君に触れた



いちゃこらダラダラさせてみました、福蒼です。
『震える指がすがる理由は』と微妙に繋がってます。
毎回思いますがタイトルに苦しみます…。







君に触れた


俺は今、蒼樹嬢の部屋にいる。
なんでこんなところで昼間からぼけっとしているかというと、今日蒼樹嬢の買い物の荷物持ちをしたからだ。
いや、別に最初から打ち合わせて一緒に買い物に行ったわけじゃないんだが…。
俺が画材を買いに行った帰りに、たくさんの袋を抱え込んだ蒼樹嬢にたまたま遭遇した、というわけだ。







「おぅ、蒼樹嬢じゃねぇか」
「あ、福田さん」

そうじゃないかと思った栗色のボブの後ろ姿に、近づいてみたらやはり彼女で。
何気なしに声をかけたら振り返った蒼樹嬢の顔が胸に抱いている荷物に半分隠れていてびっくりした。
よく見れば腕にはそれぞれそれなりの大きさのトートバックがひっかけてある。
…蒼樹紅ってこんなに一気に買い物するタチなのか?るろ剣の薫みてぇだな。
なんて思ったけれどなんだか足元がふらふらしてる。

「福田さんもお買い物ですか?」

その原因はトートバックだ。
明らかに右の方がでかくて重そうで、声は普通だけど右に体が傾いている。
人も決して少ないとは言えないこの状況、よくこれで歩いていられたなと逆に感心する。

「まーな」

こうして立ち話をしている間にも蒼樹嬢の荷物に人がぶつかっていく。
その度に大きく揺れる体。
見ていられなくて自分の荷物をジャケットのポケットにねじ込んだ。

「え?え?あの…」

蒼樹嬢が抱えていた袋をさっと奪う。
きょとんとした彼女の自由になった右腕からトートバックをひったくった。

「持ってやるよ。他に買い物は?」

ただでさえ彼女はしっかりしているようで抜けてるところが多くて心配になる。
この前だって街中で男に絡まれていた。
まさか現実にあんな場面があるのかと思うほど見事に。
だからこそ余計に一人でよたよた行かせるのが不安でならない。

反応のない蒼樹嬢を見やればぽかんとした顔をしてこちらを見上げている。
ちょっと前までのプライドの塊だった彼女なら死んでもしない顔だったろう。
無防備なその顔は愛嬌があってかわいい、とふと思った。

「買い物は済みましたけど…大丈夫です、運べますから」
「よたよたしてた奴がよく言うぜ」
「でも…」
「俺も今から帰るところだ、ついでだよ」

そう言ってすたすた歩きだしてしまえば蒼樹嬢はもう何も言わなかった。
慌てて隣に並んできた彼女はちょっと俯き加減に『ありがとうございます…』と呟いたのだ。







彼女の家まで画材や天気や最近気になる漫画の話でのんびり歩いた。
一昔前だったら考えられないことだ。
こちらの言うことに反論するばかりだったのに、頷いたり共感したりしてくれることが増えたのは素直に嬉しい。
驚いたり、笑ったり。最近色んな表情をするようになった。
俺の隣なんて死んでも歩きません!と言いそうな勢いだったのに、てこてこ並んで歩いてくる蒼樹嬢を見ると、『なつかれたもんだなぁ』といささか感慨に浸ってしまう。

前は嫌われようとなんだろうと関係なかったのに。
何故だか最近、こんな蒼樹嬢の変化一つ一つが嬉しくて仕方ない。

「ほら、着いたぞ」

気づけばあっという間に時間が流れ、蒼樹嬢のマンションの前までやってきていた。
もう少しゆっくり歩けばよかったか…なんて思っている自分に気づいて驚く。
そんな自分に動揺していると、耳にぽつりと、信じられない言葉が飛び込んできた。

「…お礼に、お茶でも…その…召し上がっていってください」

それはつまり、部屋にあがってよいということか。
何度かマンションの前まで送ってやったことはあるけれど部屋まで行くのなんて初めてで。
妙に意識してしまったが、いかにも平和なチュンチュンという雀の鳴き声と朗らかな日差しに蒼樹紅という人物の性格を思いだし、そんな邪推も霧散した。
しかし俯いて少し耳が赤くなっているように見える蒼樹嬢を見て、なんとなく、自分と同じように感じて引き留めてくれたのでは、と思ってしまう。
荷物も運んでやりたいし…なんて言い訳をつくって、その申し出に自分は頷いたのだった。







「お待たせしました」

そして今に至る。
キッチンから戻ってきた蒼樹嬢はエプロンなんかつけていた。
運んできたティーセットも彼女のこだわりが垣間見えて、安い自室のコーヒーカップとは比べ物にならない。

「これ、たまたま昨日焼いたんです。お口にあえばいいんですが…」
「え、蒼樹嬢がつくったのか?」

一緒に運ばれてきたクッキーは言われなければ普通に売り物かと思うくらいで。
ぱくりと一つつまんでみた。

「うま…」
「本当ですか?」

よかったです…、なんてはにかんだように笑う蒼樹嬢が俺の向かいに腰かける。

…なんだろうこの空気。
甘くてふわふわしてまるで…

慌てて頭を冷まそうと紅茶をすする。
この紅茶がまたうまかった。
ティーパックじゃなくて、ちゃんと茶葉で手順をふんで淹れてくれた味だった。
そんな手間をかけてくれたことが嬉しいと思う。

ぽりぽりクッキーを食べながら帰り道から続いていた漫画の話を再開する。
柔らかな日差しが差し込む部屋で紅茶にクッキー。
向かいにはにっこり微笑む蒼樹嬢。
悪くない休日だ。素直にそう思う。

