ゆびきりげんまん


福蒼です◎
蒼樹さんは基本草食女子でそんな蒼樹さんに恋愛アドバイスをする香耶ちゃんは肉食女子だと思います。
福田さんは肉食だけどちょっぴりヘタレ(笑)

そんな感じのお話です。









ゆびきりげんまん



私は今、携帯の画面と真剣ににらめっこをしている。
…ように端から見たら思われるくらい、画面を凝視している。
正しくはメール作成画面を。
そこにある文章を何度も何度も見直し、手元にある展覧会のチケットと見比べ、不自然なところ、間違っているところがないかをチェックする。
ものすごく、緊張していた。
何故なら、このメールが初めて、自分から男性を誘うメールだったからだ。

「…やっぱりやめようかな…」

やはり怖じ気づいてしまう。
断られたらどうしよう、無視されたらどうしよう。
先日、見吉香耶というお友だちに
『いつも漫画やネームの打ち合わせで会ってるんだったら、たまには全然違うものに誘ってみないと!』
『何か動かないと何時までも変わりませんよ!?』
というアドバイスをもらい、丁度自分も行きたいと思っていて、なおかつ相手も興味がありそうなフィギア展の招待券を担当から二枚もらったことを思い出し、こうして勇気を出してみたのだが。

「…迷惑、でしょうか…変に思われるでしょうか…」

浮かぶのはネガティブなことばかり。
でも、と思う。
ひょっとしたら。
本当にひょっとしたら、一緒に行けるかもしれない。
そう思うと、メールを消そうとする指が止まる。
きっと一緒に行けたら楽しい。
お昼すぎに出掛ければ夕食も一緒に食べれるかもしれない。
そうしたらいつものファミレスじゃなくて、雰囲気のいいお店でお酒をいただいてもいいかもしれない。
なんて想像するとワクワクする。
『大丈夫、福田さんが蒼樹さんから誘われて、のってこないわけがありません!』
何故か自信満々な香耶さんの力強い励ましに勇気をもらい、覚悟を決めて、勢いをつけてえいっと送信ボタンを押した。
思わず目を瞑る。
あぁ押してしまった…なんてまたしてもネガティブな感情が芽生えたけどもう遅い。
恐る恐る目を開けてみれば『送信しました』の画面。
なんともいえない感情に、すぐに携帯を閉じる。
ばちん、という強い音がしたが気にしない。
今日やろうと思っていた仕事を全て片した後でよかった。
もう気になって気になって、何も手につかない。
ちらりと時計を見れば20時。
まだ寝てはいないだろう。
しかし連載作家は忙しい。ひょっとしたら明日に返事がくるかもしれない。
そう思い、とりあえずお風呂で気を落ち着かせてこようと携帯を置いて浴室へ向かった。







ほこほこになって部屋に戻ってくると、携帯が光っていることに気づく。
せっかく気分がいくらか落ち着いたのに、心臓がまたしても跳ね上がる。
20時38分にメールがきていた。相手はそう、福田さん、だ。
はやる気持ちを押さえて、携帯を両手で包んで深呼吸。
どうしようどうしようどうしよう…
悩んでいても仕方ない。再び勢いをつけて、えいっと画面を呼び出した。


『そのフィギア展めちゃめちゃ行きたいんだが、今連載のスケジュールがぎっしり詰まってて予定が空けれないんだ。ほんとにわりぃ。また次の機会に。』


彼らしく絵文字も何もないメール。
断られてしまった…。
高揚していた気分が一瞬にしてしょぼしょぼと萎んでいく。
顔もどんどん俯いて、肩も落ちていく。
あぁ、断られてしまった…。
ぐるぐる巡らせていた当日の楽しい想像がしゅん…と消えていく。
こういう事態を予め想像しておいたのに、全然覚悟が甘かった。
無意識に絶対来てくれる…と思い込んでいたのかもしれない。

「……」

返信画面を出してぱこぱことボタンを押す。
『そうですか。残念ですが仕方ないですよね。お忙しいときにすみませんでした。』
そう打って、送信ボタンを押した。
送信完了の画面を見ても、先ほどのようにはドキドキしなかった。
今の時間は21時。
わずか一時間の出来事。
でもそれまでの心の準備やらにかかった時間は膨大で。

