あと三分と一時間。
ユウ君の肩は固い。いや男の子なんだから当たり前なんだけど!でもね!剣道昔からやってるだけあるよ!肩幅広いし!固いし!なんかね、たくましいよね!(最近二の腕の筋肉とはやばいよね!)だからさ!こう、肩もみしてるとさ、逆にさ、私の肩がこるよね!
「ユウ君…私そろそろ手辛くなってきたからやめていい?」
「あと三分………と一時間。」
「いや長ェよ。」
何あと三分と一時間って!結局それ一時間だよね!私あと一時間ユウ君の肩もみするんだよね!なにそれ気付かないって思った!私がそのまま「うんいいよ」っていうと思った!?うん!いいよ!!私お姉ちゃんだからね!可愛い弟のためならあと一時間と三分くらいやってみせるよ!
「ユウ君肩こってるね!なに疲れ?剣道?勉強?」
「…いや、出来の悪い姉を持つと気苦労が絶えないっていうな。」
「まじか。誰だろうね、出来の悪い姉って。」
「誰だろうな。」
もみもみ、もみもみ。一人掛け用のソファに腰掛けるユウ君に肩もみをしてあげてからだいたい10分くらい。最初よりはなかなか柔らかくなってきたんじゃないでしょうか。でもユウ君の肩がもともと固いから柔らかい!と言えるまで柔らかくないんだけど、ね、気持ち。気持ちだよ。愛を持ってもみもみすれば、肩もほぐれるわけだよ。
「ねーねーユウ君。」
「んー」
「私もあとでもんでー。」
「もむほどこってないだろ。」
「こってるよー。ほら、出来のいい弟がいると気苦労が絶えないっていうか……」
「よし、わかったそこに座れ」
「ああいいやうそですごめんなさい」
うわあああ気苦労絶えないって先に言ったのユウ君じゃないかー!こんなのちょっとした仕返し(っていうか私に関しては褒めてなかった!?ユウ君のこと褒めてたよね!?)なのに、あっ、いやっ、マジちょっと待ってください!!
「いやぁああああああ!!!!痛い〜〜〜〜!!!!!」
ユウ君に腕を取られ、立ち位置座り位置を交換するように、私がソファに座らされ、ユウ君がその後ろにたった。そして、
「ぁああああ死ぬぅうう!ぎぶ!ギブだよ!!」
「遠慮するな、俺は出来が良すぎるからお姉さんに気苦労させまくってるようだから。」
「いいいしてない!してない!気苦労してませんっ!(むしろ自慢話しかしてませんっ)だから!やめてぇえええ…!」
ぐりぐりと親指を押されて思わずどころか背中がそってしまう…!ちょ、こ、これ軽くイナバウアーいく!てか私が逝く…!もむってレベルじゃなくて、あ、これ、痛いの領域越してる…!か、軽く拷問…っ!!
「…で、何か言うことは。」
「スミマセンデシタ…」
「ん。」
謝ったらユウ君は肩もみやめてくれました。(え、ちょっと待っておかしくない?私ユウ君に謝るようなこと言った?てか謝ったらなんでそんな満足そうに笑ってるの?まじほんとウチの子ドSだ。)
「ひぇ……なんかまだぐりぐりされてる感覚残ってるし…」
手加減なしに(いや、ある程度は手加減されたんだろうけど)(でもあれは手加減の領域をイツダツしている…!)ぐりぐりされた肩はじんじんしてて、こ、この出来のいい弟め!とじとり睨みあげれば、ユウ君はそんな私をふふん、と笑ってた。こ、ここでイケメンパワー使っても、わ、わたしはなびかないんだからね!ゆ、ゆうくんと暮らしてそれなりに耐性は、つ、ついてきてるんだからね!意地悪な顔も、や、やっぱかっこいいなんて!お、おも、思って…な……!
