りんごが送られてきた。箱で。 「わあー!すごい量のりんご!」 「常闇くんはりんご農家が親戚にいるのか!?」 「………解せぬ……」 りんごが好物であると、彼女に話したことはあっただろうか。記憶にない。そう思いながら送り主の名前を見る。名字名前。インターン先の事務員である。 「インターン先の事務員からだ……いくら好物だからといってこんなに食えるわけがないだろう……皆、良かったら消費を手伝ってくれ……」 「やったー!りんごパーティだ!」 「砂糖にアップルパイ作ってもらおうよ!」 甘味を好む女子達は嬉しそうに騒いでいる。常識的に考えてこの量のりんごを消費できると思っているのだろうか。身内にりんご農家がいてりんごが有り余っているのだろうか。あの人の考えていることが全く理解できないが、好物を送ってくれたことに対しては礼を述べねばならない。彼女の番号に電話を掛けると、2コール目でつながった。 「あ、ツクヤミくん?りんご届いた?」 「………届きましたが、この量は一体……」 「え!?好きじゃなかった!?」 「いや好んでは食しますがこの量は常識的に考えて」 「寮だよね?みんなで食べてね!」 「それは勿論善処しますがこれは」 「この間相談に乗ってもらったから!ありがとう!」 「………相談?」 相談と言われて思い当たるのは唯一つ。「上司に振られた」等と一方的にのたまっていたあの件だろうか。 「あれについては解決策を見出せたということですか?」 「うん。解決した」 「ホークスと上手くいったんですね」 「いや相手はホークスさんじゃなくてその」 「隠さなくとも」 「違うの!!あの人は上司!!最高に尊敬する最愛の上司!!」 「最愛の」 「はっ」 そもそもインターンの間も、この二人が給湯室や厠の前の狭い廊下で、親し気に耳打ちをしたりじゃれ合っているところを何度か目にしたことがある。隠す気があるのならばもう少し徹底的に隠すべきである。矛盾しているにも程がある。 そうは言うものの、男女の関係なのかと聞かれると断言はできない程度の距離感ではあった。ただ仲の良い職場の上司と部下と言われれば首を傾げながらも納得せざるを得ない距離感。絶妙な距離感である。 「ところで親戚にりんご農家でも?」 「いないよ」 「え」 「ツクヤミくんが好きだと思って送ったの。お礼に」 「………感謝します」 「届いてよかった。雄英、寮になって厳しくなったって聞いてるから届かないかもって思ってて……。わざわざ送り主にホークス事務所って入れたよ」 「入ってなかったら誰からか分かりかねるところでした」 「わたしの名前覚えてないの!?」 「ホークスは息災ですか」 「無視!?」 名前を憶えていないはずはないが、あえて話を逸らした。俺の名前は「ツクヤミ」ではない。俺の心境など知らぬとでもいうかのように、彼女は誇らしげに上司の近況を紡ぐ。自分の上司を心から誇っているとでもいうかのように。 「元気だよ!変わろうか!?」 「いえ」 「ビルボードチャート見た?あれで暴れたことによりフォロワーもアンチも増えたみたいで」 「拝見しました」 「あの言い方はないよねえ」 彼女の紡いだ音が、驚くほど柔らかく響いた。口では否定するものの、上司を心底愛おしく思っているようなその声色に、心を揺さぶられた気がした。 「………何故」 「うん?」 「何故、そこまで彼を」 俺の言葉は、途中で上手く音に成らずに止まってしまった。その音の余韻が残るうちに、彼女は紡ぐ。 「上司だから?」 「………」 俺の欲している言葉はそれではない。沈黙で彼女は悟ったようであった。彼女は何てことはないとでも言うかのように、今日の天気でも告げるかのように、呟いた。 「ひろってくれたから」 「………え?」 「あ!呼ばれちゃった!長々とごめんね!それじゃあツクヤミくん頑張ってね!」 「俺はツクヤミではなくツクヨミで」 台詞の途中で通話は切られてしまった。解せぬ。どこまでも勝手な人だ。そう思いながら俺は、りんごを見つめる。禁断の果実のその赤さは、彼の個性の色に酷似していた。 (180930) |