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「だから急ぐんだろ」
安居は気が急いている。
不安、なのだろう。迷っている。色々な事に。
「そう、水源確保の為に先を急ぐ必要がある。だが、この先身を落ち着けられるポイントがあるか判らない……いや、聞いた情報が確かなら悪化する一方だろう。だから今、心身を回復するべきだ。違うか?」
安居は沈黙しマグに視線を落とした。珍しく背迄丸めて小さくなっている。
心身の衰えは自覚している筈だ。俺でさえ自覚しているのだから、俺より酷い状態の安居が自覚していない筈は無い。
「……足手纏いは、要らない」
酷だとは思ったが明言した。これ位言わないと今の安居は自分を追い詰めるばかりだ。
安居は漸く細く長く息を吐き出し姿勢を正した。
「判った。恐竜Eの肉も干したい。留まると決まったら、出来る限り保存食を確保しよう。これから先、水探しに時間を取られるのは見えているしな」
堅実な良い判断だ。頷くと安居は少し目許を綻ばせた。
あの女――花を始末して良かったと心から思う。
あの女は未来に来る資格なんて無かった。幾ら有能であっても、集団の協調を乱すを者は処分されて然るべきだ。
その集団を保護し管理するのが選抜された夏の務め、その夏を率いるのは安居。安居が出来ない事を俺がする。
だからこれで良かった。
――本当に、良かったのか。
理屈の矛盾はぼんやりと自覚していた。
深層意識に沈んでいる本当の答えを、俺は黙殺した。
■ ■ ■ ■ ■
安居の仕掛けは常と変わらぬ出来映えだった。片手で良く此処までこしらえた物だとは思ったが、これ位は出来て当然とも思った。
古典的だが、木製の板をロープに吊し侵入があれば鳴る仕組み。ついでに網を掛け、周囲には細い木の枝を撒く。体高の低い生物の侵入は網に掛かり食材になるし、万が一網を突破されても物音で気付く。
洞の周囲には落とし穴。時間が限られていたから突貫作業ではあったが、周囲同様に木の枝で覆い葉で隠した。何かが掛かれば確実に派手な音がする。
洞入口は水辺で刈った葦系でカバー。内側から網を張った。
火を焚かないのは賭けだが、取り敢えず今夜を無事に乗り切れれば明日改めて対策を練れば良い。
ライトの電源が惜しいので洞内はカンテラで照らす。万が一の為に十分な水も用意済み、寝具を広げ漸く就寝の準備が完了した。
「屋根と壁付きは久々だな」
そんな冗談を言える位には安居も気に入ったらしい。
「ちょっと窮屈だがな」
明日確認して天井部を広げられるようならば手を加えようと思う。やらねばならない仕事は腐る程あった。
四つ這いになって安居が寝具に乗り上がり、どさりと身体を横たえた。
「身体、土の匂いがする」
「明日川で洗濯ついでに身体も洗うか」
「それが良い。風呂入りたい」
風呂ではないが、この際そんな細かい事はどうでも良い。俺も安居に倣って身体を横たえ脱力した。
四方から風が吹き込む事は無いがやはり肌寒い。安居の熱を求め腕を伸ばして引き寄せると何と無く抱き合うような体勢になった。
「……まだ微熱だな」
「もう慣れた」
「自棄か?」
「そんなんじゃない」
安居は特に嫌がる風も無く腕に収まっている。
ぼんやりと情交を思い出した。
女の身体と男の身体はやはり随分勝手が違った。虹子は処女だったが性感を刺激すれば濡れたし、殴られはしたものの押送にそこ迄苦労はしなかった。
性感、それだけで言えば安居の身体の方が余程敏感らしい。苛立ち任せに少々手荒く扱いはしたが、何等かんらと感じていたようで、顰め面か無表情しか見せなかった虹子より遥かに良く鳴いた。
男の身体だから判る、というのも確かだが、あれだけ派手に声を出すのだから確かに自慰はし辛いのかもしれなかった。
ふと思う。
