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チームごと乗っ取られ、当ての無い旅に出てからあの日、初めて身体を重ねる迄は焚火を挟んで交互に休んでいたが、その夜は失神した安居を放置する訳にもいかず付き添う形で休んだ。
安居が取り敢えず動けるようになる迄の就寝体勢、それが存外良かった。
昼夜の寒暖の差が厳しいこの地域、膝を突き合わせて二人で検討した結果、背中を合わせて寝ようという結論に達した。
どうしたって外の夜は寒い。気温は勿論だが、風で体温を奪われてしまうのがいけない。
毎夜良い風避けのある寝床を見付けられる訳ではないし、手持ちの寝具も限られている。これを二人が二人で分けるよりも多少窮屈でも寄り添って二人分を掛け、互いの身体を風避けにするついでに体温を分け合った方が合理的という訳だ。
引っ付きたくて引っ付く訳ではなかったし、安居自身身体を重ねた事を忘れたがっているようだったから、初日はどうにも変な具合だった。
俺も奇妙な感じがしたし、安居も安居で暫くもぞもぞと落ち着き無く身動ぎしていて、とうとう「少し様子を見て来る」と起き出したきり中々帰って来ず、結局お互い交互に二時間少々の睡眠しか取れなかった。
睡眠不足は身体にも精神にも堪える。疲労も取れないし集中力も落ちる。起きているだけで腹も減る。その癖食欲は落ちる。考えても詮無い事迄考えてしまう。良い事は一つも無い。
「今晩は起き出すなよ」と言い置いてから二日目の夜を迎えたが結果は初日と同様。
三日目は更にきつく確認した。夜の見張りは習慣を守り交互に行う。七人で見張りを交代するのに比べれば当然きついが、こればかりは致し方ない。
先に眠らせる予定だったが、またしても安居が落ち着かない様子だったので、遠慮無く順番を逆にし先に眠らせて貰った。
安居の背中はやはり温かった。平均体温が高いのは健康的に自律神経が働いている証拠だが、安居の場合は少し事情が違う。高過ぎる。要は微熱の状態だ。
前々から安居の精神状態が不安定である事は判っていたが、花が貴士先生の子だと知ってから一層不安定になり、仲間との決裂でそれに更に拍車が掛かった。精神の失調が長く続けば、どうしたって身体に反映されてくる。
寝込む程のものではないが、微熱は微熱。今は利き手の負傷もある。
だから、手放しで有難いと思える事では決して無いのだが二人の夜に安居の熱は心地良かった。
身に染み付いた習慣と緊張感で見張り交代の定刻より早く目は覚めてしまったが、連日の睡眠不足も手伝って眠りは深く充実していた。
安居も睡眠不足が祟っていたようで、それでもまだ往生際悪くもぞもぞと身動ぎはしていたが、数十分の後に漸く穏やかな寝息に変わった。
その夜は安居が無意識に徘徊する事も無く、少し安心した。
四日目は雨が降った。乾期が近付いてはいるが、降る時の雨は未だ激しく容赦無い。
慌てて木陰に逃げ込んだら運悪く気性の荒い恐竜Eと遭遇して、足元の悪い中の格闘、どうにか大事無く切り抜けた。ついでに肉も捌いて食料を得られたので結果的には幸運だったのかもしれないが。
森で雨を避けながら文字通り獣道を進んでいると「洞だ」と安居が指差した。
大樹の根本にぽっかりと空洞が出来ている。
「安全、か?」
白い蝙蝠の例もある。雨露が凌げる場所には他の動物も集まる。そもそも植物自体安全とは限らない。
「見て来る」
何時ものように先陣を切ろうとする安居の肩を捕まえ、俺が先に出た。利き手が使えない安居に先行され、もし何か攻撃的な生物に襲われたら取り返しが付かない。
――お荷物は困る。
自分の言い訳を自分に殊更強調した。
まずは件の大樹の前に立ち頭上と足元を確認、樹木に這う虫を眺める。大樹は桧に似ていたが、俺は植物を専門に学んだ訳ではないし油断はならない。
