「どうすれば友達ができるんだろう」
「欲しいの?」
「欲しい!友達欲しいです!」
「必死かよ」

 友達がいらない人間なんているのだろうか。いやいないだろう。わたしは上司に呟く。

「そもそも友達がいないから成人式に行くのを断念したんですよわたしは」
「友達いないから振袖も着ないとかおかしなこと言ってたよね」
「その節はありがとうございました」
「いや俺が勝手にやっただけだから」

 今年二十歳になるので本来ならば成人式やら振袖やらという女子の一大行事があるはずであったが、わたしは地元に友達がいない。というか友達がいない。成人式やら振袖の話題になったときに、上司にそう呟いたところ、なんと、なんとこの人は、

「すっごく嬉しかったです。わたし、振袖なんて自分には一生縁遠いものだと思ってましたから」 
「嬉しくて泣いてたよね名前ちゃん」
「はい」

 サプライズで前撮りをプレゼントしてくれたのである。仕事だと言われて着いて行ったらそこは写真スタジオで、たくさんあるきらきらした振袖の中から、好きなものを選んで着ていいと言ってくれたのであった。スタジオの人に髪の毛もお化粧も着付けもすべてやってもらえて、写真も撮ってもらえて、アルバムまで作ってくれたのである。その前からわたしはこの人のことを好きだったしこの人の為に生きることを決意していたけれど、現金なものでその日もう一度再認識した。わたしは、この人のために、生きると。

「ホークスさんに頂いたものがたくさんありすぎて、わたしの一生涯をかけて尽くしても返せないなあって思います」
「大ゲサな。俺は好きにやってるだけだよ」
「そんなことないです!あの写真、部屋に飾ってありますよ」
「あーあのヤンキーとお嬢さんみたいな写真?」
「上司と部下」
「いや上司と部下には見えない」

 私服のホークスさんと、振袖を着たわたしが写っているそれである。一番目立つところに飾ってあると告げると、ホークスさんは呟いた。

「今度見に行っていい?」
「勿論!あ、けどホークスさんが来るなら掃除しなきゃ………」

 ホークスさんを自宅に招いたことはない。上司を呼ぶのだから徹底的に部屋を掃除しないとと思いながらぶつぶつと呟いていると、ホークスさんはわたしの手を引いた。額に柔らかいものが当たる。ちゅっとリップ音を立ててそれは離れ、ホークスさんはわたしの腰を抱いたまま呟いた。

「名前ちゃん、意味わかってる?」
「………んん?」

 ………意味とは。そう思案した瞬間に、わたしは雑誌で不定期に特集が組まれている、彼の指し示す意味を思い知った。

「………!」
「わかった?」
「……………は、はやすぎる男!」
「何言ってんの?」
「こ、こっちの話です」

 顔を見ることができず、俯いたのがいけなかったようである。ホークスさんはわたしを見て目を細めた。

「速すぎる男ってもしかして名前ちゃん」
「ち、ちがいます!ネットでは色々書いてあるけどそれを全部信じてるわけじゃなくて!その、」
「手が速いっていいたいのか早漏って言いたいのかどれ」
「そ………っ、や、やっぱり……」
「………それよくネタにされるから冗談で言ったんだけど」
「えー!!」

 展開についていけない。思わず上司の顔を見ると、目を細めて微笑んでいる。これはキレている時の顔である。何に。何にキレているのか。今すぐ調べたいからこの手を離してほしい。

「し、調べるからはなしてください、」
「何を?俺が早漏だって?」
「ち、違います!ホークスさんが何に怒ってるのかわかんないから、」
「何で俺に聞かずにネットに聞くの」
「知恵袋とはすごいもので必ず一人以上は同じ悩みを持っている人がいてベストアンサーが」
「はいはい」
「っ、あっ!?」

 手首をひとまとめにされて、胸ポケットに入っているスマホを抜き取られた。そのまま遠く離れた机に置かれる。これではネットに答えを聞けない。

「名前ちゃん女友達も少ないから、そういうのに疎いと思って我慢してたんだけど」
「……ま、待って待ってここ職場!」
「事務所には誰もいないでしょ」
「そういう問題じゃ、ん……っ、」 

 シャツのボタンを二つ弾かれ、首筋に顔を埋められた。まさかすぎる展開である。ソファの上で暴れるわたしを面白がるように、ホークスさんは呟いた。

「大丈夫。俺、速いから」
「何が!?」

 完全にキレている。何故だ。そして何が速いのか。俺に聞けというくせに、聞いても教えてくれない。首筋に痛みが走った、その瞬間だった。

「おつかれさまでーす!」

 サイドキックの一人が帰ってきた音であった。わたしは急いで彼の腕の中から抜け出し、距離を取り呟いた。

「お、おかえりなさーい!」
「……おかえり」
「ただいま戻りました!」
「お茶淹れてきますね!」

 挨拶をして尤もらしい理由をつけてその場から離れる。自分の反射神経を褒め称えたい。


「ホークス、名前ちゃんに何かしたんですか?」
「いや別に何も。相談に乗ってただけですよ。友達ができないって」
「あーよく言ってますよね」

「だけど不思議ですよね」
「え?」
「だってあの子、めちゃくちゃいい子じゃないですか。それなのに友達がいないって。不思議ですよね」
「………それ」
「はい?」
「彼女には言わないでくださいね」
「いや言えるわけないじゃないですか。友達いないって悩んでる女の子に、なんでいないの?なんて残酷なこと」
「……」
「だけど不思議だよなあ……」

(180930)