蝉丸という男は鋭いが馬鹿で軽薄らしい。
平凡に生きてきた一般男性はそれが普通なのかもしれないが、とにかく品が無い。
性的な話を好むのは、形ばかりは禁欲を叩き込まれた俺達であっても同じだ。
性交をして自分の遺伝子を残すのは生命の本能的使命。動物との違いは発情を自制出来るか出来ないか、それだけの差でしかない。
雄が雌に性的に惹き付けられるのは、自身の遺伝子を引き継がせる為だ。だから、雄が雌に性的関心を持つのは至極当然の話。
それに対し、雌は優良な雄の遺伝子を求めるが為に、雄より性行為には慎重になる傾向がある。
それも当然だ。雌には出産のリスクが伴うし、雄を選ばずに性交をしていたら能力の低い遺伝子を受け継いでしまい兼ねない。
だから、雌が雄より性に関心が薄いのは、これも本能と言える。
そういう検証等蝉丸は考えていないのは間違いなかった。
ただ下品に、時に卑猥な言葉を織り交ぜてナツや嵐、まつりを揶揄して遊んでいた。
一見は発情期の脳無しだ。
だが、聡かった。最初から俺と安居を警戒したのはガイドの牡丹と蝉丸だけだった。
無遠慮に近付きながらもさり気無く俺達の動向を観察していた。見落としている部分は多々あったが、幾ら腑抜けていた状態であっても安居にそれを気付かせない立ち回りが出来るというだけで、蝉丸が嵐やナツ、他の落ちこぼれと違う人種なのは認めざるを得なかった。
ただ、幸いな事に、と言うべきかは判らないが、蝉丸には嵐のような率直さは無かった。だから何と無くなあなあで馴染んだ素振りが俺も安居も出来たのかもしれない。
その点だけは、俺と蝉丸は類似していた。俺にも安居のような真面目な性質はなかったし、惹かれはするが決してそうはなれない、出来ないと自覚していた。
だから、俺は『テスト』を考えていても、安居に蝉丸の鋭さを教えてやる事は無かった。