「なぁ、そういえば何をあんなに買い込んだんだ?」
「今日は画材と切れてしまった食材を買いに行ったんですけど、その途中で入ったお店でついつい衝動買いをしてしまって…」
「へぇ。なにを?」
「綺麗な絵本と………写真集です」

なるほど、あの抱えていた袋の重みは本だったのか。

「昨日クッキーを焼いたら小麦粉が切れてしまって…あとお砂糖も。お味噌やお野菜とか、とにかく重いものがかさなってしまって困っていたんです」

苦笑する蒼樹嬢の唇がティーカップの淵をなぞる。
うっかりそれに見惚れてしまって慌てて目をそらした。
なんだってんだ一体。俺最近おかしいぞ。

「でもあの程度でよたよたするなんて、運動不足なんじゃねぇの?」

頭を空っぽにしようとクッキーを口に放り込んでガリガリ噛み砕いた。
俺の軽口に、むっとしたように蒼樹嬢が口を尖らせる。

「そんなことないです。あれは袋が重かったからで」
「そうか?そんなに重くなかったけどな」
「福田さんこそ強がりじゃないんですか?」
「そんなことねぇよ、俺は筋肉がちゃんとついてて力が強いの」
「本当ですか?」
「なんでそんな疑うんだよ」
「だって福田さん、細身ですし…」

これにはさすがにムッとした。
自分でも線が細いのは若干気にしてたから、なおさらだ。

「そんなことねぇよ」
「そうですか?」
「あんたくらいなら軽々持ち上げれるぜ」

ますます疑うような視線にムムッとする。

「じゃあやってみてくださいよ」

そう言って勝ち誇ったように笑う蒼樹嬢に一泡ふかせてやろう、
そんな軽い気持ちだった。

「えっ!?」

ガタンと席を立ち一歩で距離をつめ、椅子に座っていた蒼樹嬢の膝をすくいあげ片方の腋に手を差し込んで引き寄せる。

「きゃっ!ふっ、福田さん!!?」

予想通り軽々と持ち上がった蒼樹嬢を抱えてくるりと一回転。
かかった遠心力に驚いたのかしがみついてきた。

「言った通りだろ」

顔を見下ろしてにやりと笑えば蒼樹嬢は真っ赤になって金魚みたいに口をパクパクさせていた。
悪戯が成功して嬉しくなる。

「ふ、ふふ福田さんっ」
「ん?」
「福田さんがたくましいのは十分わかりましたから、そのっ、お、おろして…くださ…」

真っ赤になった蒼樹嬢の声がだんだん小さくなっていく。
ふと冷静になってみた。
思っていたよりも随分軽い体、薄い肩、小さな背中、華奢な腕、柔らかな胸、
揺れる髪からはいい香りがする。

あ…やばい。

咄嗟に何かの警告音が鳴って、近くにあったソファーにゆっくりその体を降ろした。
その微妙な反動のせいか、置いてあった本の入った袋が落ちてしまったけれど。

「もうっ、もうっ、信じられませんっ」

なんて、両手で顔を覆っていまだに真っ赤になっている蒼樹嬢が可愛すぎてどうしよう。
かくいう俺も先ほどの感触が消えなくて顔が熱い。
なんだこれ。中学生か。

「あんたが『やってみてください』とか、言うからだろ」

そんな動揺を悟られぬよう精一杯強がって、ぽんぽんとその柔らかな髪をいつものように撫でる。
すると、両手の隙間を少し広げて、蒼樹嬢が下から覗き込んできた。

「…重く、なかったですか?」
「ん?」
「福田さんもやっぱり男性なんですね…」
「は?」

予想外の言葉に目が点になる。

「その…この前助けていただいたときにも、思ったんですけど…」
「うん?」
「腕とか肩とか胸とか…私と全然違って、その…あぁ、やっぱり男の人なんだなって…」
「……」
「………」

降りた沈黙が妙に気まずい。
俯いてしまった彼女に、そういえば一時期極度の男性不信に陥っていたことを思い出す。
男に触られるのは嫌だったのかもしれない。
その場のノリとはいえ軽率だったかと後悔する。

「わりぃ、嫌だったよな」
「ちっ、違います!嫌じゃないです!福田さん以外の人だったら嫌でしたが、福田さんに触られるのは嫌じゃないですっ」
「………え?」

今なんて?

しばらく沈黙が落ちる。
さっきとはまた違った沈黙。
勢いで顔を上げてくれた彼女は硬直していたが、自分が何を喋ったのか理解したらしく、倒れるんじゃないかと思うくらい真っ赤になって。
自分は自分で、人のことをいえないくらいたぶん、顔が赤い。

「ばっ…か…」

誤魔化すように視線を外した先には先ほど落ちて床に散らばった本。
絵本に混じって、バイクの写真集があることに気づく。
その表紙のバイクが自分のものと酷似していて、固まる。
俺の視線の先に気づいた蒼樹嬢があたふたと慌てたように隠そうとしたがもう遅い。

「…蒼樹嬢」

気づいてしまった。
彼女の華奢な体に触れてびっくりするくらい真っ赤になってしまったのもその表情にいちいち喜んでしまう理由も別れがたいと思ってしまったわけも。
そもそも手をさしのべたいと思っていつも助けてしまう理由も。

ぎゅう、と、彼女を抱き込んだ。
びくりとするも嫌がらないその体。
俺だってそれほどバカじゃない。
もう確信した。

「好きだ」

さらり、俯いた彼女の前髪を撫でる。
いくらか潤んだ瞳で見上げてきた蒼樹嬢は、俺の目を見て、しかし確かに、はっきりと頷いたのだった。







*味噌とかを一気にいっぱい買い込む=薫(るろ剣)
ってわかる方いらっしゃるのでしょうか…?








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