残酷な仕打ちだ。
涼は何をしたいのだろう。
俺に触れて、世話を焼いて、嗤う為にセックス迄して、それでも尚、こうして俺を抱き締める。
「……涼…」
鎖骨に顔を擦り寄せて必死に縋った。
――見限らないで。俺を独りにしないで。
涼を失う事が何よりも、怖い。
涼は俺の茂を直接的に殺した張本人なのに、俺には涼しか居ない。


■ ■ ■ ■ ■


涼が起き出すよりも早く寝床を抜け出して、昨日と同じように朝飯作りに取り掛かった。
連日セックスをしたせいで、下肢のあちこちが痛かったし、特に腰骨と股関節が軋むようで、尻にもまだ何か挟まっているように下腹の中迄痺れていたが、日常の規律を乱す訳にはいかなかった。
ただでさえ俺の利き手は使い物にならない。
日常の仕事迄役立たずになったら本当に見限られるのは間違いなかった。
自力で立ち上がれない草食動物の子供が群れから捨てられるのと同じ事だ。
時間が掛かっても気力でどうにかするしか無かった。
今日は俺も探索を共にする予定だ。
この調子で狩りが成功すれば蛋白源にはさほど困らないが、ビタミン源は未だ収穫量も少なく保存食分迄回せていないのが実状。
山菜や果実を中心に収穫出来るポイントを探さなければならない。
二人旅はやはり厄介だった。毒性のあるかも判らない植物を試して片方が倒れでもしたら、そこでまた足止めを食う。
足止めで済むならまだ幸運、後遺症が残ったり、死に至るような強毒性だったら呆気無く終わってしまう。
あの新巻という男が独り生き残っていたのは奇跡以外の何物でもない。
せめて有益な情報をもう少し聞き出しておくべきだったと思う。
聞いた所でそれが本当かは判らないし、真実を確かめるのは結局この身にはなるが、今更ながらに激情のまま飛び出した事を後悔した。
――涼迄巻き込んだ。
去来した思いに肩が落ちる。
涼の主体性を否定するつもりは無い。けれど、本当に和を乱すというだけでハルや花を手に掛けるだろうか。そんな冷酷な人間だったろうか。
茂のロープを切った時とは全く違う。あの時涼がロープを切らなければ、俺も茂も間違いなく死んでいた。
俺か茂か、どちらかしか助からなかった。
茂は随分血を流していたようで、だから涼は体力の未だ有りそうな、助かる確率がより高そうな、俺のロープを残した。
涼に俺か茂かを選ばせ、切らせた。
俺が涼を恨み切れないのは、きっとその負い目からなのだろう。
涼はどういう思いでナイフを取ったのか。
冷静に、無感情に――そうは思えなかった。
もしかしたら、その左手は震えていたかもしれない。
暗くて、涼の顔も細かな所作も見えなかった。
自然溜息が漏れる。全ては想像でしかないし、今更その瞬間の思いを聞いた所で涼が語り出すとは思えなかった。
火に掛けたスープが沸騰しているのに気付いて、慌てて木杓子で掻き混ぜる。
今まで試した恐竜肉は殆どが生臭い。食えない程ではないが、筋張っていて硬いしお世辞にも美味いとは言えなかった。
それをどうにか食える味に調えるのが料理当番の仕事の一つ。
ショウガに似た根、それを薄くスライスしてスープに落とす。本当は磨り下ろした方が良いが、朝飯の支度にそう時間も掛けていられない。
葉物はウドに似た茎。香草類を上手く合わせれば匂いはどうにか誤魔化せる。
先に茹でておいた小型恐竜の卵、これは驚く程ウズラの味に似ている。串に刺してネギ系を間に挟み、焼鳥モデルの焼き卵の原型が完成。
葉に包んで火を起こしている傍に刺して更に火を通しておく。
やはり葉物の不足を実感するが、幸いな事に昨日の果実が残っていた。小玉西瓜に似た形だが、果肉はバナナに近い奇妙な果実だ。
これもナイフで切り分け串に刺して軽く炙り焦げ目を付ける。生食が可能なのは確認済みだけれど、火を入れた方が甘みが増す。だから手間が掛かっても小瑠璃と俺は火を通して食べていた。
「今日も随分と早起きだな」
背後の洞内から声が反響した。
「……おはよう。もう朝飯出来るから顔洗って来いよ」
俺は振り返らずにバナナ味の西瓜を炙り続けた。
心拍数が急激に上がっている。取り敢えずは昨日の朝と同じように、何も無かった風を装う作戦。
涼だって馬鹿ではない。今は二人きりなのだから、こんな瑣末な事でわざわざ俺とトラブルを起こすような事態は避けたい筈――否、避けて、欲しい。瑣末な事だから。
そう言い聞かせて、居場所を守ろうとする自分が酷く滑稽だった。


■ ■ ■ ■ ■


涼はいつもと変わらなかった。朝飯を摂りながら今の課題と将来的な課題を再確認し、今日の仕事の細かな段取りを決める。
涼は俺が探索に出るのに余り良い顔はしなかった。利き手がこれだから足手纏いだと思ったのかもしれない。
けれど明確な反対もしなかったから、猫の手よりかはマシだと判断したのだろう。
午前は俺達の縄張りにしている通り道のトラップ作りに専念し、昼飯を挟んでからトラップを仕掛けながらの探索に出た。
「此処から先は出ていない」
木を掘った目印、足元の草にも結び目で目印。涼が境界線にしている場所は縄張りから余り離れていない。
獣道が確保してあり、何かの襲撃から逃走をしたとして十秒の全力疾走でトラップゾーンに入る。流石、賢明で現実的な距離感と言って良い。
「何か動く植物がいるようだ」
「動く植物……姿をもう一度」
これは先日も聞いた情報だが、念の為、再確認をした。
「此処から西南、遠目、しかも葉陰から双眼鏡で見ただけだから全体像は判らない。巨大な蛸のようにも見えた。風下、この距離からだと動物的な匂いはしなかった。如何にも青臭い、夏の雑草のそれの匂いが強かった。だからと言って植物とは限らないが、少なくとも機敏な動きでは無いようだった」
「捕食者か、被捕食者か。仮に捕食者だとすれば餌に困っていなくて動きが活発で無かった可能性もあるな」
「ああ。だからこの通路は単独での行動は出来る限り避けたい。植物は西南の方が良く繁っているが……」
「……草食動物が入り込めて居ないか、入り込んでも長居が出来ない?」
「恐らくは」
「やはり捕食者の可能性が高いな。動かないで居てくれると助かるが」
「ああ。だから希望を込めて、植物」
棒読みの淡々とした冗談に思わず笑ってしまった。
通路の最終地点に木板のトラップを幾つか仕掛けておく事にする。これが壊れれば、侵入者があった証拠。
動物の肉を仕掛けてこちらの縄張りに引き寄せてしまったら本末転倒。未知の生物との不用意な接触は極力避けたい。
次に南の領域に脚を向けた。折角二人だからと少し冒険をして獣道を開拓しながら進む事にする。
頭上に伸びる蔦を幾本か切ってストック、幸いな事に果樹も見付けられた。
味も形も林檎だが皮も実実部分も色が紫という珍奇な果実、これを紫林檎と命名している。涼が収穫に木に上っている間は俺が警戒をした。



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