サウダージ(5)
「……ち……ちん……」
「聞こえねぇ」
漸くの思いで口を開いたのであろう言葉に言葉を被せて腰を掴み直す。
まだ一つローターは埋まり、細いコードが一本伸びている。収縮の度に内壁を刺激しているに違いなかった。
「ほら、痛くなるぞ」
その小さく可憐にも見える後孔に自分のグロテスクな性器の切っ先を押し当てる。
「鶴見、待て……っ……中に」
「知ってる。お前がさっさと言わないからだろ」
「言うから、待っ……!」
肩越しに振り返ろうとする彼の側頭部を右手で押さえ床に擦り付けさせた。
――顔は、要らない、見せるな。
酷く勝手な事を思いながらも、生意気で他人を貶めて喜ぶ彼を、こうやって這い蹲らせている事実に身体の芯が燃え上がる。
「お……おちん、ち……痛い……っ……やめて、待って……」
嗚咽混じりの悲鳴じみた幼稚な訴えが耳に心地良かった。
「そ。仕方ねぇから解いてやるか」
彼が微かに安堵の息を吐く気配。
「後で、な」
その僅かな脱力を狙って勢い良く後孔に性器を捻じ込む。
「い、ぁ、ああぁぁあ!」
悲鳴は余りにも切なく響き、同時に掴んでいた腰が大きく上下に振られた。
彼の腹の中は酷く熱く、予想以上に狭い。その固く引き絞られる内壁が忙しなくうねって痙攣していた。
ぽた、ぽたた、と小さな音がして、彼の性器がまた精液を漏らしたのが判った。
「……は、ウケる。ぶち込んだだけでイってんのかよ」
「ひぅ……いた……い……っ……痛い……こわい……ッ……」
押さえ込んだ親指に熱い雫が当たる。髪に隠れているけれど彼の涙に違いなかった。
「知るか。緩めろよ、こっちが痛ぇ」
どうして自分がこんなに残酷になれるのかと今更のように思ったが、その感情の出処は全く判らなかった。
きっと彼が全て悪いのだ。
彼だから悪くても不思議はない。
嫌悪感を覚える程の大胆さで彼の性器を左手で一打ち、平手で叩き、跳ね上がった腰に合わせて更に奥まで肉棒を突き刺し、当たるローターを奥へ奥へと押し込む。
「……は、くっ……ひあ……!」
もう彼は喘ぐだけで精一杯といった様子で全身を強張らせ震わせていた。
脆い――そんな印象を那須に抱いた事はなかったのに、また俺は嘲笑っていた。
「そもそもちんぽギンギンに勃たせて痛いも怖いも何もねぇだろうが。好きなんだろ、セックス」
ずるりと亀頭ぎりぎりまで引き抜き勢いを付けて深々と突き刺す。
「ひ、やぁあぁっ!」
甲高い嬌声を上げ逃げようとする薄い腰を引き寄せ、肉筒の奥を掻き混ぜるように旋回すると、萎縮していた肉襞が徐々に馴染みだした。
「は……ぁん、やぁ……ッ……怖い……っ……怖い、よぉ……」
彼の何を言おうが少しも届きはしなかった。
悦がり狂えば良いと心底思う。
俺の手で。
あの男に抱かれた時のように。
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他人と暫く交わらなかったせいの溜まりに溜まった性欲の情動だったのかもしれない。
いつも射精は相手の顔に引っ掛けるか中に出すのに、那須だからか尻にぶち撒けて終わらせ、荒れた息を整えながら押さえ付けていた手を引くと、彼は衣服を手繰り寄せるようにして床を這った。
意識がまだあった事に少し驚いたけれど、やはり服を抱き込み横倒しになった所で彼は気を失ってしまったようだった。
頬は涙に濡れ目元はすっかり赤く腫れていた。
完全に動かなくなった肢体を抱き上げ部屋の浴室に連れ込んだが、シャワーで清めていても意識は戻らない。死んだようにぐったりしていて、思わず呼吸を確かめた程だった。
彼と共のベッドに寝るのも柄ではないように思ったから、彼は備え付けのベッドで、俺は些か頼りない簡易のソファベッドで休む事にした。
夢を見た。
それは明らかに夢だと判る夢だった。
那須が見た事もないような笑顔で俺の手を握っていた。
何かに躓いてよろめく彼を抱き留めたら「有難う」等と素直に感謝されて、何だか調子を狂わされた。
「鶴見」
夢の中の彼は笑っている。
それが少し寂しそうにも見えて、俺は首を傾げる。
「何」
「……やっぱり良い」
「気になる」
「馬鹿」
ああ、これはいつもの那須だ――そんな風に思いながら抱き締めたら、俺より二回りは小さな、細い肢体が微かに震えた。
「……鶴見」
何て趣味の悪い夢なのだろうか。
「ごめん」
鶴見、と彼は静かに呼び掛ける。
その後、彼は確かに何かを続けた。
泣きながら。
何度も何度も謝って。
扉の閉まる音で目を覚ました。
最初に意識したのは腰の気怠さ、次いで並べた隣のベッドへと腕を伸ばせばそこには体温だけが残っていた。
身を起こすと安い簡易ベッドはぎしりと軋んだ。
部屋は惨状――そう形容しても良かった。
俺の手書きスコアが破り散らかされている。
一瞬で何が起こったのか把握した。
「……やられた」
紙吹雪の後のように散らかっているスコアの切れ端には『馬』だとか『下』だとか『女』だとか訳が判らない文字が一つ一つ添えられていた。
全部繋ぎ合わせる気力がある筈もない。
彼は恐らくそれまで判って罵詈雑言を書いていったに違いない。
床には使ったらしい油性マジックと鋏、セロテープもそのままに転がっていた。
それを眺めている内に盛大な物音が聞こえてきて直ぐに静まった。
那須側の部屋のようだったから彼なのだろう。
これは暫く壮絶な低気圧に見舞われるか、本気で嫌われたか――覚悟をしていると壁に貼られたスコアに気付いた。
『大嫌い』――メッセージは余りにも子供じみていて端的で、思わず笑みが零れる。
これを残した以上は明日普通に接しても壮絶低気圧で済みそうだった。
部屋の掃除に息を吐きながらベッドを降りる。
夢の中の彼は何を言って何故泣いていたのだろう。
現実もあれくらい可愛げがあれば違ったのかもしれないのに――そう考えて思わず口許を押さえた。
何が違ったというのだろう。
何を違えたら良かったのだろう。
目を閉じれば瞼の裏に彼が浮かぶ。
暗く、淫らで、寂しげな。
END
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