「あの日は高校の入学式でした。学校から家に帰ると、知らない黒い服を着た人たちがいました」

「黒い服の人たちはわたしに言いました。両親は死んだ。死んだ両親の残した借金を、娘のお前が返さないといけないと」

「女なんだから返す方法などいくらでもあると脅されました。だけれど、もっと良い返済方法があると、一人の男がわたしに言いました」

「お前の個性を使えと。それは今までわたしが考え付かなかった個性の使い方でした。個性を自分たちの組織の為に使うのならば、お前には指一本触れないし、最低限度の生活も保障すると、その男は言いました」

「車に乗れと言われて、知らない場所に連れていかれました。そしてひとつの部屋に連れられ、パソコンの前に座らされました。自分が何をやっているのか、全くわかりませんでした。ただ、ただ、わたしはキーボードを叩き続けました」

「被害者にしてはいい待遇だったのではないかと思います。衣食住は与えられ、ただひたすらパソコンの前に座って、わけのわからないプログラムを打ち続ける。それの繰り返しでした」

「だから羽の生えた武器を持った人が現れた時も、「ああ、ついに殺されるんだな」と思いました。何かミスをしてしまったのかもしれない。期限内に終わらせられなかったのかもしれない。だから、その人がわたしを助けに来てくれた“ヒーロー”だとは微塵も思いませんでした。」

「レジスタンス。聞いたことがない名前です。それがわたしの両親を殺して、わたしを利用していた組織の名前なんですね」

「落ち着いてる……んですかね。わからないです。今が何月何日なのか。どれくらいの時間が経っているのか。両親の死を悼んでいるのか。助けられて、安堵しているのか。これからどうすればいいのか。何も、何もわからないんです」

「名前を、」

「ずっと、名前を呼ばれなかったんです。あの日からずっと。だから、わからなくなったのかもしれません。わたしは、誰なのか。何がしたいのか。これからどうすればいいのか。自分自身の正体さえもわからないのに、未来のことなんて考えられない。助けられたあとのことなんて、考えられない」

「もう何も」

(180930)