サウダージ(2)


 見知った人物の性交シーンの衝撃に鎮まり掛けていた情欲がまた煽られてくる。
「やら、やぁっ……イってる、から……っ……許して、許して……」
「淫乱処女まんこでごめんなさいだろ?」
「……いん、ら……しょじょ、まん……ごめ……らさ……あぁあっ……!」
 泣きじゃくっているらしい那須の上擦る悲鳴に勃起が硬度を増して、殆ど無意識の内に片手を添えていた。
 ぐちゃ、ぐちょ、と粘膜の掻き回される卑しい水音はずっと響き続け、那須の悲痛な嬌声が鼓膜を擽る。
 強姦に近いようにも思えたその動画を繰り返し再生した。


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 散々人の事を「ホモ」だの「ヤリチン」だの何だのと貶したのは一体どの口かと思う。
 俺以上にやり手なのであろう男に捕まって、あろう事かネットに画像を流出させられる等無警戒にも程がある。
 その画像で抜いた俺も俺だけれど、そういう物の為に使われる事は撮られた時点で気付くだろうに。
 はたと気付いてスマホを鳴らせば不機嫌な声で「何」と問われた。
 取り敢えず暫く彼の趣味にしている天体観測に同行したい旨を告げると、酷く迷惑そうにするから強く言い置いて電話を切った。
 幸いな事に那須の部屋は俺の部屋から一つ挟んで隣。
 天体望遠鏡を担いで出れば何とは無しに気配が判る。
 いっそ部屋に乗り込むかとも考えたが、以前に酒を持って訪問したら扉も開けずに門前払いを喰らって、どうやら部屋に他人を入れたくないらしいのを知った。
 人の縄張りには土足で踏み込む癖に自分の縄張りは守りたい、そういう輩は少なからず存在する。
 四六時中見張る事は叶わないし、那須が単独行動を好むのは知っていたが、暫くは一人での天体観測は避けた方が無難なのは間違いなかった。
 某サイト上では既に『【公衆便所】DKタカシたん【調教計画】』なる不穏なスレッドが立ち上げられていて、ナンパ場所として晒された『K公園』の推理が始まっていた。
 K公園は黒島公園だろう。那須は白塚展望台へ行く足を持っていないから近場を理由に良く黒島公園に出掛けている。
 周囲にネオンが少なく、比較的天体観測がし易いと聞いた。
同時に、黒島公園はゲイの発展場で有名だ。
 那須が一人で向かえば確実にサニー信者に捕まって特定されてしまうだろう。
 幾ら目許を多少モザイクで加工されていても、それだけでは誤魔化せないし、制服を着たまま出掛ければ即脚が付いてしまう。
 全く面倒な事になったと思うけれど、放っておく程非情にはなれなかった。
 撮られた時点で那須も画像の流出は覚悟したかもしれないが、相手が悪過ぎた。
 調子に乗ったサニー狂信者に本当に『公衆便所化調教』されでもしたら目も当てられない。
 或いはあれだけ感じ切っていたのだから、既にもう癖になっているやも判らないが、それにしても輪姦等は割に合わないだろう。
 本当に那須が望んでいるのなら止めるつもりはないが、サニーの投稿にはどうしたって悪意を感じる。
 泥酔した那須がホテルに連れ込まれ、合法ドラッグを使用されたのなら、やはり強姦だ。
 那須は元々酒の強い方ではない。その割に飲みたがる。
 酒癖は悪く、所謂絡み酒というやつだ。
 友人として過ごすようになってから何度も共に飲んでいるが、那須は酔っ払っていた方が少なくとも平生より可愛げがある。
 語調の厭味は消えるし、やたらスキンシップを強請ってくる。
 とは言え、色っぽい物ではなく、服を掴み掛かって来たり、髪を引っ張ったりと散々な事態だが、膝に座らせて抱き込んでも「苦しい」だとか「キモい」だとかの単純な苦情が出るだけで逃げもしないし、何の意図なのか判らないが抱き着いたり、色気の欠片もないキスをして来たりもした。
 良く良く眺めれば那須は可もなく不可もない顔をしていて、やはり取り立てて俺の好みという訳ではないのだが、酔っている那須が相手で雰囲気さえあれば勃つには勃つと思う。
 一見普通体型、抱き締めてみれば直ぐにそれと判る痩身だ。骨張っていて抱き心地は余り良くない。