「…行きたかった、な」

ぽつり、呟いてみればぽたりと画面を濡らす水滴にびっくりして目元を拭えば、自分が泣いていてもっとびっくりした。
電話じゃなくてよかった…そう思う。
そう思う反面、彼が本当に残念がってくれているのかとか、微妙な感情の動きが知りたいから電話のほうがよかったかも…とも思う。
いや、そんな面倒くさいことは抜きにして、彼の声が聞きたいと思った。
絞り出したなけなしの勇気に期待に膨らんだ胸。
それらが全てしおしおと萎んだ今はただひたすらに、寂しかった。

「…福田さんのバカ」

ぼすん、とベッドに沈む。
あまり泣くと明日目が腫れてしまう。
枕に顔を押し付けて涙を拭った。
断られてしまいました香耶さん…
そう相談する自分が浮かんで一つため息。
きっと彼女は『次の機会に』とある彼の言葉に、また次誘ってみればいいんですよと言ってくれるだろう。
また背中を押してくれるだろう。
でも果たして自分が次にまたこうして彼を誘えるかどうか果てしなく疑問だった。
また断られるかもしれない。
『次の機会』なんていうのも社交辞令かもしれない。
どこまでもネガティブな私の思考はまた傷つくことをとても怖がっている。
もう一度、ぽそりと福田さんのバカ、と呟いた時だった。
突然鳴り出した携帯電話に飛び上がって驚く。

「…え?」

メールではなく電話で、表示されている名前は福田さん。
あわてて電話をとってもしもし?と問いかける。
びっくりしすぎて涙は止まっていた。

『よう、今いいか?』
「はい、大丈夫です…」

ついさっきまで、寂しくて寂しくてしょうがなかった胸は今はまたドキドキでいっぱいだった。
なんて現金なんだろう、それ以上に、こんなに自分を振り回せてしまえる福田さんにちょっとむっとする。
福田さんも同じくらいならいいのに…
そんなことを、ふと、思った。

『さっきはほんとに悪かったな、せっかく声かけてくれたのに』
「あぁ、そのことでしたら…」

もう納得していますから気にしないでくださいと、全然納得していないのに強がってしまう。
ほんとに貴方と行きたかったんです、なんて、素直に言えたらどんなにいいだろう。

『蒼樹嬢が納得しても俺は納得しないっつの』
「え?」
『誘ってくれてほんとに嬉しかった。まさか蒼樹嬢から声かけてくれるなんて思ってなかったからな…ありがとう』

だから余計に行きたかったんだけど…と告げるその声が、本当に残念がっているように聞こえて胸が苦しくなる。
誘ってくれて嬉しかった、と言ってくれた。メールじゃなくて、電話とは言え直接。
懲りずに胸がドキドキして膨らんでくる。

『今の予定全部片したら、俺から連絡するから。フィギア展には間に合わないけどなんか代わりを探しとく』

俺から連絡するから、と言ってくれた。
喜んでと言おうと思ったら、

『ついでに飯でも食うか。いい飲み屋探しとく』

本当に本当に本当に嬉しくて、夢じゃないかと思って太ももをつねってみた。
痛い。やっぱり夢じゃない。

「わかりました、絶対ですよ?忘れないでくださいね。嘘ついたらいやですよ?」

くくっと喉の奥で笑われて、ちょっと必死になってしまった自分に赤面する。
でも仕方ないじゃないですか、嬉しいのですから。

『じゃあまた連絡するから。蒼樹嬢もネーム頑張れよ』
「ありがとうございます。福田さんこそ、スケジュールがずれ込むようなことのないよう、しっかり頑張ってくださいね」
『うっせー』

くすくす笑って、楽しみにしてます、と言えば、ん、と返された。
お互いにおやすみと言って電話を切れば時計は22時。
たった2時間でどれだけ自分の心は浮き沈みを繰り返したのか。


胸がまだドキドキする。
すごく嬉しい。その日を想像してまた胸がワクワクしてきた。
福田さんが次は自分から誘う、と言ってくれた。
彼は嘘は吐かない。
だからとても嬉しくて、楽しみだ。
ちょっと前まで誘ってしまったことを後悔していたのに、今なら思える。
何か動かないと何も変わらないのだ。
香耶さんもきっと喜んでくれるだろう、きちんとお礼を言わないと…


ぎゅうと、私はその日、携帯電話を握りしめて眠りについた。









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