小さな頃の小さな記憶では、空はいつも少しだけ霞んで見えた。 隠れんぼの途中で見上げた空の色 白い息を空に吐きかける。 真っ青に晴れたそれに霞んだ吐息が紛れて消えた。 晴れていてよかったな…。 黒子は現実逃避気味にそう思う。 寒さを凌ぐために買った温かいココアも今ではすっかり温くなっていた。 11月も終わりになると晴れた昼間でも風は冷たく、冷え性な体から容赦なく熱を奪っていく。 携帯で時間を確認して黒子は何度目かわからないため息をついた。 約束の時間から2時間。 まだ待ち人は現れない。 「…信じられないです…」 メールも返ってこなければ電話もこない。 まさか、まさかとは思うが忘れられていやしまいか。 いやいや彼に限って… …否定しきれない。 最初の30分は普通に待てた。 30分を越えると少しイライラしてきた。 1時間を越して電話も繋がらないことがわかるとイライラがピークに達した。 ちょっとクールダウン…と自販機に発ち、淡い期待を持って待ち合わせ場所に帰ってきたがそこに相手はいなかった。 イライラを通り越して、とてもとても、呆れた。 2時間が経った今、胸が萎れて折れてしまいそうなくらい、さみしい。 「…火神くん」 小さな頃の小さな記憶が蘇る。 かくれんぼをするといつも自分は見つけてもらえなかった。 ぽつんと一人で夕焼け空を見上げていた、自分の姿が浮かんで首を振る。 あの頃は涙もでなかった。 自分はそういうモノだと悟っていたから。 でも火神くん、 君にだけは、君にだけは、忘れられたくないんです。 君は僕を見つけてくれましたよね? それがとても嬉しかったんです。 今日はどうしたんですか? 本当に本当に、忘れてしまったんですか? ぎゅうと握りしめたココアの缶。 見上げた空が滲んで慌てて下を向く。 最低だ。 来てくれない火神くんも、 情けなくも泣きそうな自分も、 温くなってしまったココアも、嫌味なくらい晴れ渡った空も、 諦めきれずにこの場を動けない自分、も。 来てくれるんじゃないか、と、何か手違いで遅くなっているだけなんじゃないかと、期待を捨てきれない自分が、惨めで。 「…火神くん…」 こんなに会いたいのに来てくれない火神くんなのに、それでも好きだと思ってしまう自分が嫌い。 「黒子!!!」 最初空耳かと思った。 そのせいで一瞬反応が遅れて、顔をあげた瞬間に力強い腕に全てをさらわれた。 「か、がみくん…?」 目の前にチェーンが通されたリングが揺れる。 嗅ぎなれた匂いに包まれて、抱き締められているのだと気づく。 「悪い、ほんと悪かった。バス止まってて…」 息が切れていて、全身が燃えるように熱い。 練習のときみたいに汗の匂いが混じっている。 携帯も忘れちまったから、走ってきた、という火神の言葉を裏付けるように、うなじを汗が伝っていた。 「…体、冷えきってんな」 突然のことに動けずにいた黒子を漸く離して、顔を覗きこんで、一瞬火神は硬直した。 「くっ、黒子!?」 「っ!」 両の目から静かに透明の涙が溢れ出していた。 気づかぬ間に流れ落ちていたそれに気づいたとき、どうしようもない感情が混ざりあって、弾けて、黒子は火神の胸板を叩いた。 それはとても弱々しかったけれども。 火神くんのバカ、バカです、ほんとにバカ。 こぼれ落ちた声は地面に落ちたココアの缶にぶつかって跳ね返る。 「ほんと、悪かった。ごめん…」 ぽん、と冷たい水色の髪に熱い掌が置かれる。 じわり広がる熱が心に染み渡る。 来てくれた、 忘れていなかった、 自分のために、走って、息を切らせて、 夕焼け空を見上げていた自分が心の中で泣いていたことに今さら気づく。 あの頃の自分に言ってやりたい。 大丈夫ですよ、と。 見つけてくれる人が現れますから、と。 「…火神くん」 見上げた彼は困ったように眉をさげて、上気した頬をして、まだ整いきらない白い息を吐いていた。 吐き出された白い霧が青い空に溶けていく。 「もう一回、抱き締めてください。今日は思い切り、甘やかしてください」 それでチャラにします。 後ろにそびえる空ごと抱き締めるように両手を伸ばす。 少し驚いたような顔をした火神は、ほっとしたように笑って冷たい小さな体を抱き締めた。 肩ごしに見上げた空は、とてもとても澄んでいて綺麗で、 今度は僕が鬼ですね…なんて、心の中でそっと囁いた。 黒子っちのトラウマっぽく。 戻る |