安居がこれ以上壊れてしまわないよう、今、安居を守っているのは俺だ。
――許さない。
この感情は多分、憎悪。


■ ■ ■ ■ ■


抱き締めて眠った筈の安居は俺より先に起き出していた。
「おはよう」
その態度は不自然な程にいつもと変わらなかった。
昨晩の全てを忘れたかのような顔で朝飯の仕度に取り掛かっている。
寝ぐらにしている洞から這い出て、俺も取り敢えずは「おはよう」と返す。
切り出した丸太はベンチ代わり、安居はそこに座り、焚いている火に鍋を掛けていた。
二人だと新たな食材を試すのは危険だ。だから俺達は極力この数ヶ月で口にした食材を選んでいる。
「恐竜が罠に掛かっていたから捌いて干しておいた。朝飯はそれの残りを紫蘇系で巻いて焼いた物、あと芋と草の汁」
「上等だな」
それだけの準備をしたという事は安居は俺の二時間以上前に起きていたと思われる。太陽の加減からして俺が寝坊をした訳ではない。安居の眠りはまた浅かったのだろうか。
汲み置きの水で顔を洗い、戻る頃には肉が焼けており、葉を皿代わりにして並べてあった。カップには芋スープが注いである。
「頂きます」
安居は律義に俺を待っていたようで、俺が腰を下ろすと同時に肉にかじりついた。
「やっぱり香草があると違うな。恐竜肉は生臭さが難点」
片頬を膨らませて咀嚼するのは安居の癖。見遣ると惚けたように首を傾げてみせる。
「……お前」
「今日はお前が罠の配置を増やしてついでに山菜集め。俺が洞の天井拡張と通気口作りの続き。その後、水浴び、だろ。陽がある内に終わらせないとな」
どうやら昨晩の話をする気はないらしい。
「……通気口はあれで十分だろう」
「もう少し見通しが利く方が良い。食料集めにまだまだ手間取りそうだし少しでも快適にしておきたいんだ。下敷きの藁も充実させたい」
「ああ、藁集めは俺がやろう。山菜捜すついでだ」
「助かる」
安居の作った朝食は栄養価を計算した物、無駄も隙もなかった。
蟠りがあったせいか、余り味はしなかったが。


■ ■ ■ ■ ■


途中昼食を挟んだ以外は互いに互いの仕事に没頭した。
藁系の草は比較的簡単に手に入るのだが山菜は中々に難しい。
単独行動では探索出来る範囲が限られているし、姿形は良く似ていても毒性を持つ物があって、慎重にならざるを得なかった。
竹系で編んだ籠、山菜はほんの少しだけ。その分、木の実はそこそこ収穫出来た。上手く乾燥させられれば、安居の好む甘味になる筈。
安居の方、洞内の手入れは一応は形になったようだった。
天井部分は随分拡張され漸く立てるようになり、出入り口を除く七方を見渡せるように通気口兼小窓も作られた。先住者が残した枯れ葉や小枝は薪用に纏め、先日収集して干した藁系を代わりに敷き詰めてあった。
「じゃあ明日は俺も散策だな」
着替え、洗濯物、水瓶を手にして近くを流れる小川へと、肩を並べて進んで行く。
安居の歩行は緩い。昨晩のダメージのせいなのは間違いないが、初めて抱いた時は二、三日寝込んでいたから、あれに比べれば随分良い。弛緩効果の薬は使い勝手が良さそうだと思う。
安居の筋肉は俺と同様、良く鍛えてあるせいか、弛緩剤を使っても口で言う程緩くはならなかった。直接塗り込めなかった部分は相変わらず千切られるかと思う程に狭かったし、予想したより感度も鈍っていなかった。寧ろ最初より余程感じていたようだった。
――要さん、その人を思い出した故なのなら。
また憎悪混じる苛立ちに襲われる。
「涼、先に水汲むぞ」
声を掛けられて我に返った。どうにも今日の俺は雑念が多い。
水は清流、澱みはない。水瓶にたっぷり汲むと約四リットル。それを各自二つずつ。
「……この水もきっと近い内に枯れる」
安居はぽつりと零し肩を落としたが、息を吸い込みながら直ぐに顔を上げた。
「先に浴びろよ。下流で洗濯させて貰う」
二人同時に装備を減らすのは危ない。水辺には他の動物も集まる。
一応近辺と行き道にはトラップを仕掛けてはあるが、洞周辺程手の込んだ仕様には出来ていなかった。
安居に勧められるままに俺は衣服を脱いで小川に脚を入れる。先に脚から洗っておく。
水深は存外深い。傍目から見れば本当に小川でしかないが、中腹に行けば脚が完全に届かなくなる。
腰には愛用のレフトハンド仕様のナイフを装備して水に潜った。
こんなに穏やかで美しい川なのに魚一匹居ない。これは魚が住める環境ではない事を表している。
つまり、枯れる。
水の問題は深刻だ。二人でひたすら渡り歩くならばどうにかなるが、何時までも当ての無い旅を続けても仕方が無い。
各地の見分をするにしても、その方々で落ち着ける拠点を持つ事が必要だった。
水は冷たいが、髪と身体を洗えるならば贅沢は言っていられない。風呂を設置する程の大掛かりな作業はどうしたって時間が掛かる。
後回しになっている仕事は沢山あったが、此処はあくまで一時凌ぎの拠点でしかないし、余り欲張ると本末転倒だ。
水から顔出すと波形が強くなった髪が肩と顔に張り付いた。
「ワカメ」
安居は薄く笑った。厭味混じりだが、久々に安居の緩んだ顔を見た気がする。
「癖毛、というより長髪、不便じゃないか?俺が切ってやろうか」
伸ばしているから癖毛も重量で緩和されるのを安居は知らないらしい。
小瑠璃や鷭程根本からくるくると元気良く巻く髪ではないが、そもそも安居が切ったら間違い無く安居と同じ髪型になって目も当てられない。
二人並んだらオセロの完成。オセロ自体良く知らないが、日本人が発案したゲームで白と黒の駒で遊ぶ物、という程度の知識ならある。いずれにせよ相当滑稽だ。
「……これで良いんだ」
一々説明するのも面倒で端的に返しておいた。
「代わる」
水辺に上がり、今となっては重宝しているタオルを掴み、件の髪から拭く。
安居は右手の人差し指と中指を負傷しているから洗濯物は絞れない。だからそれは俺が引き受ける。
安居は添え木と指に巻き付けた包帯を取り空に翳した。傍目から見てもその腫れは判る。赤紫に変色して醜く膨れていた。
「……参ったな」
安居は掻き消えそうな声で呟きながら左手でTシャツを脱ぎ捨てる。健康的に焼けた肌が露わになった。此処に来て随分身体が絞られたせいでシルエットは細い。それは俺も同様だった。
ジャージのズボンを下ろすと俺同様ナイフを腰に装備し、やはりまずは水に潜った。潜水で上流に来る気らしい。
その間に俺は服を着て装備に銃を加えておく。
先迄安居の居た場所に移動して腰を下ろし、まずは安居の洗濯物から見分した。俺達は皆同じ服、安居と俺はサイズも同じだから安居がどちらの洗濯物を弄っているかは判らない。
案の定、余り汚れは落ちていなかった。片手ではそれも当然、自分の洗濯物に紛れさせて適当に洗い直しておく。
「魚食べたいな」



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