「えーマジー?ねーだろ、師匠に限って。やり手な顔してるじゃんよー」等と蝉丸は囃し立て、「そんな事は重要じゃない。大切な人に誠実であれば良いんだ」等と嵐が反論した。
当人は沈黙を貫いていたが苛立ち露わに爪先が俺のふくらはぎを何度も蹴っていた。
「女の身体を知らないのは損だぜ。すんげー気持ちイイ。まあ、こんな世界に来ちまった以上セックスイコール子作り、中々機会なんてねぇだろうけどー。まさか男の尻なんて気色悪いしよー」
けらけらと蝉丸は嗤って夜食だという小麦粉と芋で練ったパンもどきを出して来たが、食生活の規律を乱せば精神と身体に跳ね返る。食は全ての基本だ。
丁重にお断りしたついでに夜も更けた事をそれと無く口にして、二人を漸く追い出した。
扉が閉まると寄り掛かっていた安居の肩から力が抜けた。緊張、というよりは警戒していたのだ。それは最初から判っていたが。
「……余計な事を」
安居の舌打ち、爪先は先より強く俺のふくらはぎを責める。明日は痣になるな等と悠長に考えながら安居の硬く冷たく白い髪に頬擦りをした。
「知られて困る事じゃないだろ。処女と童貞の子作りはそもそも難儀、他の女からはどうせ見限られてる。落ちこぼれの女からなら、少なくとも牡丹とまつりは処女じゃない。有意義な情報になるのは間違い無い」
「そういう問題じゃない」
「まあ、お得意のレイプで孕ませるにせよ、最初の相手は処女じゃない方が都合が良いのは間違い無い」
「……涼」
怨みがましい唸るような低い声は俺の機嫌を却って良くする。
「俺達は遺伝子を残す為に此処に居る。恋だ愛だと浮ついた事はどうでも良いだろ?」
「……」
「嵐は間違ってる。滅びた世界、感情で女を選ぶのは全滅と同義だ。いずれにせよ暫くして落ち着けばセックスと出産が義務になるさ」
白い髪に唇を押し当て一房咥えてみたが、短くて思うように挟めなかった。
「……涼は」
不意に蹴る脚が止まった。
「虹子が好きだった訳じゃないのか?」
「馬鹿か」
空いた口が塞がらない。その位の愚問。
「虹子は賢い。生理中だろうが情緒が不安定になる事はないし、何より無駄をしないのが良い。俺とスタンスも似てる。お互い利害が一致した、それだけだ」
「……セックスしたのに?」
「それも利害の一致。避妊が可能な内に実験し、手際を覚えるべきだと虹子が言った。俺も同感だった。だからした」
口にして初めて虹子と俺の関係はそこ迄乾いていたのかと思ったが、それ以上の感傷は無かった。
チームから分離した際は着いて来ると漠然と思っていたが、結果着いて来なくてもそんなものかと何と無くだが納得してしまっていた。
「……涼」
安居が顔を上げた。
「俺との利害は一致してるのか?」
髪は黒い癖に安居の瞳は鮮やかな琥珀色だ。髪とのコントラストのせいなのか、一目見ただけで、瞳がやたらと印象に残る。
しかも安居は正面から撃ち抜くように人を見る癖がある。
意志の強さ、と言えば聞こえが良いが、要は生意気で我が強く頑固で真面目な性格の表れなのだろう。
俺は不思議と、本当に不思議と、この真っ直ぐな瞳が嫌いではなかった。
喧嘩になった時の怒り露わな瞳も、対抗心が剥き出しになった燃えるような瞳も、ぼんやりとただ見詰めて来る幼ささえ感じる瞳も。
「涼、答えろ」
促されて漸く呆けていた事を自覚した。取り敢えず視線を逸らして安居のジャージの大腿を見る。
「一致……してるな」
「何がだ?」
すかさず尋ねて来た。
「……お前は要さんか」
何と無くはぐらかしたくなったのは直ぐに答えが見付けられなかったせい。
「要先輩はもっと実になる質問をしただろ」
「無駄だと判ってるなら一々聞くな」
安居はむすりと唇を引き締めた。
「答えろ」
糞真面目で頑固な馬鹿は扱いが厄介極まりない。
「……お前は便利だから。面倒な事、全部やるだろ?人を纏めたり何かを教えたり。俺はそういう事はやりたくないし向いてない」
