サウダージ(3)


 那須の様子は普段と変わらなかった。俺の付き纏いにも取り立てて文句を言う事はない。
 ただ「お前誰かにフラれたんだろう」等と見当違いな方から勘繰られて何とも微妙な気分にさせられた。
 どうやらネットに晒されている事は知らないらしい。
 天体部の部室に居ても、煙草を吸いながら鼻歌でメロディラインを作り、スマホのアプリでコードを鳴らして曲を作るくらいしかやる事がなかった。
 那須も那須で紫煙を蒸かし、机の資料の山に埋もれて黙々と作業をするばかりだった。
 幸いな事に雲の出る日が続き、那須の口から天体観測に出掛けるとは出ず、些か退屈で怠惰な時間を過し、寮に帰れば件のサイトを眺めた。
 黒島公園の名が出るのは俺が思っていた以上に早かった。
 以前サニーに晒され、別のアングラサイトでアナルオナニー動画をアップするようになり、ネットアイドルと化した『ジョー』と名乗る成人男性が隣駅銀原駅にある紫の上公園で目撃されたという情報が落ちたのが切っ掛けだった。
 この紫の上公園の近隣で同様発展場のイニシャルK公園は黒島公園しかない。
 『弛緩催淫ミックス買っといた』『見付けたらバイブ二本突っ込んで放置しとく』『俺等四人で輪姦す予定』等とスレッドの勢いは増す一方だった。
 危機感を覚えるのに、不謹慎にもあの動画を繰り返し見てしまう。
「嫌、やだ……っ……あぁ、んッ! も、やめて、抜いて……!」
 切羽詰まった切ない嬌声、嗚咽、体内を掻き回されている水音、捲れ上がる後孔のいやらしい襞、薄い胸に鮮明に色付く乳首、逃げようとして淫らにくねる腰、それに合わせて揺れる幼い色の性器――情欲を煽って止まなかった。
 弛緩系は手持ちにないが、媚薬系と安定系、利尿系の合法ドラッグは持っている。
 ――犯したい。
 守らなければならないのに、俺は確かにそれを願い始めていた。
 他人を貶めて喜んでいる彼を、淫乱だと罵って腹の中を精液で満たしてしまいたい。
 尻穴を犯されてこんなに感じているのだから、もう女と性交しても刺激が足りないに違いなかった。
 ――ならば。
 この動画を見なければそんな一方的興味を抱く事はなかっただろうに、釦を掛け違えたかように感情がずれていく。
 彼と俺の友人になったのは事故、どんな経緯であれ彼が男に抱かれたのも恐らくは事故。
 ならば俺にもそういう機会があっても良い筈だ。
 どうせ男の手に堕ち、これから更に貶されるやも判らない彼なのだから、その前に。
 身体の芯はきっともう、彼の艶やかな肢体を見た時から願っていたのだ。


