに仰向けになった審神者に再度口付けを落とした。
「お尻、齧りたかったなぁ」
「だ、駄目、ゼッタイ!」
「えー」
くすくすと笑いながら口付けを重ね、その唇を下へとずらしていく。途中、小さく主張する胸に寄り道をしつつ、髭切は審神者の腹に口付け、淡い茂みへと辿り着く。
「じゃあ、こっちにさせてもらおうかな」
「ひっ、う……」
きつく閉じられた両足をもどかしいくらいゆっくり撫でると、審神者は「いや、だめ」と言いつつ、徐々に力を無くしていく。擽ったさと官能の狭間で悶える姿を眺めつつ、髭切は息を上げる審神者の足を開き、その内側にも触れるかどうかの力加減で撫でた。
「あっ……」
髭切はわざと中心には触れず、足の付根や淡い茂みを擽った。足の間は既に濡れそぼっていたが、擽る手をやめなかった。途中、涙を流すように蜜が溢れ出るさまを見てしまい、すぐにでも舐め取りたい衝動に駆られたが、息も絶え絶えで官能に染まっていく審神者を眺めたい気持ちが強かった。
「ひ、げきり……っ」
「うん? なぁに?」
「んっ……、あっ、やぁ……っ」
びくびくと震える審神者を愛しく見下ろし、わざと際どい場所に触れながらじれったい返事をする。審神者が口にするまでずっとこのままだと、最早拷問にかけているような高揚した気持ちで待てば、快楽の底へ引き摺り落としたいという髭切の心に、吐息混じりの甘い声が応え始めた。
「……んっ、も、もう……」
「もう? なんだい?」
「あっ……、……も、いい、からぁ……」
「駄目。もっと可愛くおねだりしてごらん」
もう、十分に可愛いけど。と心の中で付け足しながら、ひっと喉を引き攣らせた審神者を見下ろす。審神者はひくひくと体を震わせながら、消え入りそうな小さな声で求めた。
「……お、おねがい……」
「お願いだけじゃわからないよ。きちんとおねだりしてごらん」
「……っ、さわって、ほし、い……、お願い、髭切……っ」
もう焦らさないでくれと、涙を浮かべて懇願する審神者の可愛さといったらない。普段我儘など口にしない審神者の懇願が欲しくて、何度おねだりの仕方を教え込んだか。
審神者の目が見えていたら絶対怯えさせてしまっただろう笑みを浮かべ、髭切は美味しそうに熟れた場所に顔を埋め、舌を這わせた。
「ひ、ぁっ……!?」
熱く柔らかいものが触れたせいか、審神者は悲鳴に似た声を上げた。髭切は甘い蜜を舌先ですくい取っては唇を舐めた。
「可愛い、こんなに濡らして。そんなに舐めて欲しかったんだ?」
「あっ、違っ……、やぁっ……、それ、違う……っ」
花弁のような柔らかい場所を優しく押し開き、たっぷりと濡れたそこを髭切は丹念に舐め取る。自分の愛撫でこんなに泣かせてしまったと思うと、責任を持って慰めてやらねばという気持ちになる。しかし、とろりとした蜜は舐めるとすぐに口の中で蕩けて消えてしまう。髭切はもっと慰めたくて、花弁の先にある小さな実を舌先で小さく撫でた。
「や、ん……っ!」
これでは、慰めたいから泣かせているようなものだと思いつつ、違いない、自分は審神者を慰めたいから困らせるようなことをしてしまうのだと、少しの申し訳なさを込めて小さな実に優しく口付ける(本音を言わせてもらえば、申し訳ないなど欠片も思っていない)。
「あッ……!」
びくっと腰を揺らし、一際強く審神者が鳴いた。
「ん……、気持ちいい? これ」
「や、やぁ……っ! それ、だめ……っ、ひっ、あぁっ」
強い刺激に苦悩する審神者を注意深く眺めつつ、髭切は強弱をつけ舐め続けた。すぐに髭切を離そうと手が伸びてくるが、逆に絡め取って掴んだ。
「あっ、ひ、げきりっ……、つ、よいの、やぁ……っ」
「ええ? 優しくしてるけどなぁ……、ほら」
「んーっ!」
「ふふ、可愛い。ごめんね、もう少し頑張って」
「ひっ、やあっ……」