■ ■ ■ ■ ■


息抜きにカードゲームをやろうと持ち掛けてきたのは蝉丸だった。
嵐と共に俺達に宛がわれた船室を無遠慮に訪問して来た。後ろには無理矢理引きずられて来たらしい嵐――花の男が居る。
安居が視線を逸らしたのは恐らくまた彼自身に自ら傷を付けていたからに違いなかった。
「断る」
安居は溜息混じりに短く告げて、再び荷物の整理に戻った。整理整頓は叩き込まれている。安居は気が急いている時はへまをやらかすが、普段はだらしの無い男ではない。だから、荷物の整理等ものの三分で終わる筈、つまり今は荷物整理の振り、だ。
「そう言うなって。ダウト楽しいぜ。夜食もあるんだ、やろうやろう」
蝉丸は多分の図々しさで部屋に踏み込んで来た。「蝉丸」と名を呼んで嗜めながらも嵐が続いて来る。
安居の背中が苛立っているのが判った。彼は顔や態度に出易い。此処で下手なトラブルになるのは得策では無かった。
「ああ、構わない」
だから俺は二人を歓迎する事にした。
「……涼」
案の定、安居の苛立ちの矛先は俺に向かう。これで良い。
「で、どんなゲームなんだ」
立ち上がって二人を俺のベッドへ座るよう促し、俺は安居のベッドへ腰を下ろした。睨んでいる安居の頭を軽く叩き「聞いておけよ」としらばっくれてやる。
「お前達ダウトも知らないのか?」
「トランプはやらなかった」
「か、カルチャーショックだぜ。どんだけド田舎だったんだ」
後半は良く聞き取れなかったが、蝉丸も嵐もどうやら驚いているらしかった。
俺達には娯楽らしい娯楽は与えられなかった。様々なカードがある事は、文化、芸術的観念から教えられていたし実物は見せて貰えたが、娯楽に使えとトランプを与えてくれるような先生は居なかった。何より事実、俺達には必要無かった。
中には――俺も、だが――見様見真似でカードを自作する者も居たが、ルールも知らないゲームには興味も湧かず、無要な知識だったと皆呆気なく切り捨てた。
――小瑠璃ならば飛び付いたかもしれないな。
ふと思ったが、それは意識的に忘れる事にした。
蝉丸のルール説明は全く要領を得ず、強制参加になった安居は益々低気圧になっていく。それを察したのか、ただ見兼ねたのか、嵐が説明を交代して漸く理解出来た。
「……要は騙して、見破る、それの繰り返しだな」
「そうそう」
嫌なゲームだと思ったのは恐らく安居も同じだった筈だ。配られていくカードに落ちる目許、頬が血の気を失っている。
「安居、割り切れ」
肩を寄せて耳元で囁くと安居は酷く億劫そうに左手でカードを集め、蝉丸と嵐がそうしているように手の内で扇状に開いた。俺もそれに倣う。
「『親』の嵐からな」
言葉一つ一つが気に障るが、安居のように一々取り合う程、俺は真面目ではない。眉間に深い皺を刻んでいる彼を横目に流してから嵐の表情を見る。
「じゃあ……一」
俺の手札に一は無い。一は四枚、何にでも代用が利くジョーカーは二枚。ジョーカーの内、一枚は俺の手札にある。
まずは様子見、誰もダウトをコールしなかった。
俺の番。
「二」
手札に二は一枚あったが、無駄に二枚だぶっていた『七』を放る。此処で仮にダウトのコールをされても痛くは無い。誰のコールも無かった。
「……三」
安居が手札を置き、一番上のカードを場に出した。片手だとどうしたって不便をする。
「まだだな」
蝉丸は口角を釣り上げて首を振った。嵐は考え込んでいたが、やはりコールは見送った。
「ほい、四」
蝉丸がカードを投げ捨てこれみよがしににやにやと笑ってみせた。俺の手札に四は無い。ならば見送るべき。
「ええと……五……」
嵐がおずおずとカードを出した。
「うわ、それ罠?罠?」
蝉丸が嵐の顔を観察していて、俺もカードを口許に押し当て嵐を見る。
「いや、本当五だって」
嵐は頭を振った。俺の手札に五は一枚あるが、嵐の指先に緊張は見えない。恐らく嘘は無い、フェイクだ。
「良いか?六」
だぶっているカードから出してしまうのが後々楽になる事は間違い無い。迷わず十一を選んで場に出した。
「うわ、わっかんねェ!」
「え、本当?どうしよ…」
蝉丸と嵐が声を上げて俺を見て来るが、無言を貫いた。
「……よし、よし、次だ」
蝉丸が見切りを付けたので隣の安居を肘で突いてやった。
「七」
先と同じ所作でカードが置かれた。安居は飽き飽きといった表情でしかない。
「そろそろ誰か嘘吐いてんだろ」
蝉丸がすかさず突っ込むが安居は至って平静、小さく溜息をするのみ。
「まだ一巡目だろ。でも場に溜まってからだと怖いんだよなあ……」
嵐が眉尻を下げる。迷っているらしい。
蝉丸も嵐も俺達とは同世代。彼等から見れば、俺と安居はきっとそれでしかないのだろう。
特異な環境で育ち、英才教育を受け、回りを蹴り落として、文字通り生き残る為に未来へ来た。それを彼等は知らない。
――暢気なものだ。
思わず自嘲してしまった。
同世代ならば誰でもそうだ。肩を並べながらも張り合う。きっと蝉丸が、もしかしたら嵐も、勝つ迄は帰らないだろう。居座られたら俺も安居も迷惑する。
胸に息を吸い込んで、場のカードに手を伸ばした。
安居が嫌々ながらに置いたカードを指に挟む。
「ダウト」
コールと共に遠慮無く裏返した。


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