手袋を嵌めた手で幹にそっと触れる。幹に這っている虫は黒いアリ系。これは食えるし、捕獲も容易い。
脚の爪先で根本の土を何度か掘り返す。出て来たのは以前確認した幼虫系、これは害が無く甘い。とても重宝する虫だ。
暮らしていた場所からそう遠くない為、生態系にさほどの変化は見られない。
一応登って確かめるべきだろうかと再度頭上を見上げていると安居が歩み寄って来た。
「登るか?」
同じ事を考えていたらしい。今の安居にこの高さを登らせるのは危険だし、見た限りでは木枝の動きは雨足を弾いたものしかない。
「中を見よう」
視線を戻し、ナイフを左手に持って洞に右手を掛けた。安居も同様にして続くがナイフは利き手と逆の左手、同じ手の内にライトも持ってくれていたから中の検証は楽だった。
洞の入口は腰を屈めて漸く入れる程度、中はそれよりもう少し広いが立てる程の高さは無い。
乾燥し枯れた枝葉が敷き詰められていた。
「何かの巣、か」
「随分前だろうな。匂いも無い」
何かが暮らせば何かしらの匂いと痕跡が残る。この洞にはそういった生態の匂いや目新しい痕跡が無かった。
雨に濡れれば体力を消耗する。安居も俺も寝不足が続いていて、特に安居は酷い。
再度隈なく内部を検分して状況の安全性をほぼ確信した。
「入口を隠して周囲にトラップを仕掛ける」
「穴がベストだが」
「俺が取り敢えず正面を掘る。サイドの音を頼んでも良いか?」
指が不自由していても音の仕掛けならば洞の中で作れる。安居の体力をこれ以上削りたくはなかった。
「……判った」
安居の逡巡の理由は判ったが、素直に引き下がるだけ今は冷静という事。安居が状況を間違えずに判断出来るというだけで心持ちが落ち着く。
馬鹿で阿呆だが、安居は賢い。安居の頭脳と覇気が実行する一挙動、決断する一言は、ナイフを持った一般人の十の攻撃、百の言葉より遥かに効果があり、何より心強い。
勿論――絶対に言ってはやらない。
リスクは伴うが上手く仕掛けが作れれば二人で同時に睡眠を得る事も可能だろう。行き道で食料と水源探しの手間も省けているし、今の俺達には何より安息が必要だ。
「よし、取り掛かるか」
■ ■ ■ ■ ■
生木は煙ばかりで火を起こすには難儀するが、幸いな事に洞の先住者が乾燥した木枝を残してくれていた。そこに少し湿気のある木を放り込んで火力を保ち、洞の前で夕食を摂った。
食材は昼に捕獲した恐竜E、幼虫系、アリ系に近辺で見付けた芋系とセリ系。芋系は白米代わりの粥風、仕上げにアリ系とセリ系を投入。恐竜Eと幼虫は火を通し、恐竜Eには軽く塩をして食べた。
「甘い物があると落ち着く」
片頬を膨らませて咀嚼する食事中の安居は存外可愛い気がある。普段は過剰な迄に、変な所にばかり神経を研ぎ澄ましているが、食事の時だけは少し気が抜けるらしい。
歳相応、と言うとまるで俺が兄貴風を吹かしているようだが、仲間と暮らしていた、あの閉鎖された箱庭の頃の元来の無邪気さが蘇るような気がした。
「……リラックスは出来るな」
幼虫系を指先に摘み口に放り込む。食感は良いとは言えないが、蕩けるような甘さが絶妙だ。
食えて身になる物なら特に頓着はしない方だが、緊張感の続く旅に摩耗する精神の懲りを解すには丁度良い。
麦系を煎った茶を口に運ぶ。幸いな事に雨は止んだが、昼に気温が上がらなかったせいもあり、今夜はとかく冷えていて、温かい茶は喉からじわじわと安寧に似た温もりを齎した。
「此処は食材にも水源にも不自由はしない。今晩取り敢えずの安全が確認出来たら少しの間、留まるのも手かもしれないな」
安居は少し考えるように視線をさ迷わせてからマグを手に取る。
「乾期が近いと言っていた。うかうかしてると水が枯れるぞ」
「だからといって先を急いでも確実な水源を見付けられるかは確証がない」
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