■■■■■



 酒を誘えば彼は俺の部屋にやって来る。
 飯の舌は肥えているようだが、その反動なのか、やたら安っぽい味も好むのが彼の特徴の一つだった。
 その舌を利用して安酒で度数の強いハイボールを作り、粒状の媚薬と安定剤を溶かし混んだ。
 意地の悪い覚悟をしたせいか無駄な罪悪感も覚えなかった。
 彼は「偽ビールじゃないなんて。全体何処に隠してやがった」と難癖を付けながらも一杯目は早いピッチで飲み干し、何の疑問も抱かずに二杯目を要求してきたからキッチンに立って先と同じ薬物を混入させた。
 使用量が大幅に増えてしまうけれど、媚薬に関しては気分的な物の方が余程大きく左右するといった程度の効能しかないのは自分の身体で検証済み。
 安定剤は眠気を誘うから感度は鈍るが、弛緩剤もそれは同様だろう。しかし弛緩剤程の脱力効果はないと思う。
 その塩梅までは流石に判らなかったから、少ないよりは多い方が良いだろうと勘に任せて一杯目より媚薬も安定剤も量を増やした。
 煙草を吸って彼得意の悪口を摘みに俺も自分用のやや薄めのハイボールを傾ける。
 彼ほど弱くはないが、俺が酔っては抑えが効かなくなるかもしれなかった。
 そんな予感を覚えるくらいには那須が違って見える。
 風呂上がりで髪のセットが解け、ストレートになっているせいかもしれない。
 美人でもなければ可愛くもないと思っていたけれど、良く良く観察すれば彼は綺麗だった。
 やや釣り気味のアーモンド型の瞳、その眦から既にほんのりと紅潮していて、酒に濡れる唇も妙に色香が漂う。
「鶴見、聞いてんのか、馬鹿」
 隣に並んでベッドに寄り掛かり、顔を眺めていたのに、彼の腕が伸びて来て俺の髪を引っ張り始めた。
「聞いてるから引っ張るな」
「聞いてない、絶対聞いてない。禿げろ、禿げ上がれ」
 グラスは殆ど空になっている。平生でも酔って当然の酒量、ただ少しばかり酔いが早い気もするが、それは薬物のせいかもしれなかった。
「禿げたくねぇし禿げねぇし痛いから」
「痛くしてんの、馬鹿。ツルピカハゲト」
 人の名前を良くもそんな酷い物に改変出来るものだと感心してしまうが、ただ髪を引っ張られているのでは酒を飲ませた意味がない。
 力任せに腰を抱き寄せると、那須の方から膝に跨がってきた。無論その方が髪を掻き回し易いからに決まってる。
 案の定、那須は両手で俺の髪を引っ張っては掻き混ぜるのを始めた。
 子供の手遊びと同じなのだろうか。
 不安を感じる子供は髪を弄る癖が付くというが、彼は髪への執着が強い。
「イケメン気取りやがって許さねぇ」
「気取ってねぇよ」
「鶴見がイケメンなら俺もイケメンだから」
「ああ、はいはい、イケメンイケメン」
 意識して触れてみると彼は本当に肉付きが悪かった。腰骨も浮いていて。
「思ってねぇだろ……お前」
 背骨を辿ると服の上からでも凹凸が判る。
「擽った、い……」
 ひくりと震えた肢体に動画の白い肌が重なった。
 目の前の首筋に顔を埋め唇を押し当てると、また、ひく、ひく、と小さく震える。
「那須」
 彼の着ているTシャツの裾からゆっくりと手を挿し込み脇腹から肋までを慎重に捲り撫で上げていく。
 逃げてしまわれては元も子もないのだが、逃げる気配は今の所ないようだ。
 左腕でしっかりと抱き込み、首筋に唇を這わせていると「は」と短い吐息が漏れた。
「……鶴見」
 後頭部を弄るように髪を握られ、意識しなかったところからも煽られる。
 意味が判らない訳ではないだろう。男と寝たのだから。
 或いはこうやって流されて抱かれたのか。
 だとしたら酷く嫉妬する。
「……痛っ」
 ぷくりと浮き立っていた乳首の輪郭をなぞり爪を立てると喉が反り返った。
 直ぐに硬くしこってくる乳頭を捏ね繰り、押し潰して遊ぶ。
「鶴見、待て、ちょっと」
 今更止めるのだろうかと腰骨を掴んで押さえ付けながら顔を上げると、紅潮している頬、酒精のせいだろうが瞳が潤んでいるのが艶めいていてとても綺麗だった。
「一発ヤらせろ」
「……お前……本気で言ってんのか」
 それは俺が俺自身に問いたい事だけれど。
 下方、視界には僅かに盛り上がる彼の股間。
 ほんの少し触れただけなのに勃ち始めてしまったようだ。
 抱かれた事を思い出したのだろうか。
 また胸がぎりぎりと軋んだ。
「半分本気。逃げようとしたらレイプしちまうかも。そういうプレイも悪くねぇよな?」
 これでは脅しだが、元々同意等ないと思っている。多少の無理強いをしても流されて欲しかった。
 彼の悩ましげに眉間に皺を作るのもにも頓着せずに乳首を弄り回すのを再開すると、もじもじと腰を揺らして俺の手に手を重ねてきた。しかし引き剥がそうとする素振りはない。
「……残りの半分、は、冗談……か、気紛れ、か」
 彼の左手は落ち着きなく俺の後頭部を弄っている。
「そんな所だ」
 ――恐らくは違う。
 直感的に思ったけれど、一々否定して問答になるのも面倒臭かった。
 俺は確かに彼を抱いてみたくて、彼の身体も発情を始めている。
 それならば敢えて抑える必要も、言葉を連ねる必要もないだろう。
 俺と彼は、俺が一方的に友人役を買って出ていて、彼はそれを煙たがりながらも何とか許容しているだけに過ぎないのだから、それで関係が気拙くなったところでさして変わりはしない。
 彼が本気で拒絶をすれば無論止めるくらいの理性はあるけれど。



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