審神者の手をきつく引き掴みながら、淡い茂みから零れ出る甘い蜜を啜る。審神者の目が見えないのをいいことに散々舐め尽くしてみるが、思えば目が見えていても好き勝手はしていたので、結局は変わらないかと髭切は開き直って味わい尽くした。
「――……ご馳走さま」
「んっ…………」
最後に蜜口を啜って顔を離せば、審神者はぐったりとしていた。
審神者のおねだりを聞いたはずが、結局は髭切が満たされていた。我儘に付き合ってくれた審神者の頭を撫でれば「やぁ……」と恥ずかしさに愚図るような声を聞かされ、ますます加虐心が擽られる。審神者が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、もっとひどいことを試したくなる。髭切はいけないと思いつつ、にやける口をそのままに審神者の柔らかい花弁を指で撫でた。
「や……っ」
一撫でしただけで濡れた指先に、審神者は気だるげに首を振った。しかし、小さな蜜壺は髭切の指をすんなり許し、歓迎するように収縮した。切なく締まる中に、髭切の雄が揺さぶられる。甘い香りが濃くなり、口の中に唾液が溜まる。
髭切の理性をここまで擦り減らせる審神者は、本当にある意味鬼かもしれないと小さく笑い、指の数を増やして、思い出したように中を探った。
「そうだ、君が鬼かどうか、確かめなくちゃ」
「えっ、……ひ、ぁ……っ」
「もしかすると、見た目だけではわからないところが鬼になっているのかも」
「そ、んな……っ、わけ……っ、んっ、やぁ、探さない、で……っ」
「うん? どこかに印でも隠し持っているのかい? もっと注意深く探さないとねぇ」
「違っ……、あぁ……っ」
「うーん、どうかな。……指じゃ、一番奥まで届かないからわからないね」
「……っ」
奥という言葉に審神者の中がびくりと震えた。期待にひくついた素直な反応に、髭切は審神者の陰核に触れながら、押し込んだ指で柔らかい壁を刺激した。
「あっ、髭切、だ、だめ、それ……っ」
「うん? 駄目? ……あぁ、この辺りに鬼の印を隠しているのかな」
「し、知らな……んっ、んんっー……っ!」
「隠しても無駄だよ。僕は君のここをよく知っているからね」
「……っ!」
低く聞かせた声に、審神者の腰がひくりと小さく浮き上がった。そのまましばらく中を探り続けると、審神者から「ひげ、きりっ、もうやめてぇ……っ」と縋られた。
「……っ、あ……は、ぁ……っ」
どろどろに蕩けた飴玉のような目を見詰め、髭切はゆっくりと手を離した。中はひくひくと痙攣し、髭切に抱きつく審神者も吐息ごと震えていて、それを聞いているだけでも頭がぐつぐつと煮えてしまいそうだった。
(……ああ、もう駄目だ。はやくいれたい…………)
紅潮した審神者を見下ろしながら、髭切は衣服を脱ぎ捨てた。下肢は既に痛いほど膨らんでおり、下着を脱げば勢いよく顔を出した。じっとりと汗ばんだ体に手荒く衣服を脱ぎ捨てると、審神者がその音に反応してびくりと震えた。
「……っ」
「主……?」
「あ、ご、ごめん……、お、音に、びっくりして……」
「ああ……、ごめん。びっくりさせたね」
配慮が足らなかったと小さな頭を撫でたが、もしや見えないせいで音に敏感になっているのかもしれないと思い、髭切はしばし考えた。
「…………」
そして、蕩けた審神者のそこに熱く滾った自身を宛がい、息を深く吸い込む。
「あ……っ、ひげきり……っ」
「…………」
濡れた蜜を拾い、わざと音をたてて先だけを埋める。くちゅり、と音をさせたと思えば身を引き、新たに零れた蜜で、柔らかい入口を硬い切っ先で甚振った。
「んっ、あぁ、や……っ」
部屋にはくちゅくちゅと濡れた音が響き渡り、審神者が羞恥で身を捩る。それを恍惚と見下ろしつつ、溜息が出そうになるのを噛み殺した。
もどかしくて、気を抜けば声が出そうになり、いやらしい音に引きずられ、中に吸い込まれそうになる。それでも髭切は押し黙り、入るか入らないかを繰り返し審神者を苛め続けた。
