零崎刹識の人間刹那 | ナノ

第十三章






「待っていて、お母様。見ていて、お父様。」


少女が手を合わせてつぶやいた。
写真に写る少女の両親は笑顔で写真に写っていて、少女と弟も笑顔で写っていた。
面影は確かに残っていて、まだ幼いような少女は十分なほどの殺気を持っていた。


「姉さん…」


少女の背中を見て、少年はつぶやいた。


「必ず敵はとってみせるわ。……あの、忌まわしき零崎をきっと…!!」


悔しげに顔を歪めて拳を握りしめる少女の瞳には、憎悪の炎、復讐心しかなかった。
少女の弟はそれを見ているしか出来なかった。
全てを失った自分には、何も出来ないから。
でも、少女の弟は自らの姉を憐れむように見つめた。
そして少年はその場をあとにした。







少年は1人、花束をもって墓の前にいた。
墓には、〈祭奏楓(マツリカナデ カエデ)今此処で土に還る〉と言う一文と〈祭奏鸚鵞(マツリカナデ オウガ)今此処で空に羽ばたく〉の一文が連なっていた。
少年はもっていた花束を供え、静かに目を閉じた。


「楓さんも鸚鵞さんも、椿姫の復讐を願っていない。」


口を開くと出てきたのはその人こと。
死んだものに、気持ちなどあるものだろうか。
だが、少年は少女の為じゃなく、此処に眠る自らの親の為に少女に協力をしてきた。


「零崎じゃない、誰が2人を殺したなんてわからない。けど、零崎への復讐は間違っている。」


少年は目を開く。
その瞳に何を映したのだろう。
瞳の奥には何も見えなかった。









輝識「それにしても、どうして祭奏の娘が?」


輝識の疑問はもっともだった。
祭奏の血筋上、早蕨のように無謀な戦争を仕掛けてくるような馬鹿はいないはずだ。
血が上ったか、ただの馬鹿か、それか幼い子供の考えそうなことだろう。
だったら主犯者は椿姫と考えていいだろう。


人識「祭奏、祭奏……」


どっかで聞いた名だな、と考え込む人識。
祭奏はそんなに有名ではないが、天吹の分家としては一番有名だ。
つい最近では、冷静沈着な夫婦がいたから殺すのも困難だと聞いていた。


刹識「掃除人として最近名の上がっていた祭奏。ある戦争に巻き込まれて祭奏の首領―――祭奏鸚鵞とその妻、祭奏楓が亡くなっている。」
空識「ってことはその子供が椿姫で、犯人が俺たち零崎一賊だと勘違いしている?」


私はその言葉に頷く。また、時宮のところにやられたのか。
それか別の因縁か。
とにかくこれを解決しなければ何も進まないだろう。


輝識「なぁ。」


そこで思考を遮るように輝識が口を挟んだ。
輝識の話を聞こうとみんなが静まる。


輝識「仕掛けてきたのはあっちなんだからさ、俺たちも仕掛けよう。」
刹識「戦争をするってこと?」


その問いかけに輝識はただ頷いた。
仕掛けてきたのは祭奏だから、自分たちがそれに答えるのは確かに赦される。
けど、仕掛けられたからだけでは理由としては十分ではない。


輝識「それにさ、アイツは…椿姫は家賊に手を出したんだ。家賊に手ぇ出したら皆殺し、だろぉ?」


その言葉に一同は納得せざるを得なかった。
確かに、朱鷺夜は表舞台にでていない以上手だしする理由はないが椿姫には十分にある。
一同は輝識の意見に賛同した。


そして戦争は始まる。






1人、病室に眠る少女はいつ目覚めるのかわからなかった。
その名を零崎黎織。
世界に愛されしその少女はたったひとりの少女の復讐に巻き込まれ、意識不明に陥った。
あの事件から、黎織は病室のベッドで寝たきりで起きる様子も全くないまま何年の歳月が経とうとしているのか。
そのとき、少女の瞼は微かに揺れた。
目を開く少女の瞳は深い緑の輝きを放った。


黎織「ここ、は……」


微かに動く唇、まだ覚醒しきれない意識で周囲を見渡した。
黎織はゆっくりと起き上がり今までの事件を思い出す。



「あなた自身には何の恨みもないわ。あなた自身について、私は凄く気に入ってるつもりよ。」



涙を流しながら記憶の中の少女は言い放つ。
情景は学校の屋上で、なにやら自分が少女に追い詰められていた。



「けどね、こればかりは気に入ってるかなんかで片付けられないわ。」



追い詰められた自分は戸惑っていた。
目の前の友人が、何故こんな事をするのか理解出来なかったから。
それでも記憶の中の少女は続けた。



「恨むなら私じゃなくて、その名前を恨みなさい。」






「…そうそう。その後ろのフェンス、外れやすくなってるのよね。」




感づいたようにそのときの私は目を見開く。
やることは酷いことだったが、少女はずっと悲しそうな顔をしていた――最後まで。



「ま、さか…!?」
「バイバイ、さようなら。……ごめんなさい。」




黎織「そうだったね。」


全てを思い出した。
こんな事件が家賊の耳に入っていないとは思えない。
何より、刹識の耳には必ず入っているだろう。
そう考えると黎織にはいやな予感しかしなかった。


黎織「戦争なんて、ダメだからね。」


黎織は1人病室を出て行った。
誰にも知らせずに。











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