顔を見られないのが惜しい。安居の快感に歪み蕩けていく表情は酷く興奮を煽られた。乱暴をしたい衝動とひたすらに慈しみたい願望が交互に押し寄せて、俺を錯乱させる。
こんな混沌とした感情を俺に齎すものは安居しか居ない。本当に、安居だけだった。
「……痛むか?」
纏わり付く肉襞を指の腹で掻き回しながら耳元に唇を寄せて尋ねる。
「……へい、き…」
「当たり前だ」と即答されるかと思ったが、意外な返答だった。
中指に人差し指を添えて潜り込ませると安居は背筋を震わせ、初めて逃げるかのように腰を上げた。
「は…ぁ…ん、ん…っ…」
俺の肩のTシャツを安居が噛む。押し殺そうとしているようだが、鼻に掛かる甘い声は耳近くで発せられているから殆ど意味はなかった。
肉壁に丹念に薬液を塗り込み続けると蕩けるように熱が増し肉筒全体がうねってきた。
ぽたり、と雫が落ちる。安居の上体で隠されているが、恐らくは性器から先走りが零れているのだろう。
安居は後孔を広げられる行為そのもので性感を得ているらしかった。
他人に対してはサディスティックなのに、殊、自身の事には心身共にマゾヒスティックな性質に変わるのは興味深く、同時に酷く危うくも感じる。
――こんな身体、良い獲物になる。
この世界は性機能に問題無い若者だけ、避妊具も無い。男女の性交は必ず妊娠の可能性を伴う。
雌より雄の方が性に積極的なのは殆どの動物の宿命。雌との性交が叶わなければ、その対象は同性に向かう。
自然界の動物にさえ、その現象は見られるのだから、欲深く下手に知恵を持った人間ならば余計だろう。
生来男色の趣味がある人間が選抜されて居ないのは間違い無いが、結果的に俺もこうして安居を、男を、女代わりに使っている。
あの場所を離れて良かったのかもしれない。
あの面子内、一見安居は組み敷く側の人間のように思えるが、安居の身体は快感に流され易く、何よりアナルセックスへの適応が予想以上に早い。
万が一、これに気付く者があれば、手頃な穴として使われる可能性もあった。
――駄目だ。
安居が他の男に組み敷かれる姿等考えたくも無い。安居が少なくない好意を寄せている、今この世には居ない人物、要さんでさえ、想像の中でも許せない。
「……ひ…ッ…く、うっ…!」
理不尽な苛立ちに任せて右手も尻を割り、人差し指と中指を突き入れた。
計四本の指、効き始めた弛緩剤に緩んではいても元が受け入れる為での器官ではないから当然苦しい筈。
――こんな身体だから悪い。
俺はまた一つ、安居を傷付ける材料を見付けてしまった。
ぐちゃぐちゃと派手な音が洞内に響き渡る。左右の指を交互に抜き差しして吸い付く肉襞を擦り上げた。前立腺を刺激して大きな快感を与えられるより、余程屈辱的な悦楽に違いない。
――それも、安居が悪い。
「…は…ッ……ぁ…涼…ッ…」
必死に堪えているらしい声は性感の蓄積の度合いを表すかのように高く上擦ってくる。
「も、良い、から……っ…」
「何が」
安居は顔を上げない。俺にしがみついて耐えているだけ。
「……する、なら…っ…」
「何を」
意地の悪い事を言っている自覚はあったが、そろそろ安居も共犯になるべき頃合いだ。
瞬間、小さく、小さく、押し殺した鳴咽。
「……泣いてるのか」
「……っ…違う……」
快感に泣いているだけならば構いはしないが、どうにも安居が従順過ぎる。首を振って涙は否定するが、抵抗は疎か罵倒の一つも無いのはやはり不自然だった。
「誰を、考えてる」
胸の蟠り、その一部が喉を突いた。
「安居、誰を考えてる。答えろ」
安居はその問いにも首を振った。逃げもしない癖に、共犯にもならず、俺以外の誰かを想って泣いているのなら、卑怯だ。