「ほら、ちゃんと前向け。」
「あ、わーい」
頭をぐりっと前に向けられて、今度こそユウ君は私に肩もみをしてくれた。先程のぐりぐりをなだめるように、もみもみ、もみもみ。き、きもちー。
「1分500円な。」
「高い!お金じゃない報酬でお願いしまっす」
「…じゃー、明日の弁当にウインナーとキュウリを爪楊枝で刺したやつ。あれ入れろ。」
「イエッサー!(ユウ君って意外と庶民派な味好きだよね)」
「あとハンバーグ」
「ハンバーグはー…、じゃー明日の夕飯ね。」
「ん。」
ユウ君の大きな手が自分の肩に乗っかってるのは、なんかいいね。気持ちいいし、温かいし、ほっとするというか。
「おい寝るな」
「ね、寝てますん」
なんか家族のだんらんって感じでいいよねーってもみもみの気持ち良さに目を閉じたら意識がふわっと遠のいていくような感じがしたけど、その前にユウ君に呼び止められました。ね、寝てないからね。寝そうになったけど。
そしたらユウ君の肩もみの手が止まり、後ろから私を覗き込むようにユウ君の顔が近付いた。
「バイトで疲れてんだろ。そろそろ寝るか?」
「んー大丈夫だよー?ちょっとねむねむしてただけ。」
「眠いんだろ、もう寝るぞ。」
「えー……」
確かに眠いんだけど、そこまでじゃないっていうか。今はこのソファのふわふわ感とユウ君の手の温かさと大きさ、何でもない会話の時間を楽しみたくて。それがここで終わりなんてちょっぴりもったいないような気がした。
「あと三分………と一時間。」
「ばーか。」
「あう」
ぺち、と額を叩かれた。
叩かれた額を抑えると(別に痛くなかったんだけどね)(あのぐりぐりに比べれば何も痛くはないんだけどね)、今度はユウ君がもう寝るぞ、と私の前に立った。ちえ、まーでも時計を見れば寝る時間だし、仕方ないね、と私もソファから立ち上がろうとした時だ。
「お……?ユウくん?」
とん、とユウ君の両手がソファの肘掛のとこに置かれた。すると、自然とユウ君が腰を折って、座ってる私と向かい合う形になるんだけど。ちょ、イケメンが目の前にいるとか、ね、眠る前にレッドブルな気分になるよ。
「ど、どしたの?」
「いや…」
相変わらず睫毛長いな!とか本当パーツ一つ一つ整ってるな!とか髪さらさらだな!とか一瞬で色々考えてた時だ。ユウ君の顔が近付き、私の顔に影が落ちた。
ふに、と優しく唇に押し付けられたのは紛れもないユウ君の唇で。
「おやすみのキスがまだだったな、って。」
ニヤリ、すぐ目の前で笑うユウ君に、あ、も、な、な、なんなんだこの子はっ〜〜〜!
「お、お、おやすみの、き、きす無くても寝れるよ!私寝れるよ!」
「俺は寝れない。」
「っ!!」
も、もう馬鹿ーっ!!
お、俺は寝れないって!き、キスないと、寝れないって、そ、そういう、こと!?も、ば、ばか!いや私よりすっごく頭いいけど馬鹿!ばか!えろ!
「も、もう寝るよ!おやすむよ!……ッ」
これじゃ本当におやすみの前に翼が授かってしまう!そうソファから立ち上がろうとするも、ユウ君が肘掛に手をついてるから、立ち上がれなくて、か、かるく、閉じ込められてる……ユウ君の腕のなかに……。(なにこれ新しい。今流行りの壁ドンならぬソファドン…。)
「あと三分と…?」
「三分もないよ!すぐ寝るよ!」
あと一時間なんてとんでもない!夜更かしいくない!お肌にも良くないよ!そう首をぶんぶん振ると、ユウ君の顔が私の横すれすれに近付き、そして。
「まぁ、そう逃げるなよ。姉さん。」
びくびくっ。
低くて甘い声を耳元でささやかれて、フカクにも、肩をびくつかせてしまった。い、今のは、ち、違う!べ、べつにユウ君の声にびくってしたわけじゃなくて、あの、また何か痛いことされるのかと思って、決して、ユウ君のその声弱いってわけじゃないし、どきどきしてるわけじゃないし、その声実は好きだったりって思ってるわけじゃないし、あの、えっと、だから。
「あ…、あと、三分だけだからね…。」
「はいはい。」
別にもっと一緒にいたいって思ってるわけじゃないからね。
あと三分と一時間。