その内、甘い声と音しか聞こえなくなると、審神者が不安そうに髭切の名を呼んだ。
「ひげ、きり……、あっ、ひげきり……っ」
「…………」
迷子のような声に、つい「なぁに?」と答えてやりたくなるのを堪えながら、髭切は笑みを浮かべる。
「ひ、げきり、何か、声……」
ここには髭切しかいないというのに、髭切を探しあぐねるような声に、脳が蕩けそうだった。
「どこ、髭切……」
不安そうに呼ばれる声が、こんなにも心躍るものだとは。髭切は更にくちゅりくちゅりと入口を掻き混ぜる。零れる蜜が審神者の涙のようだと可愛がっていると、白い腹がひくっと震えた。
「やだ……っ、髭切……っ、どこ……っ」
何処も何も、ここにいるというのに。
すすり泣く審神者は何度見てもいい。
もっと苛めたい。
もっと泣かせたい。
髭切を求める審神者が可愛くて堪らない。
ぽろぽろと泣き出した審神者に髭切は表情を緩め、その目元に口付けた。
「うん? なあに? ずっとここにいるよ」
「あ、髭切……っ、髭切っ」
もっと苛めたいなんて思っても、結局は審神者が可愛くて、慰めて、甘えさせたくてたまらない。
「怖くなっちゃった?」
「んっ……、髭切……、声、きかせて……」
「……うん。ここにいるよ、大丈夫……」
「うん……」
……ああ、可愛い……。
髭切の声を聞いて安堵する審神者に、胸の内で何かがどろりと溶けるのを感じた。
細い隙間を縫って指を絡めると、審神者がゆるゆると息をついた。目の前の男が、一体どんな感情を向けて抱いているのかも知らず。
(君に信頼されているのが嬉しいのに、その信頼がどこで壊れるのか、試したくなる)
――壊れたら壊れたらで、自分が壊れてしまうのだろうけど。
長いながい口付けのあと、髭切は審神者の手を握りながら、痛いほど硬くなった自身を突き入れた。
「あ……っ、んぅ……っ」
「……くっ……」
甘露を零す入口は、髭切を熱く受け入れ、寂しかったと苛むように締め付ける。髭切は両手を強く絡め、審神者の奥へと腰を押し込んだ。
「あ、ん……っ」
「はぁ……、すごい、このままでも気持ちいいね」
「お……、お腹、くるし……、かた、いっ……」
「うん……、ごめんね。君が好き過ぎて、我慢できない……」
「ん、んん……っ」
苦しいとわかっていても審神者の体を押し付け、口付けをする。浅い息を繰り返す審神者の唇を奪いながら、髭切はゆっくりと出し入れを繰り返した。
「ふ、あ……」
「うん、ここ、気持ちいいね……」
「んんっ、だめぇ……っ」
熟知した審神者の体の、愉悦の戸を叩く。ぞくぞくと快感が駆け上がっているのがわかる。弱い場所を突けば中がきつく締まり、離れると緩む。ほっと安堵しかけたところを再度突き上げれば、審神者の意識がどんどんと高いところに昇っていくのだ。
「気持ちいいって、言ってごらん」
「あ……っ、やっ、はずかしっ……」
「大丈夫、恥ずかしくないよ。聞かせて」
「ん、ふっ……、やっ、言え、ない」
きゅう、と絞られる感覚に持って行かれそうになりながらも、髭切は審神者の中をとんとんと叩く。決して激しくしているわけではないのに、弱い突き上げでも喘ぐ審神者にそっと髭切は囁く。
「……言え」
「……っ!」
瞬間、審神者の体がびくびくと震え、白い喉を反らした。……声だけでも達すようになったな、とじっくりと自分の色に染められていく審神者の体を、髭切は再度優しく突き続けた。
「……待って、だめ、い、いったの……っ」
「でも、ほら、気持ちいいって、聞いてないから……」
我ながらひどいことをしていると思いつつ腰を緩く緩く動かし続けていると、強い快感に耐え切れない審神者が髭切の手をきつく握り、涙を流した。
「き、きもち、いいの……っ、きもち、から、やめてぇ……っ」
