▼スカイブルーシャワー(高緑) 風は爽やか天気は晴れ。 ときたら、行く場所は一つしかないでしょう。 スカイブルーシャワー 柵に背中を預けて高尾は空を見上げていた。 よく晴れた空は綺麗な水色で、綿をちぎったような雲がところどころに浮かんでいる。 学校の屋上は生徒は立ち入り禁止なんだけども、そこは歴史の古い高校。 先輩から語り継がれる抜け道が、ちゃんとあるのだ。 それにあやかって高尾は緑間と共にここにいる。 「いー天気だね、真ちゃん」 のんびりぼんやり、というのが一番適しているのが今の時間だと思う。 隣に座った緑間は本に夢中で返事も無ければ視線すら寄越さなかったが、そんなの慣れっこだ。 むしろ、緑間もこの時間をゆったり楽しんでいるのだということが空気で伝わってくる。 そんなものだから、高尾はたいへん満足していた。 お互いに胡座をかいていて、膝同士がぶつかり合っている。 そこから伝わる熱、そして息づかい。 それだけで幸せだなんて末期だなこりゃ、なんてのんびり考えてあくびを一つ。 朝練やって授業をうけて疲れきった体に、昼食を食べた後の満腹感は気だるい眠気を引き起こす。 空を見上げていたはずの頭がかくん、と船をこいだ。 「…眠いのか?」 突如、声をかけられて驚く。 深緑の瞳は相変わらず小説の文字を追っているが緑間の意識は高尾に向いている。 「ん?んー…ちょっと、だけ」 「もうすぐ昼休みが終わるぞ」 「えー…マジか…」 風は爽やかで天気はよいときた。 高尾としてはこのまま眠ってしまいたい。 しかし。 「…5時間目に遅刻したくないのだよ」 むぅ、とした雰囲気が隣から伝わってきて、眠ってしまえという誘惑を振り切ろうと試みる。 緑間は見た目通り真面目で(本人いわく人事を尽くしているらしい)授業をサボったりとか、そういうことは滅多にしない。 これが別の奴だったなら『フケようぜ』なんて気軽に言えるけど… と、とろんとした頭で考える。 眠っちゃダメだと思うと眠くなるのが人間で、だんだん眠気が増してきた…ような気がする。 「…高尾」 「…ん。真ちゃん、先に行ってて」 そうして高尾が出した結論は、緑間だけを授業に行かせるというものだった。 どうせ今の自分が授業に出ても寝ているだけ。 下手にバレて当てられたり怒られたりするよりは、この気持ちのいい空の下でのびのびと眠りたい。 そう思えば本格的に瞼が重くなり、高尾は目を閉じてしまった。 「…このバカ尾が」 呆れたようなため息混じりの声に、ごめんね、と返せたかどうか。 それくらい早く、高尾は意識を手放した。 「…え?」 それからどれくらい時が流れたろう。 何処かのクラスが体育をやっている掛け声。 音楽室が音源であるだろうかすかなピアノ。 それらが変わらない空に吸い込まれるように満ちている。 「し、真ちゃん…???」 目を覚ました高尾は状況を理解するやいなや硬直した。 「…寝てる?」 目の前に、緑間の顔、が。 眼鏡をかけたまま瞼を閉じた緑間の呼吸は穏やかで、ふわり、と風が長い前髪を揺らした。 自分の髪に絡められたまま力を無くした、テーピングが施された白い指。 後頭部には決して柔らかいとは言えないが心地よい温もりを伝えてくれる脚。 それらの存在を感じながら、高尾は顔が熱くなるのを感じた。 『うわー、うわー…反則だろこれ』 意識を手放す前自分は確実に座っていたはずだ。 緑間には自分をおいて授業へ行けと言った。 それなのに。 「…ったく気まぐれ女王様は」 寝起きにこれは心臓に悪い。 しかし口許には隠しきれない笑みが浮かんでしまう。 仕方ないだろ、こんなデレに遭遇する確率なんて天文学的な数値なんだから。 「…睫毛なげー」 そぉっと、起こさないように眼鏡を外す。 いくらか幼くなったその寝顔、その瞼をそっとなぞる。 ふるりと震えた瞼にくすくすと笑いながらそっと頭を持ち上げて、眠る緑間にキスをした。 まだ起きない。 ならばもう少し、この時間を堪能しよう。 高尾が緑間を見つめる目は限りなく穏やかで。 深緑の髪と鮮やかな空の青にそっと目を細める。 さあ、起きたら君はなんて言い訳するのかな。 高尾が目を覚ますちょっと前のこと。 「…このバカ尾め」 緑間は隣を見て苦笑した。 先程からカクカクしていると思ったら、もう完璧に寝入ってしまっている。 ちらりと腕時計を見てから空を見た。 風が前髪を揺らし、高尾の黒髪も同じように撫でていく。 確かに寝るには丁度よい。 「!」 こてん、という効果音と共に高尾が肩にもたれ掛かってきて、びくりと緑間は肩を揺らした。 その振動すらものともせず、寝息は変わらず穏やかで。 「…バカめ。動こうにも動けないではないか」 吐息のような声で囁いて、高尾を見る。 規則的に上下する肩、真っ黒な睫毛。いつもは喧しいのに静かな口。 今自分達の他には誰もいない。 それを確かめて、緑間はそぉっと、高尾の体に手をかけた。 「…たまには、労ってやらんこともないのだよ」 素直じゃないのは百も承知。 相手が眠っているときぐらいしか自分からは動けない。 こんな自分はきっと変わらない。でも、だからこそ相手が高尾くらいまめで向こう見ずで頑固なバカじゃないと成り立たない。 最近悟ったことをぼんやり思いながらそっとその黒髪を撫でる。 「…意外と睫毛が長いのだな」 持っていた本を傍らに置き、空いた手で瞼をそっとなぞる。 ふるりと震えたそれは開かれることはなく、代わりに小さく、吐息でしんちゃん…と呼ばれてぴくりと指先が止まる。 しかしそれも寝言だったようで。 そういえば、高尾が起きたらこの状況をなんと説明すればいいのだろう。 高尾は先に行けとまで言ったのに。 少しだけ自分の行動を悔やむ。 本鈴が晴れ渡る空に響いた。 もう授業に遅れることは確実で、下手に教師のお説教をくらうなら…と緑間は眠る高尾の髪を撫で続ける。 心地よい午後の風が頬を撫でていく。 目の前で無防備に眠る顔、穏やかな吐息。 静かな時間。 いつの間にかうつらうつらしている自分に気付き、緑間は軽く頭を振った。 しかし眠気はそう簡単には払われず。 この状況の言い訳を考えつくまでは…と粘るも頭が働かない。 そして考えるのを放棄した。 「…高尾より先に目を覚ませばいいのだよ」 そして膝から落としてやればいい。文句はいわせない、気づかせない。 その結論に至った緑間はもう一度高尾の髪を指ですくと、瞼をおろした。 高尾のほうが先に目覚めることを緑間は知らない。 晴れた綺麗な空の下、 眠るのに丁度よい、昼下がり。 スカイブルーシャワー (デレしかないよ真ちゃん!汗 なんだかんだで似たような行動して似たようなこと考えてる2人です) |