ヒトリノ夜(1)
那須を強姦のようにして抱いた翌日、俺の机の上には彼が座っていて朝っぱらから盛大な「大嫌い」の再宣言を浴び、昼にはいつものように一緒に飯を食っていた。
彼は当然本調子ではなく、不機嫌以前に顔色も悪かったから、飯の後は保健室に連れて行って寝かせておいた。
俺は彼が判らなかった。
冷静になればなる程、本当に俺の妄想した通り男との性交が既に癖になるまでに快感に溺れているのだとしたら『彼らしくない』――そう形容したくなる。
彼程人に土足で踏み込む癖に逃げ足の速い奴はそう多くない。
つまりは他人に染まりたがらないのが彼の特徴の一つ。
俺のように生まれついて性生活の奔放な家庭環境に居た訳でもなし、そう簡単に倫理観を捨てられるのだろうか。
その立場になってみなければ判らない事だから彼の見張りを続けようと思った。
そう考えていたのに肩透かしを喰らうようにして「寮まで荷物持ちをしろ」と彼の方から連絡を寄越してきて、結果、二人揃って俺の部屋、今に至る。
彼は勝手に俺の冷蔵庫を漁り出して今晩食べる予定だったレアチーズケーキの残り半分を取ると「食う」という予告もなく食べ始めた。
その上に「お茶」とまで注文を付ける。流石に酒は懲りたのかとも思ったから、言われるままに湯を沸かして茶を淹れる準備を始めるとプリンまで封を開けられてしまった。
「ちょっと待て、那須。お前甘い物好きじゃないだろ」
「鶴見は好きだよな、甘いの」
という事はこれは彼なりの逆襲なのかもしれないが、それにしては余りにお粗末だ。
やるなら本格的にまた、教科書を破いたりをしてくると思うのだが、と首を傾げていると、大切な非常食の桃缶に手を付けようとしたから流石に彼の背中を踏み付けてやった。
「何だよ、俺に見られて都合の悪いの隠しておかないお前が悪いんだろ」
桃缶を握って未だ離さず、踏まれたままの彼が言う。
「それを仕舞って冷やす場所が冷蔵庫だ」
「そんなありきたりの場所に隠してるんだ。漁られても文句言うな」
何か引っ掛かる物言いだ。
「取り敢えず食うな」
「もう遅い、見ちゃったから」
はたと気付き制服のスラックスの尻ポケットに突っ込んでいた携帯を取り出した。
その間に彼は俺の脚を退かして桃缶を開けてしまう。
スマホの画像フォルダを開いて件の画像の残っているのを確認し、再度彼を見遣ると彼は既に立ち上がり蓋を開けただけの桃缶を手に、俺を眺めていた。
「流石にスマホは漁ってないけど」
彼は薄らと笑っている。全く嫌な誘導尋問だ。
「お前、この一週間やたら俺に張り付いてたし昨日はアレだし理由があるんだろ。何?」
これだから同年代は余程でないと面倒臭いのだと、そんな事は行為に及ぶ前から判っていたのだが。
というよりは彼だから余計に面倒なのかも判らない。何せそういう関係等想定した事がなかったし、そもそも彼は頭の回転が異質だ。
「好奇心旺盛なのはお前の短所だな」
携帯を念の為にロックして尻ポケットに戻すと、彼は見計らったように桃を一つ指先に摘み、俺に差し出してきた。食う気もないなら開けるなと言いたいけれど、これ以上拗れるのも厄介で、その指先の桃を食い千切らせて貰った。
口内に濃厚な甘みが広がり幾分か気が紛れた。この執拗に他人を詮索するのを好む毒虫をどう撒くのが一番平和かを考えながら咀嚼する。
「責任取るって言っただろ。俺の好奇心くらい満たしてよ」
シロップが床に垂れる前に再度指先に口を近付け指ごと含むと、色気もなく彼は口内から撤退をしてしまった。
「いつでも満たしてやるけど。エロい好奇心なら」
迫ったら逃げるかと思ったが距離を縮めても彼は動かない。何かを探るように俺を観察している。
桃缶を寄越させるべく手を導けば素直に従った。少し拍子抜けもしたが彼の大人しく従ってくれる方が都合の良いに決まっていた。
「へぇ。俺が頼めば二度目もあるって事?」
そう確認されると肯かざるを得ない。
昨日の彼は穴として新鮮だった。だから、二度目を誘われれば平生ならば断る理由はない。
「お前が俺に頼むってのが想像出来ねぇけどな」
「どうして。抱いての三文字くらい想像しろよ」
