境界線(笠黄)





啼かせてみたい。
そんな衝動にかられて伸ばした指に恐怖する。

「…先輩?どうかしたっスか?」

2人きりの部屋。
首を傾げて無邪気に笑う男に、膨らむばかりの己の劣情。
ああ、その顔はどんなふうに変わるのだろう。
その声はどんなふうに俺を呼ぶのだろう。
拒絶に染まるのだろうか。
それとも悦びにむせぶのだろうか。

ギリリ。
噛み締めた奥歯。
握りしめた拳が軋む。
バカだなぁ。
友人の声が頭にこだまする。

『バカだなぁ笠松。おまえが臆病なんだよ』

呆れたように諭すように笑った友人の顔、に心の中で舌打ち。
ああ、そうだよ。おまえの言うとおりだよ森山。

「…笠松先輩?」

握りしめた拳をほどいて、食い込んだ爪痕が残る掌で、
その見かけによらず細い肩を押すのではなく、
身に纏うシャツのボタンを引きちぎるでもなく、
不安そうに歪んだ頬を包んだ。
伝わる温もりは熱と呼ぶにはあまりにあどけなく。
驚いたように真ん丸になる瞳は幼くて。

「…先輩、今日なんか変っスよ」

染まる頬に尖る唇。
ふわり、胸に広がる温かいもの。
薄れゆく黒いモノ。
もう一度頭にこだまする友人の声、笑う顔。

『おまえだって男だろ』

ああそうだよちくしょう、そのとおりだよ。
大きくなる欲望が破裂することを恐れるくせに好きなやつが自分の手で乱れる姿がちらついて仕方ない。
そのくせ嫌われるのが怖くて、傷つけるのが恐くて、結局小学生みたいな触れ合いで満たされたフリをする。
なぁ黄瀬、俺にだって余裕は欠片もねぇんだぜ?
すり、と頬をすり寄せてくる男に性懲りもなく胸が疼く。
あぁ、もうだめだ。不意にそう思った。

「…黄瀬」

いけよ、笠松。
不敵に笑う友人の顔が歪んで、消えた。

「キス、していいか」

思っていたよりも優しく手が動いてくれて、感謝する。
押し倒した体は柔らかなベッドが受け止め、ギシリと軋む音を遠くに聞きながらシュルリと、ネクタイを引き抜いた。

「…キス、だけっスか?」

ふるりと震えた瞳は、恐怖と戸惑いと、その奥に確かに期待や悦びをたたえていて。
胸が熱くなる。

「どっちがいい?」
「…先輩のいじわる」

今日、俺たちは一つ境界線を越える。






境界線
(友情出演森山先輩。2人の相談相手件焚き付け役だと信じてる。悶々してても先輩はかっこよくて黄瀬はかわいい)







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