気持ちがいいからやめてくれなど……、それはもっと高みへ連れてってくれと言われているようなものだったが、髭切は嫌々と首を振る審神者に満足して腰の動きを止め、ゆっくりと抱き起こした。
「は、ぅ……」
「主……」
果てて力の入らない体を抱き支えつつ、髭切は細く震える審神者の唇に口付ける。熟した唇を優しく食めば、達したばかりで辛いだろうに、審神者は拙くも応じてくれた。いや、もう無意識かもしれない。それでも答えてくれる審神者が嬉しくて、髭切はぎゅっと抱き締めては下から体を揺り動かした。
「ひっ、ん……っ」
「思い出した。君に、新しく注がなくちゃ、いけないんだったね」
「んっ、ん……」
「大丈夫、今度はちゃんと、うまくやるよ。だからいっぱい、僕から搾り取ってごらん」
「しぼり……?」
「うん」
達してぼんやりとしているのか、それともうぶな審神者に下品な言い回しは通じないのか、おそらくどちらもだろう反応に髭切は笑みを零した。
(かわいい。僕の、小さな鬼)
審神者を鬼にして、このまま何処かへ連れ去ってしまえたらどんなにいいことか。
それができない虚しさに無理やり視線を合わすように口付けていると、審神者のほっそりとした腕が髭切の首裏にまわり、ぎゅっと抱き着かれた。
「主……?」
「おねがい……ぎゅって、して……。見えなくて、怖いの……」
「………………」
胸が、押し潰されるかと思った。恐ろしいのは君のほうだと言い返しそうになり、可愛いのもいい加減にして欲しいと心の底からうんざりした。
(僕、本当に喰われるかも……)
だからといって、この愛くるしい鬼を手放す気にはなれなかった。髭切は審神者の体を更に抱き寄せ、腰を密着させた。密着させた秘部と秘部から、くちゅりと音がし、硬く張り詰めた先で奥をぐりぐりと抉れば審神者が鳴いた。
「ひっ、んっ……」
「ぎゅってして欲しいなら、もっとしっかりしがみついてよ」
「ん、うん……っ」
「もっと。全然足らない。それじゃあ振り落とされちゃうよ」
「あ……、んん……っ」
口では意地悪を言いつつ、ゆりかごを揺らすような心地だった。可憐さを忘れず乱れる審神者をじっくり眺めていれば、どんなに緩慢な動きでも熱はどうしようもなく上がり続けていく。
下から激しく突き上げてやりたいという気持ちもあるが、気持ち良さそうに揺さぶられる審神者をもっとたっぷり眺めていたい。でも、気持ち良さそうにしている審神者の隙をついて激しくしたらどう乱れてくれるだろうか。また泣きながら善がってくれるだろうかと葛藤するが、どんなに掻き乱しても、結局は掻き乱されているのはこちらかと苦笑し、審神者に優しく口付ける。
触れた唇に美味しそうに応える審神者を見詰め、髭切は幸せに満ちた感触に酔いしれた。
(……ああ。今、君という鬼に喰われている)
柔らかい唇に夢中になりながら、審神者と一つになることをひたすら考える。狭い肉壁をじっくり押し広げていくと、徐々に突き抜けるような快感が追い掛けてくるのを感じた。激しさはない。でも、ゆったりと、ずっしりとした確かな快感があった。
「んっ……、ひげきり……っ」
「……くっ……」
審神者の甘ったるい声に腰がぞくぞくと騒ぎだし、あっという間に愉悦に飲まれる。詰めた息と同時に欲が弾け、髭切は小さく呻いて熱を放った。
小さな蜜壺の中に勢いよく吐精すると、充足感に目の前がパチパチと弾け飛ぶ。審神者の果てた姿を少しも見逃したくないのに、一瞬目の前が白くなったのを感じ、髭切は柔らかい体を抱き締めながら笑ってしまった。
「……は……」
とうとう自分も、目を突かれたかと。
腕の中でくたりと力を失った審神者を見下ろしては、いや、思えばこれに心を奪われてからずっと……と思いかけては打ち消した。
(君のせいで鬼になるのなら、それも悪くない)

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