揺れる心音は重ならない
静臨
付き合ってません
静→臨自覚話
おいおい、頭沸いてんじゃねぇか俺
相手はあのクソムカつくノミ虫だぞ
なんだって俺はいまこいつにキス、してやがる
いつもの喧嘩の果てに路地裏に追い込んだこいつを壁際に押さえつけて、なにを血迷ったか俺はそのまま口づけた
「シズ…ちゃ…」
俺が押さえつけてるこいつの腕が予想以上に細かったりだとか、俺をみる困惑した顔に、嫌われた、らとか俺らしくない考えが浮かんだことだとか、俺の痛んだ金髪と違うさらさらの黒い髪とか、俺を覗き込む身長差だとか
全部、気に入らねえ
「手前なんざ…大っ嫌いだ」
「…………っ」
吐き捨てるように呟いた言葉に押さえつけてるこいつが身じろいだ
傷ついたような顔が一瞬だけ垣間見えて、俺の思考はますます混乱する
「俺も、シズちゃんなんか大嫌いだよ」
俺も同じ顔をしていたのだろうか
俯いて呟かれた言葉にどうしようもなく心音が乱れた
違う、俺はこいつが大嫌いで、こいつも俺が大嫌い、それが当たり前なはず、でいつもいつも俺は普通に暮らしていた
それをこいつがかき乱すんだ
そのたび俺はキレて、ぶっ殺そうと手当たり次第暴れて、他の奴なら1度でくたばるのにこいつだけは幾度もちょっかいかけてきて、また暴れて、そんな日常も悪くないかなんてちょっと気持ちがブレてきていて
なんだか俺がこいつを本当にぶっ殺しちまって、臨也、のいない日常を思い浮かべたらそれが酷く無機質に感じたのが怖くて
そんなのは違う
俺はこいつが大嫌いだ
なのに
「うるせえ…」
「…んっ、シズちゃ…っ!」
なんで俺はまたこいつにキスをした
噛みつくように口唇を塞いで、またこいつがギクリ、と体を振るわせたのに複雑な心境になる
長く、長く呼吸すらさせないまま強く塞いで、ギリリと腕を掴み押し付けたままずっと、ただ俺は口付けたままだった
顔を離せば、苦しかったのか肩を揺らして呼吸を繰り返し、顔は上気して朱に染まっている
生理的な涙で瞳を潤せながら、俺を睨みつけてくるその顔は憎らしいままで
ますます俺の行動の意図を俺自身が掴めず、まさか臨也以外、しかもこともあろうに自分自信に困惑してイラついた、その事実に動揺した
「シズちゃん、なに…その顔」
「なんで、そんな…泣きそうなの」
「……っムカつく」
「シズちゃん、のクセに」
「な…っ」
泣いているのはお前だ、そう言おうとして自分の表情が強張っているのに気づいた
思わず強く握り締めていた腕を解いてしまい、臨也はするりと軽やかに俺の腕から逃れ出た
「あとシズちゃんさあ、煙草やめたほうがいいよ」
「キスが苦いなんて…女の子に嫌われるよ?」
掴もうと伸ばした腕をそんな言葉に遮られ、俺はそのまま振り返らず行く背に何も言えず浮いたままの腕を下げることも忘れて、ぼんやりとそれを見届けた
「クソ…っ!」
臨也の姿が見えなくなって、怒りか戸惑いか込み上げてきた気持ちに整理がつかず俺は壁を力任せに殴る
ピシッ…壁に亀裂が入り先程まで臨也を押し付けていた場所は歪な湾曲を描いた
なんで俺は、
答えの出ている答えを俺は気づかないフリをしている
ただ最後に言われた言葉がいつまでも俺の心に渦巻いているのが不愉快で
葛藤したまま人混みに紛れる気にもなれず、俺は壁に背を預け空を見上げた
淀んだ灰色の空に卑屈気味に微笑んで、俺らしくない悩み事、を追いやって忘れようと煙草に火をつける
吸い出した煙は、
いつもより少し苦かった
揺れる心音は
重ならない
END.
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