本当に綺麗だと、大切だと、心の底から思ったんだ。






陽に透かしたから溢れた夢の色






部室の扉を開けたら、柔らかな午後の光が溢れ返っていた。
キラキラと舞う埃が光を反射する。
部室には、誰もいない。
大きな試合が終わって、つかの間の休み期間。
誰もいないのが当たり前だろう、そう思っていてもやはりなんとなく、胸が痛んだ。
この場所で、過ごした時間は多すぎる。
バスケしかしてないな…なんて。しかし後悔は微塵もなかった。
ただ少し、感傷に浸ると胸が痛むけど。

それすらも糧にしようと心に決めて、倒れて立ち上がって、今日久しぶりにここに来た。
自分がいつまでも沈んでいるわけにはいかない。去年とは違うのだ。

大きく息を吸って、吐く。
踏み出した一歩。
降り注ぐ光がゆらりと、ゆらいだ。
自分のロッカーにそっと指を這わす。
一体どれだけの部員がここを使って、一体どんな思いを閉じ込めていったのだろう。


「…センパイ?」


掠れた、驚いたような声に振り返る。


「…黄瀬?」


こめかみを汗がつたって、練習着が少し湿っている黄瀬が、立っていた。
切れ長の目を見開いて、汗を拭うのも忘れたというように立ち尽くしている。
しばらく見つめあって、黄瀬が躊躇っているような気配を察して、ふと苦笑した。
とたんに黄瀬の緊張が緩む。
バカのくせに気をつかいやがって。


「早いな」


俺ですら時間がかかったのに、まさか黄瀬が誰よりも早くコートに戻ってきているとは思わなかった。
膝だってまだ完全ではないだろうに。
黄瀬は、ふと、戸惑うような顔をして、俯いた。


「…センパイ、大丈夫、スか?」


小さく、躊躇いがちに響いた声。
前髪に隠されて顔は見えない。
大丈夫だ。
そう告げれば、上目使いにこちらの様子をうかがってくるものだから。


「…黄瀬」


手招きして近くに寄せて、ベンチに座らせた。
戸惑いながらもこちらを見てくる瞳に苦笑しながら、ぽんぽんと頭を叩く。
髪、汗でベタベタだからと黄瀬は逃れようとしたが、構わず指を差し込んだ。
細くて柔らかくて。
初めて触れたときの驚きを昨日のことのように思い出せる。
どうして触れたのかは忘れたけれど。


「…久しぶりだな、会うの」


あの試合以来、会うのは初めてだった。
頻繁にきていたメールも電話も、この期間は一切なかった。


「心配かけたか?」


するりと手を頬に滑らせる。
触れるのも、久しぶりだった。
差し出した手を強く握り返してきたあのとき以来。


「…笠松、センパイ」


黄瀬は、俺の名前を呼んで、何かを考えるように目を閉じた。
キラキラと差し込む光が黄瀬の綺麗な髪を、長い睫毛を、彫りの深い顔を、より一層際立たせて。
何も聞こえない静かな部室の片隅で、形のよい唇が何かを発するのをじっと待つ。
まるでそれは神聖な儀式のようで。
ゆっくりと、開かれた色素の薄い瞳に強い光が宿っているのを見てはっと息をのんだ。


「俺、初めて、誰かのために、強くなりたいって、思いました」


どこかからふわりと風が吹いてきた。
柔らかな髪が風に煽られて、頬に添えた手をくすぐる。
一つ一つ、言葉を切って力強くはっきりと。
きらりと光を反射したのは、黄瀬の肌を伝う汗と、


「…そうか」


一筋だけ掌を濡らした雫を見て見ぬ振りをして、ようやく吐き出した一言は味も素っ気もないものだった。

初めて会ったときの黄瀬はどこかが足りなくて、何故か虚ろな瞳をしていた。
普通にしていても見えない境界線をひいていた。
それなのに、今こうして見上げてくる瞳に宿る光は自分の胸を震わせるには十分すぎる程の力を持っていて。


「センパイ達と、もっとバスケがしたい。ここで。この海常で」


その変化を心から嬉しく思う。
一度手が届きそうになってすり抜けていった夢が、今目の前で光となって凝っている気がしてその体を強く抱き寄せた。


「センパイ、大好きなんです。尊敬してるし、大好きなんです。センパイと、もっともっとバスケしたいんです」


喉を震わせながら、泣き虫のこの後輩は胸に顔を擦り寄せて泣いた。
もっと強くなるから、と。
くぐもった声が鼓膜を震わせる。
じわりと制服を濡らすシミが、心の奥にも滲みてくるようだ。


「…黄瀬」


名前を呼んで上を向かせた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔は本当に初めて会ったときからは想像できない顔で、ふと微笑む。
そんな反応に頬を染めた黄瀬に、『後輩』とは別の愛しさが込み上げる。
俺も、強くなるよと。
涙を拭いながらそっと囁いた。


「待たせて悪かったな」


止めどなく流れる涙をぐしぐしと腕で拭って、見上げてくる黄瀬の膜が張った瞳に光が映って、
綺麗だと思う。
大切な、大切な後輩。


「…遅いっスよ。もう、戻って、こないかと…」


ぎゅうと、手を握られた。


「約束するよ。もっと、強くなる」


光が溢れる部室の片隅で、黄瀬と見つめあって、手を取り合って、そっと、その唇にキスをした。
まるで何かの儀式のようで。
唇を離して見つめた黄瀬が、頬を染めながらもこくんと頷いた。
何故か居てもたってもいられなくなって、目の前の髪をめちゃめちゃにかき混ぜる。


「のわーっ!何スかセンパイ突然!」
「うっせーバーカ!とっとと体育館行くぞ!」
「…せっかくいい雰囲気だったのに」
「殴るぞ?」
「もう殴ってる?!」


肩パンしてやったところを押さえてだうーとか唸ってる黄瀬に背を向けて、制服に手をかける。
しゅるりと腰に回ってきた腕に苦笑。
何だ、と問えばもうちょっとだけ、と返ってきた。
心配かけたみたいだし、待たせたことは事実だし。
もう少し好きにさせてやりたかったが。


「黄瀬、離れろ」
「え?」
「みんなが来る」


微かにだが響いてきた上靴の擦れる音、話し声。
慣れ親しんだ大切な仲間の気配が久しぶりにこの場に満ちてくる。
戻ってきた…、と呟く黄瀬の目にまた涙が浮かびかけたから、そっと目尻にキスしてやった。


「お、笠松!黄瀬!久しぶり」
「おう」
「もう!センパイ達遅いっスよ!!」


この場所は、一体どれだけの時間を含んでいるのだろう。
何人の部員がここで涙し、笑い、挫け立ち上がっていったのだろう。
光が溢れる温かな部室で、笑い合う部員たちが眩しくて目を細める。


「おら!いつまで遊んでんだ!集まったんならとっとと練習すっぞ!」


また、俺たちは新しく始まるのだ。
ここから。


「黄瀬」
「はい?」
「…ありがとな」


目を見開いて固まった黄瀬に笑って、拳をつきだした。
それと、俺の目とを交互に見比べて、熔けそうな瞳で笑って拳をぶつけてきた黄瀬は、
光に包まれて本当に綺麗だった。

お前がいれば。
俺はきっと、色んなことを乗り越えていける。
光に目を細めながら、そっと微笑んだ。









一度は書きたいと思っていた神試合後のお話。
甘さは控えめになっちゃいましたが。
笠黄と海常への愛を注ぎ込みました。




戻る







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -