ゲームが漸く動いた。七枚のカードは安居の不自由な手に収まり、鋭い視線が俺に突き刺さる。
――仕方ないだろう。この場を収める為に嵌められる相手はお前しか居なかった。
目で返したつもりだったが、問題はそこでは無かったらしい。
「安居さん、どう?皆正直だった?」
嵐が身を乗り出して情報収集に取り掛かるが、それをぶちまけたらただの阿呆だ。
誰がどういうパターンで嘘を吐くか、このゲームはその法則を見抜いた者が勝つのだろうから、ダウトでカードを引き取り不利になった者が情報を与えるのは愚行でしかない。
大体その情報を流したら負けに行ってる事も露呈してしまう。真実を混ぜれば嘘は嘘と見破られ難い。
わざわざ情報を聞く事も阿呆、話す事も阿呆。嵐は完全に阿呆だ。当然俺は尋ねはしない。
「ハッハー、どーよ、俺様の見事な嘘」
意外性のある阿呆がもう一人居た。こいつは顔からして仕方が無い。
「……涼が二回共嘘を吐いてる」
隣の馬鹿が極め付けの阿呆だった事を忘れていた俺が、一番の阿呆だったかもしれない。


■ ■ ■ ■ ■


カードゲームは俺を置いて白熱の様相を呈した。
安居の元々の負けず嫌いの性質を甘く見ていた俺の失敗だった。もう少し賢くなったかと期待していたが、見事に裏切られた。
「ダウト」
「ああ、畜生!何でバレるんだ!」
「場のカード、引き取られた先、手札を記憶しておかないからだろ」
「凄い、覚えてるんですか?」
「覚えてないのか?」
「一々覚えてる訳無いだろ!」
安居は世話好きを発揮してしまって、二人にゲームのポイント指導迄している有様。
「上がり、だ」
「嘘だ、そんな都合良くいく訳ねぇ!ダウト!」
「周回を考えて上がりカードを逆算すれば良い。要は計画性」
カードの山はまたも蝉丸に押し付けられた。結局トップで上がってしまった安居は済まし顔、肩に凭れ掛かり悠長に俺の手持ちのカードを覗き込んで来た。
「勝つつもり、無いだろ、涼」
俺が漸く聞き取れる程の小さな囁き。
――今頃気付いたか。
「お前が上がったから台無しだ」
耳元に返してやる。
「止めだ、止め!」
三十枚近い手札を蝉丸が投げ出した。長かったゲームが漸く終わったかと内心安堵する。
凭れ掛かっている安居が少し気怠げに見えて、また熱でも出しているのではないかと左手を彼の頭に添え置いた。安居の短い髪を指で遊びながら頬を寄せて体温を確かめる。やはり少し高いかもしれない。
安居は未来で目覚めてから頻繁に熱を出すようになった。倒れるに至る程の事は少ないし、周囲に気付かれないよう気を張っているようだが、あの睡眠の質では疲労が蓄積して当然だ。
そうなった事情も安居の心情も判るが、気に掛けずにはいられなかった。
安居を失う訳にはいかない。
「…………なあ、お前達の学校って男子校?」
蝉丸が珍しく神妙な顔付きで尋ねて来た。嵐もどこと無く居心地悪そうに目をさ迷わせている。
安居がちらりと俺を見てた。余計な情報は漏らさない、そういう合図だった。
「いや、女も居た。男女、半数」
安居は合図通り慎重に言葉を選んだ。
「へー……女子も居てソレか……」
蝉丸が頬を引き攣らせたが直ぐに表情が切り替わる。人差し指を立てて興味深げに身を乗り出し、声を潜めた。
「女と付き合った事は、あるのか?」
安居が身動ぎしたので、その質問を不快に取ったらしいのは判った。
「それらしい事はしたが、正確に付き合ったという訳じゃないな」
安居の代わりに俺が答える。
「それらしいってのは……セックス?付き合ってない女と?」
蝉丸の口許がだらし無く緩む。
「ああ」
端的に答えた。別に隠す程の事でもない。