立派な利害一致だ。何故か少し安堵した。
「俺の右手が使えなくても、か?」
安居の右手指は未だ動かない。神経をやられたのかもしれないと、安居も俺もぼんやりと思っている。
利き手が使えないのは致命的だ。クライミングにもハントにも、日常生活だって支障を来たしていた。
「……元々……お前の右手は当てにしていない。必要なのはお前の頭だ」
――これも間違ってはいない。理に叶っている。
「そうか」
安居は漸く視線を外してくれた。ちらりと目線を投げれば気難しそうな横顔、まだ何かが引っ掛かっているらしい。
暫くの無言。
俺達は元々そんなに話す間柄ではなかった。常に対立して、特に安居は俺を蹴り落とそうと躍起になっていたから当然だ。
――俺は昔から。
虹子にも指摘される位、安居ばかり見ていた。俺にとり、安居は面白い玩具だった。面白いから対立する。面白いから安居の大切なものにちょっかいを出す。たまに、極たまに、世話もした。
何と無く肩に腕を伸ばしていた。抱き寄せた肩はTシャツ越しに平生より僅かに高い体温を俺に教える。
「そろそろ休め。身体に障る」
安居の肩は男らしい。骨格からしっかりしていて、骨だけを比較するなら俺より体格は勝る。その分、身長は俺の方が僅かに勝っているが。
筋肉の付きはそう変わらない。体術勝負もスピード勝負も俺と安居は互角、ウェイト差も恐らくは殆ど無い。
男の身体に興味は無いが、安居の身体は何かと気になった。輪郭も手触りも体温も、何と無く落ち着く。
こんな風に触れるようになったのも未来で目覚めてからだと不意に気付いた。気付いた所で何がどうという訳でもないが、何気無く触るようになって、何時の間にかそれを自然に感じていた。
安居もあれだけ俺を煙たがっていた癖に、俺の腕を払う事は殆ど無かった。
――不思議だ。
取り留めの無い思考はそのままに安居の腰を引き寄せ、覆いかぶさるようにしてベッドに押し倒す。安居はやはり何の抵抗も感じて無い様子で、少し遠慮がちに左腕を俺の肩に絡めて身体を横たえた。
二人旅になってからは互いの身を守る為もあり、接触するような近さで休んでいた。どちらか一方は大概起きて番をしていたが、安全を確信出来た場所では本当に身を寄せ合って眠った。安居の深夜徘徊を止めたくて、安居が眠るのを見届けてから抱きしめて眠る事もあった。翌朝、その体勢のまま目覚めてもやはり安居は嫌がる素振りを見せなかった。
――不思議。
改めて思うが重要でない、寧ろ瑣末な事なのは確かだった。
押し倒した身体の上に上体を預け、首筋に顔を埋める。触覚の敏感な唇で頸動脈を探り、安居の鼓動を確かめた。
「……擽ったい」
髪がいけなかったらしい。左手が責めるように俺の後頭部の髪をまさぐった。
俺の左手は安居の平らな胸から脇腹に滑り、腰骨を辿って大腿に至る。
「少し痩せたか」
「……かもな。お前もそうなんじゃないか?」
安居の左手が俺の背中を伝って脇腹に落ち腰骨迄を撫でた。
「意識的に炭水化物と蛋白質を増やす必要があるかもな」
「だな。蛋白質は問題無いが、炭水化物が難しい。近辺で芋が取れれば楽なんだが」
「明日嵐に聞けば良い。あいつなら簡単に口を割る」
「確かに」
常と変わらぬミーティングじみた会話。体温と輪郭を互いに確かめ合いながら。
「涼」
呼び掛けるトーンが不意に変わった。何かを見付けたような、明確な声。
枕に肘を突いて顔を上げ、安居の顔を見下ろした。
またしても、撃ち抜くような真っ直ぐな瞳に合う。
「お前、何でこんなに触るんだ?」
「……は?」
俺も同じ事を考えていたせいか、思わず口が緩んで間抜けな返事をしてしまった。



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