「だから、何でこんなに」
「お前だって触ってるだろ」
言葉を遮って言い返す。取り繕う。
「……何で……何でだろう」
安居の疑問は彼自身に向かったようだ。僅かに眉間に皺を作り、顔を逸らして馬鹿真面目に考え込んでいる。
「体調確認だろ」
俺は思い付いた理由を口にしてみた。
「……ああ、そうか。そうだな」
安居も合点がいったという様子で、また俺の背中に腕を回して来た。
気の抜けたような無防備な表情、途端安居が幼く見えるようになる。こういう顔が何時でも出来れば、安居の敵はもっと少なかった筈だ。
――勿体無い。けど、それで良いか。それが、良いか。
そんな事をぼんやりと思いながら、安居の唇に唇を寄せた。互いに乾燥していて余り心地良いとは言えなかった。ただ、掠めた程度に触れただけでも判る熱さが鮮烈で。
安居の髪を撫で梳きながら唇を顎へとずらし、頬のラインも確かめる。
やはり安居は痩せた。顔の肉迄落ちている。これは悪い兆候だ。性急に食生活を改善する必要があった。
「……涼」
また呼ばれた。髪を引かれて仕方なく顔を上げる。
「今度は何だ」
「今」
安居は至って平静だった。相変わらず真っ直ぐ見詰めて来る。
「キスしなかったか?」
思わず瞬いた。首を傾げながら行動を思い起こす。
「……したな。そういえば」
「だよな」
安居はそれ以上は言わない。ただ、俺を見詰めている。酷く無防備に、琥珀色の瞳を曝している。
「安居」
その時、俺の頭は全く機能していなかった。
瞳に捕われて呆けていた。
ただ、唇だけが動いていた。
「付き合おうか」
安居は何も答えない。やはり俺を見詰めているだけだった。「何に?」とも「ふざけるな」とも言わなかった。
ただただ、真っ直ぐに俺の目を、胸を、頭を、撃ち抜いていた。
――俺は何を言ったんだろう。
安居に殺されながら、俺は漠然と考えていた。
――俺は何を言いたかったんだろう。
琥珀の瞳が俺を見詰めている。
透き通る程に鮮やかな。
――俺は。
本当に殺される。
思考が被さり咄嗟に視線を逸らした。一度逸らしたら、もう安居の目を見るのは怖かった。怖かった、本当に、心の底から。
長い長い沈黙が落ちた。ほんの数秒だったのかもしれなかったが、俺には息が詰まる程の長い静寂だった。
――狩られていたのは俺だったのか。
そんな考えが頭を過ぎって、慌てて首を振り、その馬鹿な思考を振り払った。
「……冗談、だ」
漸くの思いでそれだけを口にした。
また数秒。きっと安居は俺を見ていたに違いない。
「……そうか」
小さく、小さく、安居は答えた。
「寝る」
左手が俺の肩から滑り落ち、彼の目許を覆い隠した。それを視界の端に留め、俺は詰まっていた呼吸を漸く少しずつ吐き出した。
「……お休み」
「ん、お休み」
安居の声は変わらない。俺だけ勝手に動揺しているが、それも顔と声には表れ無かった筈だ。変化があったとしても、安居の瞳は見ていない。

俺を、見ていない。



END


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