「安居」
「何」
安居は少し気怠げに答えた。眠気、という訳でもなさそうだ。単純に四方を囲まれている空間に安堵しているせいかもしれなかった。
「お前、自慰でもあんな声出すのか」
途端安居の肩が強張った。怨みがましい睨むような眼差しが向けられる。
「……何の話だ」
そうだ、安居の中ではあの一夜は別物――謎の恐竜もどきαとの対決に置き換えられているのだった。
それが醜態を曝した現実からの逃避なのは判っているので無視してやる。
「オナニーの話だ」
言葉を置き換えストレートにぶつけた。安居は唸り出しそうな鋭い視線で数秒間俺を睨んでいたが、腕の中でくるりと身体を反転、背中を向けてしまった。安居も無視で対抗するつもりらしい。
「あれから抜いたのか」
背中に問い掛けるが、正答は薄々判っているし、安居が答えないのも判っていた。
「……寝る」
短い返答は予想通り。だが、それで終わらせるのも中途半端で惜しい気がした。
お構い無しに左腕で抱き込む。
「寝苦しい、邪魔だ」
元気な左腕が腕を振り解こうとするが、その隙に脇の下に腕を入れ直してしまう。これで触り易くなった。
前が開かれたジャージ、Tシャツの上から胸をまさぐる。柔らかさは皆無だが、筋肉の隆起はそれなりに魅力的だ。
「……おい」
安居の声はあからさまな不機嫌の色を呈していたが、俺を無視した安居が悪い。掌で軽く撫で回している内に乳首が勃ってきた。平らな胸、そこだけが引っ掛かってくる感触が面白い。
指を広げ、試しに四指で順々に乳首を引っ掛けてみる。肩が小刻みに震え、安居は徐々に背中を丸めていった。
「……止めろ」
「気にせず寝てくれ」
「……気になる」
「何が」
「触るなって」
そろそろ肘打ちが来そうな怒気孕む声、先手必勝、弄り易く存在を主張している乳首を摘んでみると、安居は大仰な迄の反応で首を竦めた。
「……涼、お前調子に乗るなよ」
怯えた亀のような間抜けな体勢で言われたら逆に調子に乗りたくなるものだ。
軽く捏ねていると乳首は直ぐに尖り切った。硬くしこっていて、上下に揺らすとグミのような弾力を楽しめる。
いよいよ安居の左手が俺の左手に掛かったが、引き剥がされる前に爪を立ててやった。
「……ふ、く…っ…」
無理に外そうとすれば乳首が引っ張られる。安居も理解はしたようで、俺の甲をガリガリと引っ掻いて来た。
「痛い、安居」
「なら…ッ……離せ、馬鹿」
馬鹿に馬鹿と言われるのは心外だ。右腕も無理矢理身体の下に差し込んで両手で弄り回す事にした。
「この……っ…」
安居の呼吸は僅かに乱れ始めている。身体を少しずつ俯せに回転させて胸を守ろうとする姿は少々滑稽だった。
女でもあるまいし、胸を触られた位で過剰に反応し過ぎだ。そういう態度をするから余計にそそられる、というのが判っていないらしい。
膝を折り曲げて上体を俯せに伏せたせいで脱がして下さいと言わんばかりに腰も浮き掛けている。
安全に食える物ならば俺は好き嫌いはしない主義、遠慮無く背中のTシャツを捲り上げ、驚いたらしい安居が「ひ」と間抜けな小さな声を上げているその間にジャージのウェストを大腿迄引き下げた。
黒のボクサーは哀しい哉俺のそれと揃い。ジャージやTシャツは同じ物でも構わないが、下着位は個々で分けるべきだと常々思っていた。というのも虹子の下着迄ボクサータイプだったのにうんざりしたからだ。
勿論、そう遠くない将来、下着ごとこの揃いの服とはお別れにはなるが、当座であれ性行為における視角的効果の必要性は考えなかったのだろうか。テレビで見た外の世界の女達は、それはそれは多種多様な華やかな下着を着用していたというのに。
――恐らく荷造りをしたのは卯浪ではないな。
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