――卑怯。
違う、それも生き残る為の知恵。安居が誰を考えていようが俺には何の関係も無い。俺達の間にあるのは利害の一致、そうだった筈だ。
それなのに、何故こんなに苛立ってしまうのか判らない。
先に出ている答えが計算式通りにならない。答えの証明が、出来ない。
「安居」
呼び掛けは叱責だったが、それは俺に向かうべき感情。
安居の上体が徐々に横に崩れていく。腕が身体を支える力を失ったらしい。髪を引く指は酷く弱々しかった。
両の指を後孔から引き抜くとそのまま横倒しに転がってしまう。予想通り安居の瞳は涙に濡れていたが、安居の表情は快感に蕩けたそれでは無かった。
性器は腹に付きそうな程に反り返り、少し腫れているものの緩んだ後孔は締まり切らずに蠢く赤い肉襞を覗かせてさえいる。
それなのに、酷く、酷く辛そうな泣き顔。
「安居」
「良い、から……っ…」
安居はその顔を両腕で隠し、動きの鈍いながらも懸命に身を丸めていく。
「しない……なら、良い…っ…」
「……安居」
「触るな…ッ…!」
伸ばした手はその肌に触れる前に拒絶された。今迄の拒絶よりも強い意志を感じる。唐突に突き放されたような、そんな虚無感が頭を去来した。
こんな身体で中途半端にされる方が余程酷に違いないのに、何が安居の気に障ったのか、俺はそれすらも見えなくなっていた。
「安居」
――見えない。見えないから触れて、確かめたい。
「嫌だ、嫌だ、涼…!」
安居は塞きを切ったように拒絶の言葉を喚き立て、触れようする俺の手をやみくもに振り払った。
交差しない感情。苛立ちばかりがぶつかり合う。
「やめ……ッ…!」
力の入らないであろう下肢を引きずり虫のように這って逃げる安居の右の大腿、その裏側を鷲掴み、大きく脚を開かせる。必然身体は側臥の体勢、元気の良い左腕もこれで動きを封じられた。
眼下には綻び誘うような収縮を繰り返している赤い肉筒。濡れた肉襞がカンテラの炎の光を反射していやらしく照り、それも蠢くせいでより卑猥に光る角度を変える。
勃起はひくひくと小刻みに先端を揺らし、先走りを垂れ流していた。
酷い有様だ。同じ男とは思えない。
「何が嫌なんだ、今更だろ」
確かめる為に安居を捕えた筈の左手は、安居を傷付ける凶器に変わっていた。
右脚を俺の肩に掛け、関節の許す迄開脚させる。
安居の拒絶と抵抗は、もしかすると俺にとり、免罪符なのかもしれなかった。
拒絶されるから強引に押さえ付ける。抵抗されるから乱暴に扱う。俺の都合の良い状態にして、それで漸く安心して安居を傷付け、苛む事が出来る。
右手でジャージと下着の穿き口を纏めて引き下ろすと勃起が跳ね出した。自覚する以上に身体は興奮している。
安居はそれを目にしたようであからさまに怯えた色を滲ませた。
「……や……涼、嫌……」
新たに溢れ出した涙は興奮にも性感にも因る物ではない。
本当の恐怖、もしかすると――絶望。
一瞬、安居を想う何かを掴み掛けたが意識的に胸奥に押さえ付けた。
――見えない。見ない。見たくはない。
在るのは、利害、憎悪、それだけ、それで完成する関係だ。
小さく開いた後孔に亀頭を押し付けると、まるで口付けるかのように啄んでくる。
「……涼……」
たのむから。
そう唇が動いたのかもしれなかったが、声は耳に届かなかった。


■ ■ ■ ■ ■


挿入して軽く浅い部分を掻き回しただけで安居は呆気無い程簡単に吐精した。
それからは拒否の言葉さえ失ってしまったようで、高く掠れた喘ぎと鳴咽を繰り返すだけだった。



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