安居は水から顔を出してそんな腑抜けた事を口にした。今度は俺が笑ってしまう。
「お前、食い物に執着するよな。施設に居た時からそうだったが」
「……食は基本だろ」
安居は気恥ずかしいのか怒ったような口振りで言い返す。
「涼が頓着しなさ過ぎなんだ。好物くらいあっても良いのに」
「安居は甘味が好きだよな、あと肉と魚」
「普通皆好きだろ。俺だけじゃない」
「そんな物か」
「そんな物だ」
こんな馬鹿げた、実にもならないような会話、施設に居た時は出来なかった。
未来に来てからの数ヶ月で俺は安居と普通に、同胞相応の言葉の応酬をするようになったと思う。
――誰も、要さんも、見ていないから。
「涼」
安居が泳いでこちらに来た。洗濯物を絞りながら見遣ると濡れた左手を少し遠慮がちに俺の膝に掛ける。
「カレー食べたい」
何を言い出すのかと思えば。
「……スパイスが無い」
「じゃあハンバーグ」
「恐竜肉をミンチにするか」
「ソースは?」
「あの紫蘇もどきに擦った芋を混ぜれば、何かっぽくはなりそうだが……」
「食べたい」
「手間が掛かるから仕事に余裕のある日だな」
それくらいの我儘には付き合ってやっても良い。精神的な休養も大切だ。
――我儘。
不意に思う。安居は俺に我儘を言った事は無い。当然と言えば当然、そんな間柄では無かったから。
そういう小さな我儘を安居がぶつける対象は小瑠璃か源五郎か、茂、だった。
「安居」
左手首を掴み上体を前傾させる。吐息の交わりそうな距離。
「涼」
小さく、小さく名を呼ばれた。
「睫毛、長いのな」
安居の真っ直ぐな双眸が俺の瞳を射抜いていた。
これが意図的な作戦なのだとしたら、右手が完治する迄、俺の一部を掌握し、上手く使おうとしているという事。そこ迄計算しているならば、安居の頭は中々に賢くなった。
逆に無意識なのだとしたら、相当、質が、悪い。
左の目許、泣き黒子に唇をやんわりと押し当てると安居は息を詰めて「擽ったい」と呟いた。


