捲り上げられたTシャツ、呼吸のリズムに隆起している胸の先、淡く色付く乳首が尖っていた。むず痒いような不思議な感覚がある。そんな所を触って欲しいと思うだなんてどうかしている。
願望を口に出来ず唇を噛んでいると、白い指先が焦らすように乳首へと向かった。
「好き、なんだろ?」
要先輩は低く笑って、両の乳首を摘み上げる。やんわりと指腹で捏ねては、乳輪から乳頭を下から辿り上げられて、みっともなく背筋が震えた。
そこを弄られるのは気持ちが良い。性器を擦るようなダイレクトな快感とは違うけれど、じわじわと股間が熱くなる。
「……ふ、ぁ…んっ」
上がりそうになる声を奥歯で噛み殺した。こういう声を聞かれるのは凄く恥ずかしい。同時に、聞かれると、酷く、興奮する。
膝に力が入らなくなってきてしゃがみ込もうとすると乳首が強く引っ張られた。
「あ、あ…ッ」
皮膚が引き攣れて痛んだが、次に押し寄せた快感の大波に直ぐに掻き消える。
冷たい舌が耳朶を辿ってきて、もう本当に立っていられなくなった。下肢に視線を落とせば性器がジャージを押し上げている。
そんなはしたない状態を見られたくなくて咄嗟に身体を捩った拍子に脚が縺れて横倒しに倒れ込んだ。暗闇の床は柔らかかったが、弾みで付いた右手に激痛が走り、思わず目をきつく閉じる。
少し乱暴に左肩を押されて、身体は呆気なく仰向けに転がった。直ぐにジャージの穿き口に手が掛かるのが気配で判り、恥ずかしくて、怖くて、塞いだ視界を開けなくなる。
「どうしてこんな風になっているんだい?」
要先輩の声音に先のような優しさは無かった。俺のはしたなさに呆れて、怒っているようだった。
ごめんなさい、許して下さい、そう言いたいのに喉からは熱く乱れた息しか出て来ない。
ジャージが下着ごと剥ぎ取られ下肢を露わにされる。外気は酷く冷たかった。
――ああ、俺はきっと脱落なんだ。
不意に頭を過ぎった予感は殆ど確信だった。
俺を外に連れ出したのは褒美でも励ましでも何でもない。
あれは、撹拌に至る前の、最後の、悪い夢。
脱落者に滅ぶ外の世界を見させ、夢見心地の内にその身体を分解する。
――きっと、のばらもそうだった。のばらは要先輩に連れて行かれた。
脚を割られても俺は何も言えず、無意味に喉を震わせるだけだった。
指が犯す場所を俺は知っている。生殖行為では決して使われない、不浄の器官。
「……は、ぁあッ!」
不意打ちに潜り込んできた、外気以上に冷たい指に声帯は漸くその機能を回復する。
――何で。
体内は濡れていた。確か女は性感を得ると体液を分泌して膣が濡れる。
性交の潤滑液の役目がある反面、膣分泌液は酸性の為、アルカリ性の精子は億単位で放たれてもその九十九パーセントが子宮に到達する前に死滅させられる。
実際に女がどう濡れるのかは確かめた事がないけれど、知識では知っていた。
――どうして女でもないのに、膣でもないのに濡れているのだろう。
女が精子を選抜する為に濡れるのであれば、俺は。
――ただ、セックスの為だけに。
「安居は好きなんだよ、女の代わりに使われるのが」
指の挿入に痛みは殆ど伴わなかった。ただ、胸が軋んで、心が引き裂かれる。
「だから」
目を伏せているのに世界は赤く染まっていく。
要先輩はいつものように穏やかに笑っている。
見えない筈の姿が、俺の瞼の裏に映っている。
言わないで下さい、今度はきっと迷いません、見失いません、間違えません、お願い、許して、許して。
「撹拌」
宣告された死は自分が考えていた以上の恐怖を伴った。体温が急激に下がっていくのを自覚する。絶望という言葉を体感しているようだった。
ゆっくり体内で旋回を始める体温を感じさせない指は、涼が齎してくれた熱を俺に与えてはくれない。その代わり、身体の内はみるみる開いていく。
正に撹拌だった。
湿った音がやたら大きく鼓膜に響く。溶け出した肉を巻き込んで肉筒を強引に掻き回される。そんな時でも身体は節操無く性感を拾っていた。
「……嫌……嫌…ぁ…」
脱落した仲間は意識の無い内に撹拌された筈なのに、俺は、俺は、迷って沢山の過ちを犯して、女の代わりに使われて悦ぶような男として不適切な身体だから、こんな風に残酷に処分される。
掻き混ぜられる肉襞は何の抵抗もしない。出来なかった。そればかりか、少しでも性感を得ようと必死になっている。
体温に馴染んで来た指を貪って、あの、涼が俺に教えた快感を探している。
「……涼……」
名前を口にしたら涙が零れた。
赤い世界、赤い部屋。
涼の腕を探して俺は泣きながら腕を差し伸ばしていた。
――壊れる。壊されていく。
「涼…涼……ッ…」
――助けて。