昏く影を落とす瞳がじんわりと俺を追い詰めている。この緊張感は久々だった。
「本気で言ってる?」
まるで互いの引き際の読み合いのような気がする。
彼は少し首を傾げるようにして数秒沈黙した。
「此処で俺が『本気』と答えたらお前詰むぞ」
「どっちが詰むんだよ。昨日あんなに怖い怖い騒いでた癖に」
「お前があんまりにも下手くそだったから驚いただけだ」
「どっちが下手くそだ」
慎重にも不用意にも思う売り言葉に買い言葉、距離。
情交と形容するには乱暴が過ぎた昨日の行為が頭を過り、柄にもなく頭を抱えたくなった。
羞恥も後悔もない筈だ。しかし良く判らないけれど乱暴した人物が目の前に居て、それがクラスメイトで馴染みの友人というのはやはり問題のように思えたし、そもそもそれは那須で――また悪い衝動が込み上げてきそうで、困る。
「……お前、帰れ」
先に目を逸らしてしまったのは俺の方だった。
「嘘つき。抱いてくれないじゃん」
責められる謂れはない事だと思うのに、妙に罪悪感が湧き上がるのはやはり俺が後悔しているからなのか、何なのか。
「……何だよ、抱けば良いのか」
そんな言い方をしてしまって、直ぐに「違う」と舌打ちをする自分が滑稽だった。
目を伏せて視界から彼を遠ざけてみても影は俺の脳裏に刻み付けられていて振り払えない。
それどころか昨日、俺が頭を押さえ付けた姿が――。
「抱いて」
棒読みの台詞に堪らず眉間に皺を作る。
「あんまりうぜぇ事言ってるとマジでヤるぞ」
「脅しになってない」
ネクタイの結び目に指を掛けられて、横目で彼を覗えばやはり平生より青褪めた白い頬。
「俺は抱いてって言ってんの」
何を考えているのか、語調は強気だった。本当に俺がまた再び手を出さないと思っているのだろうか。
彼の犯される裸体の画像を持ち歩いていた俺が。
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引けないだけの強がりなら怖がらせれば良い。彼が嫌だと言って即座に追い出せばこの捩れは元に戻る。
自分に言い聞かせて彼の頼りない手首を掴み暴力的にベッドに引き倒した。
呆気なく脚をもつらせて這いつくばる彼の横顔が歪んだのを確認して、ベルトを外す。
俺の性交で用があるのは後孔だけだと判れば酷い奴だと改めて自覚してくれるやも判らなかった。
スラックスと下着を鷲掴み纏めて引き抜く。
爪が肌を掻いて朱線が走り、彼は身を萎縮させこそするが、逃げ出す様子はない。
昨日痛め付けた性器は根本に赤い痕がくっきりと残っていた。それが視認出来る程に体毛が薄い。
率先して跨がってくるくらいの方が俺は好みで、わざわざ尻穴を解してやる義理もないと自分に言い聞かせ、デスクの下に仕舞ってあるローションを玩具と一緒に取り出して眼前に放った。
「自分で解して濡らしとけ。緩いくらいが好み」
彼はグロテスクな色の玩具に驚いた風に肩を震わせたが、表情の変化はその一瞬だけ、趣味の悪い紫のバイブを掴むと機械的に「はい」とだけ答えた。
パソコンのパスが割れている事はないだろうから俺は気のない素振りでバスタオルを手に取り「シーツ濡らさねぇように」と言い置いて浴室に脚を向ける。
浴室に篭った途端、心臓が早鐘を打ち始めて本当に頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
俺がシャワーを浴びている間に部屋を荒らすなり何なりして出て行ってくれれば良い。
彼が何を思っているかは知らないが、幾ら俺が貞操観念が皆無でも、そんな軽い情動で一番付き合いのある友人とセックスしたりはしない。
この情動はもう抑えておかなければならない事ぐらい俺にも判る。
また関係を持ってしまったらその次も欲しくなる。それだけ蠱惑的なのだと何故判らない――。
目を閉じれば目許の曖昧な彼の媚態。
「糞」
髪を掻き乱して勢いを付けて立ち上がり、制服を脱ぎ散らかしてシャワーのコックを捻る。
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