■ ■ ■ ■ ■


素朴な夕飯を済ませれば後は洞で過ごせる。
些か長く水に浸かり過ぎたせいで冷えてしまった身体、麦系の茶と焚火で取り敢えずの暖は取ったもののまだ薄ら寒い。
防寒用の毛布に身体を寄せて包まり互いに体温を分け合うが、今ばかりは余り足しにならなかった。
「やっぱり風呂が欲しいな。温かい湯に浸かりたい」
「同感」
震えこそしないが珍しく安居からも俺に身を寄せて来ているからやはり寒いのだろう。
もう少し密着したくて腰を抱き寄せると安居の肩がびくりと跳ねた。
「何だ」
安居は少し焦った風に首を振る。
「何でも、無い」
何でも無い訳は無いのだろうが、一々突っ込んで聞く程の事でも無いと判断した。重要な事ならば安居は隠さずに口にする筈だった。弱ってはいてもそのくらいの分別はある。
右手に掴んだ腰は肉が落ちて骨の形が良く判った。骨格がしっかりと形成されていて骨太、もう少し肉が戻れば触り心地が良くなるとぼんやりと思う。
若干緊張の色を滲ませていた安居の肩から徐々に力が抜けていき、それに合わせて左手が俺の背中を這い上がり後ろ髪を緩く掴まれた。
「……何だ」
「いや、ふわふわだな、と」
そんな物は一目見ただけで十分判るだろうに安居は目を伏せて、髪を握っては離すのを繰り返す。まるで子供の手遊びだ。
『保護』して直ぐの『のびた』も、良くあゆや俺の髪を触りたがった。
「子供が不安を感じている時に出すサインの一つだから触らせてあげて」と鷭は言ったが、子供だからと甘やかす気は無かったし、俺はどうにも面倒で拒絶してしまった。
「ふわふわ、で、猫っ毛」
安居はまたぽつりと告げた。髪を一房選び、口許に持って来る。唇や指先は感覚が他より鋭敏だ。
そこ迄して確かめたいかと思うが好きにやらせておく。俺も安居の身体に触れているし、これでフェアと言えばフェア。
「凄く、気持ち良い」
何気無く安居が発した一言は妙に刺激的だった。
「やっぱり切らない方が良いな。防寒にもなってそ……」
「寒い」
安居の言葉を遮って強く抱き寄せ、半ば強引に向き合う形で膝上へと導いた。
「……涼…っ…」
髪を離し胸を押して距離を作ろうとする。
「寒い」
もう一度口にして安居を掻き抱いた。それで取れる暖もたかが知れている。肩を被っていた毛布も落ちて寧ろ却って肌寒くなったが、安居にもっと触りたかった。
「……涼……」
囁かれた名前は諦めとも安堵とも聞こえる。
抵抗したのはほんの数秒、珍しく、本当にまた珍しく、安居が左腕を肩に回してきた。
やはり計算なのだろうか。胸が完全に密着する。まるで誘っているかのように。
「温かくなろうか」
遠回しに提案すると安居は少し逡巡した後に、肩に顔を埋めて小さく頷いた。
言葉の本意を安居が気付いていない筈は無かった。
昨晩はあんなに嫌がったのに、俺に要さんを重ねる事を覚えて抵抗感が減ったのかもしれない。
――俺と同じ理由で、取り敢えずは身代わり。
俺も女の代わりに安居を使っている。ならばこれは利害の一致、フェアだ。
「折角洗濯したのに、また増えるな」
安居は自嘲気味に呟いて腰を上げ、また僅かに逡巡した後にゆっくりとジャージと下着を引き下ろし、萎えたままの性器を露わにした。
安居の体毛は薄い。陰毛も例外では無く、注意深く見ずとも性器の根本が判る。髪同様黒い陰毛なのに性器の根本が視認出来るのは、本当にそこの毛が薄い証拠。
性器も俺のそれと比べれば二回り程小さい。安居の性器は排泄器官であると同時に、俺にとり、女の陰核と殆ど変わらなかった。
右手を軽く添えただけで俺の肩を掴む安居の左手に力が篭ったが、気にせず緩く扱き出す。昨晩射精は二回、性器を戒めたままで二回、安居は達している。流石に反応は良いとは言えないが、それでも従順に硬度は増して来た。
「…っ……痛…」
安居は漸く耳に届く程の小さな声で漏らした。縛った痕が雁首に赤く残っている。艶かしくひくついている尿道口もほんのりと赤い。余り執拗に弄らない方が良いかもしれない。
横目に荷物を引き寄せ、外側のポケットに入っている薬液の瓶を引き抜いた。
沈静弛緩剤、そのキャップを歯に挟んで外し左手に滴り落とす。
安居はそれを黙って眺めていた。尻を使われるのは判っているだろうにやはり何も言わない。
十分濡れた左手をゆっくり尻へと回す。安居の左手に更に力が篭るが逃げる事も無く、緊張感を滲ませ動かずにいた。
それはお互いの利害の為には最善の判断だが、拭えない違和感が残る。
「……涼…」
漸く発した声は俺の名を頼りなげに呼ぶ、物悲しい響き。縋り付くようにして肩に顔を埋め、左手は背中に掛かる髪に絡み付いた。
尻の狭間を中指で辿り窄まりを軽く押してみる。昨晩薬を使ったせいか、或いは俺を受け入れたせいか、今迄よりも少し柔らかい気がした。
そのまま慎重に中指を潜り込ませると肩に掛かる吐息が浅くなり、手が落ち着き無く髪をまさぐり始める。
やはり中も柔らかかった。熱さと締まりは相変わらずだが、絡み付く肉襞が柔軟で中に吸い込むかのように収縮してくる。
「……く……ぁ…」
Tシャツ越しに滲む吐息が少しずつ熱と甘さを帯びてきた。



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