■ ■ ■ ■ ■


「今更か」
目を開いた瞬間、飛び込んだ、涙で歪んでいてもそれと判る彼の、やたら整った顔、血の滲んだような鮮やかな瞳。
目を瞬いて邪魔な涙を落とす。
「……涼…」
身体が熱い。息が苦しい。
縋る当ては目の前の憎たらしい彼だけで、首筋に腕を掛けて必死にしがみつこうとしたが、思うように力も入らない。
ぐちゃり、と酷い音がしたと同時、目が眩む程の快感に襲われ背筋が跳ねた。
「ああ、ぁ…ッ…あ…何……」
頭が少しも働かない。何が起きているのかも判らない。
「いつまで寝てるのかと思った」
涼は常と変わらぬ淡々とした口振りで呆れたように俺を見ている。
――何だ、この差。
冷水を頭から喰らったように涙が止まった。
しかしまた、ぐちゃ、と音が響いて全身がびくびくと痙攣してしまう。
本当に今更ながらに下肢の異常な熱と気怠さ、後孔の妙な痺れを自覚した。
「……あ……」
服を着ていない。何も。
仰向け、尻は完全に浮いていて馬鹿のように無防備に股を開いている。
「……ッ……お前、何を」
「気付くのが遅過ぎる」
後孔には何か太い物――否、三本の指が根本迄突き刺さっているのが、視認、出来てしまった。
「ば…ッ…馬鹿野郎!」
考えるより先に罵倒が口を突いた。縋る為に伸ばしていた右手で肩に付く程に押さえ込まれていた右の膝裏を掴む腕を振り払おうとしたが、力んだせいで薙ぎ払う前に指に激痛が走り、顔を歪めて反射的に腕を引っ込める。
漸く状況が把握出来た。
裸に剥かれ涼に押さえ付けられ股を全開に曝し、あまつさえ後孔に指を三本も突っ込まれている。乳首が疼くように痛むのは恐らく意識のない内に散々いたぶられたせいだろう。
「お前…ッ…何考えて………」
「寝付きが良くなるように飯に鎮静弛緩剤を混ぜた」
それは確かカモミールの葉に似た奇妙な実しか付かない植物。『のびた』に与えたら良く眠ったのよ、とマドンナは笑っていた。
「寝たは良いが、今度は隣で要先輩要先輩連呼して煩いったらない」
――夢。
何か夢を見ていたのは覚えていた。ぼんやりと断片的ではあるが、要先輩に何処かに連れ出されたような気がする。とても嬉しかったけれど、酷く怖かった。そんな夢。
「……ひ、あぁッ…ああ!」
急に指がずぼずぼと抜き差しされて思考が乱された。不思議な程に痛みは少ない。
指の律動を止めたくて腹圧を掛けたつもりだったが、力が思うように入らなかった。



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