「名前ちゃんコーヒー淹れて」
「はーい」

 わたしの上司はソファに座りそう呟く。女だからってお茶汲みを頼まれるのは差別だと思わないこともないが、わたしはサイドキックではなく事務として雇われているのだからまあ仕方ない。だけれど飲み終わったマグカップを給湯室の流しに置きっぱなしにされるのは許せない。そう思いながらもわたしに指令を与えた上司はこの事務所の主であるので何とも言えない。わたしは作っていたデータを一時保存し、給湯室へ向かう。

「新しい豆だ!!」
「それこの間行ったカフェのやつ」
「あの週に二日しかやってないっていうあの?あそこのケーキ美味しかったですよね!」
「また行こっか」
「行きたい!」

 コーヒー豆やら茶葉やらが入れてある棚を覗くと、一番手前に見たことのない袋が置いてあった。新しい豆にはしゃいでいると後ろから上司の声がした。ここまで来るなら自分で淹れろよ……と思うがいつものことなので突っ込まない。袋を開けると、挽いてある豆のいい香りがする。わたしは味の違いはよく分からないが、この香りは割と好きだ。

「週に二日しか店開けないなんて、強気ですよね」
「道楽でやってるか拘りが強いかどちらかかな」
「なるほど」

 会話を続けながら手を動かしていると、後ろから覗き込まれた。

「皆の分?」
「頂いたチョコレートがあるんです。ついでに出そうかなって」
「どこのやつ?」
「石畳の」
「名前ちゃん好きなところじゃん。俺の分食っていいよ」
「いやいや!!いつも頂いてるのでホークスさん召し上がって下さい!適度な糖分はリラックス効果があり更に集中力もアップさせる効果があるって雑誌で」
「リラックス効果」
「リラックス効果」

 お湯を注ぎ終わったところで、お腹に手を回された。抱きしめられている。

「ちょ、ちょっと」
「……癒されたいから抱かせて」
「チョコレートあるって言いましたよね!?聞いてました!?」
「名前ちゃん香水変えた?」
「あっはいネットで口コミ2位のに」
「1位じゃないんだ」

 彼はきっと「またネットか」という顔をしているに違いない。“幸せを呼ぶ”やら“部下につけていて欲しい”やらネットにはものすごく良く書いてあったので、つい購入してしまった。わたしは呟く。

「前の方がいい?どうですか?」
「………両方いいと思う」

 思わずガッツポーズをしてしまった。それが見えていたらしい。わたしの上司はおかしそうに笑う。

「名前ちゃんリアクションが古いよね」
「え!?」

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「ホークスと仲直りしたんですか!?」
「エッ」
「いや昨日とは雰囲気が違うんで……」

 サイドキックの一人からの質問に、わたしは思わず机の上に置いてあった知恵の輪を手に取る。秒で解けた。

「すごいですね」
「こどもの頃はちょっとした人気者でした」
「ジグソーパズルもできる?」
「ピースが多いと腕が筋肉痛になりますよ」

 どや顔をするわたしを見て彼のサイドキックは笑う。

「だけどよかったです。二人とも態度には出されないですけど、いつもみたいにイチャイチャしてなかったんで…」
「いつもイチャイチャしてます!?どこが!?」
「まあ仲いいんだなって程度には」
「きょ、距離を置かなくては……」
「ですけどまあ、名前さんがこの事務所の中では一番古株ですしそういうものかなって」
「そういうもの?」
「ホークスのことを一番わかってるというか。信頼しているというか」
「何考えてるかわからないですけどね」

 わたしは微笑み、呟く。

「だけど理想の上司だし、最高の上司だって思ってます。だから最高の部下で在り続けなきゃいけないなって!」
「………感動しました……自分ももっと頑張らないと……」
「ともにこの事務所を盛り上げていきましょ!!目指せナンバーワン!!」
「いやいい話みたいになってるけど俺はもっと下位でいいから。20位くらいとか」

 ひとしきり盛り上がったところで、パトロールへ出ていた上司が帰ってきた。

「お疲れ様です!!」
「おかえりなさーい」
「ただいま」

 ねぎらいの言葉を掛けると、頭をぽんぽんと撫でられた。それを見て、彼のサイドキックは呟く。

「こういうとこ」

(180930)