無機質ラプソディ
私は愛されていたのと彼女は言う
私は愛されている私がすきで彼は誰かを愛している彼自身を愛していたから
私は愛されていたの
無機質なテレビがざあざあ雑音を流している
観たくもないくだらないドラマは昼時にふさわしいどろどろと歪んだ愛憎劇をつらつら女は言う愛されていたの繰り返し
だったら俺は人間すべてを愛しているよ
今そんなシナリオ通りに黒い遺影の前で泣きながら哀を呟く彼女だって愛してるさ
ああだって人間だろう?
醜い論争も酷く甘い言葉も好き勝手吐く身勝手な人間が俺は堪らなく愛しい
ガシャンとテレビの中は映像を変えてテーブル上の食器が舞う、がしゃん、割れて彼女は言う
あなたなんて生まなければよかった
はらはらと雨が落ちる
画面の中もこちらの方も
傘もささずに濡れながら彼女は言う
どうして私は愛されないの
可哀想に俺が愛していることに気づかない
だがこれは所詮ドラマだ
カメラを通さない彼女は昨夜なんとなく買った週刊誌の中に若手俳優と肩を並べて笑っている写真が載っている通り
「つまらない」
呟いてテレビの電源を落とした
「あ、」
「え、なにシズちゃんまさか観てたの?趣味悪いなあ、ああシズちゃんああいう女優好きだったっけ?でも止めときなよあの女優あれで結構年いってるしほらあれ整形だとか騒がれてる記事載ってるよ?男連れの写真と一緒に、かわいそうだねえそんな風に騒がれて」
ほら、と開きっぱなしの週刊誌を指差す
「うぜぇ黙れ」
ふふ、可愛らしく笑ってあげたつもりがニヤニヤするなと頭をはたかれる
痛い、この怪力馬鹿
「ひどいなあ」
平日の朝、いやもう昼か、に男2人で同じベッドで寝てるなんて異様だよねえ
まあでもつまんない昼ドラよりもこっちの方が刺激的なわけで
「手前起きてんなら服着ろよ」
「んー服ソファの方だし。誰かさんのせいで身体がだるいだるい、よって動けない」
しょうがないよねえ
俺は嫌だって言ったのに誰かさんがさー
ほんと誰のせいで動けないんだろうねー
もごもごと布団にくるまりながら話すとシズちゃんの眉間に皺がよる
ああ俺が布団とったせいで寒いのかな
違うかな、あはは
「なんで手前今日は一段とうぜぇんだ…」
シズちゃんが怒ってるというより呆れてるみたいなのも珍しい
「そんな気分なんだよ」
「気分なのかよ」
「うん、そう」
ところでシズちゃん?
「寒いんだけど、あっためてよ」
なあんてベタなセリフを吐いてみて伸ばされた腕に素直に自分の腕を絡めてみた
「あはは、」
「なに笑ってんだ?」
少し怪訝そうな声音で問われる
その少し低い声が心地よかった
折原臨也と平和島静雄がこんな風にしてるだなんて
誰が思うだろう
少なくとも自分たちを知っている人ですら溢れかえる人々のほんの一部で、つまるところがそんな考えが浮かぶことすら愚問と呼ぶべきなのだろう
絡めた腕には人間らしい温かみがあって
無機質なノイズはもう聞こえなくて
なんだか俺は
「愛されてるみたいだなあって、思ってさ」
笑えるよね、シズちゃん。
end.
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