 洋服は肩で着る物だと聞くが、なるほど、那須のようにある程度の肩幅さえあれば見た目だけは普通に見えるのだろう。
 その見た目と触り心地の落差、悪くはない。
 件の画像は全て保存してスマホにまで入れてしまったが、サニーらしき男らしい腕の中で幼く泣きじゃくる那須は確かに、確かに愛らしかった。
 苛めたくなる等と言うと意地が悪いだろうか。
 平生の那須は兎に角暗い上、酷い気分屋で横柄な奴だ。その那須があんな風に泣くだなんて想像した事もなかった。
 勃つには勃つ、ではない。
 あれを見てしまっては機会があれば一晩お相手願いたいとさえ思ってしまう。
 俺も所詮はサニー信者かと溜息も漏れたがそういう趣味だからこれはもう仕方がなかった。
 しかし、こんな事態になってくると流石に煩わしい。生徒会の仕事にも趣味の部活にも支障が出る。
 否、支障が出ると文句を言われるのが煩わしいのであって、那須に付き纏う事自体は悪くはなかった。
 放課後、大体那須は天体部の部室に篭もり、五人居る部員内、たった一人で活動している。
 活動と言っても主に天体観測日誌を書いたり、科学雑誌をスクラップしたり、観測器具を磨いたりと、活動自体は地味極まりないようだ。
 俺も一応天体部の五人の一人、とは言え同好会降格にならないよう頭数で兼部在籍しているだけなので、那須の活動を手伝った試しがなかった。
 天体部に顔を出す時は部室で煙草を吸っているか、他の三人と夜遊びをしているかだ。
 俺の部活のメインは部長を務めている軽音部の方で、そもそも天体部に遊びに行く事が喫煙目的だった。
「珍しいわねぇ。鶴見君たら今日も天文部なのぉ?」
 軽音部の部室に立ち寄ると何故か小指を立てた有栖川蓮司先生に出食わして、煙草を出していなくて良かったと内心安堵する。
 有栖川先生は酷く女性的な語調や所作をする奇妙な人だが、その実は般若だ。
 今年から生徒指導部所属になったのだが、転任の鬼の柏崎晴久先生と並び、素行不良生徒を阿鼻叫喚させている。
 俺も阿鼻叫喚させられた中の一人。喫煙現場を押さえられ、冗談ではぐらかそうとしたら、有栖川先生の見張り付きでグラウンドを五十周走らされた。
 本当に堪った物ではなかったので、以来有栖川先生を見る目は変わっている。
「天『文』部じゃなくて天『体』部らしいっすよ」
 一学年後輩で幼馴染の綾小路王貴が呆れ半分に訂正を入れてくれた。
 律儀で有能な幼馴染を持つと色々と助かる。
 生徒会長の仕事も王貴とその双子の兄の帝都に任せておけば九割は片付いてしまうのだから使い勝手が良過ぎた。
 無論、生徒会自体、副会長杉坂九朗筆頭に盤石の布陣なのだが、いつの間にか鶴見派、杉坂派と呼ばれるまでに俺と杉坂が対立していて、仕事を押し付け辛かった。
 ドラムセットやアンプ、キーボードを置いているせいで広い筈の部室は異常に狭い。
 そこに身長百九十前後の男が五人も入っていれば窮屈も良い所だ。
「そうだったわね、でも何で『天体部』なのかしら。普通『天文部』じゃないの?」
「俺もそう思いますけど」
 首を傾げていると、俺の代わりにベースで入って貰っている顧問の道成寺隼斗先生が、ずん、と重低音を響かせた。
「俺の代までは天文部だったぜ。空白の四年の内に何故か天体部になってた」
 美味そうに煙草を燻らせているから全く狡い。
「顧問の中河原先生に訊けば理由判るんじゃねぇか」
「やだぁ、道成寺先生ったら頭良いわぁ」
 有栖川先生の賞賛に露骨に嫌そうな顔をして、道成寺先生はくるりと背中を向け、アンプの上に広げられた俺の自作スコアを弾き始めた。
 仲が良いのか悪いのか判らない道成寺先生と有栖川先生だ。
 しかし、ほぼ初見でこうも容易く俺の曲を弾かれてしまうのだから少しばかり悔しい。
 ドラムセットの中央に居座る国分寺武蔵がバスドラムを数発入れて道成寺先生のベースラインに乗り始める。
「行ってらっしゃい。生徒会サボり過ぎっと正造がブスくれっから勘弁な」
 王貴に釘を刺され、良い音の波に口角を上げながら俺は部室を出た。


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