「それは駄目です……やっぱりそういうのは好きな人じゃないと」
嵐が割って入った。何処と無く寂しそうな、中途半端な泣きそうな笑顔。
「……お前……恋人、と、したのか?」
安居の口調は酷く重い。
安居はあの女をレイプしようとした。
――馬鹿が。
髪を強く握り締めると安居は怯えたようにびくりと肩を揺らした。
「え、あ、まあ……」
嵐はそれに気付いていないようで、僅かに頬を赤らめて気恥ずかしそうに視線をさ迷わせている。
「そりゃあ彼女とヤれるのが一番イイけど勢いも大切だろうよ」
蝉丸は軽く切り捨てて嵐を揶揄するように背中を叩いた。
「で、師匠はー?」
――余計な事を。
そう思わずにはいられなかった。頭が痛くなる。
「師匠もイケメンだからやっぱズコバコ不自由ないっすかねー?」
調子良くおだてながら安居を煽る。
蝉丸はチームの弱者で遊ぶ男だ。ナツへの態度でそれはもう十分に見えていた。
安居は肩を窄めながら側頭部を俺の肩に擦り付けた。きっと間違い無く顔を顰め、蔑むような目で蝉丸を睨み、不愉快丸出しになっているに違いない。
「あれ?師匠?」
蝉丸の笑みが深くなる。判った上で執拗に聞いているのは馬鹿でも理解出来るだろう。その心理は俺も良く判った。
安居は獲物としては上等だ。プライドが高く真面目で何でもそつなくこなすが、付け込む隙がある。ただ、突けば噛み付いて来るだけの覇気はあるし、沸点も低ければ手も早い。徒に手を出せば自滅するのはこちら。けれど、もう一歩を間違えず、内側に踏み込んでしまえば存外脆い。それは強者独特の弱点だ。
――そういう意味でも、安居と花は似ている。
狩る側の人間の嗅覚、それを蝉丸から感じ取れた。蝉丸は気付いた。安居に踏み込める、僅かな隙間。
「師匠、どうなの?」
「安居さん」
どうしたものかと興味深く悠長に考えていたら、またもや嵐が割って入った。
「答える必要、無いですから」
顔を背けたくなるような恥ずかしい正論を真顔で口にする。
「そういう体験って凄く大切な物だから早いとか遅いとか関係無い。この人だって思える人じゃなきゃきっと意味も無い」
――その正論も安居を傷付ける。
ぼんやりと思ったが俺は止めなかった。
「師匠が女と付き合った事がねぇ童貞ちゃんだなんて誰も言ってねぇだろ。決め付ける方がシツレーだぜ」
蝉丸が揚げ足を取って耳障りな笑い声を立てた。俺も思わず笑みが漏れてしまった。嘲りの。
「安居に彼女が居た事は無いな」
言って不利になる事、不利にならない事。傷付ける事、傷付けない事。
「これは真面目な奴だ。だが、手は早い」
「涼」
「本当の事だろ?」
咎めるような呼び掛け、自業自得だと暗に言ってやる。
「だから女に嫌われる」
蝉丸が高く口笛を吹いた。
「やるね、師匠。じゃあやっぱりお盛んだったか」
蝉丸は気付いている。
ナツに接する態度が気に入らない。だから安居が鼻に付いた。それで安居を狩れる角度を探している。見付け掛けている。
馬鹿で阿呆だが、鋭い。
嵐より余程冷静に、疑いながら巧妙に騙して傷付けて、その反応で人の本質を量る。それに慣れて、長けている。
三日月型に細められた双眸はネコ科の大型獣に似ていた。
安居は耐えられるだろうか。落ちこぼれに追い込まれる屈辱に。
髪をやんわりと撫で梳いてやる。
――そろそろ助け舟を出そうか。
安居を傷付けるのはやはり許せない。
「ところがな、それでいて」
――泥舟の。
安居を追い詰めるのは俺だけで良い。
安居は俺の獲物なのだから。
「安居は童貞だ」


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