「折角なのでスーツも新調しましょう」
「いやいいよ」
「吊るしでもいける……?いややっぱりオーダーですね。適当なスーツで会見をして印象が悪くなってもいけないし」
「いや会見三日後だから間に合わなくない?」
「それが間に合うんだな」

 病室で彼女はタブレットを操作している。有能な事務員であることは知っているし常々大変助かっているのだが、些か強引に事を進め過ぎである。

「羽根もないしオーダーする必要なくない?」
「ホークスさん、ご自身が一般的な男性の体型だと思われてます?スーツはジャストサイズじゃないとダサいですよ」
「え゛」
「伝手使いまくった結果、どうやら間に合いそうです。いまからここに採寸に来て頂いて、二日後にはお手元に届くよう手配しました」
「ちょっと速すぎない?」
「あなたの部下なので」

 褒めてほしいと言わんばかりの表情に思わず手が伸びる。頭を撫でると、嬉しそうに目を細められた。どうやら機嫌は治ったらしい。

 優しい人間を篭絡することは容易い。情に訴えかければすぐにこちらに傾倒する。なぜなら優しい人間だから。

 俺の大事な女の子は優しいうえに空気が読めるので、俺に何か思うことはあるだろうけれど一応は納得したふりをしてくれた。それに甘んじる自分は大変酷い男であるが仕方がない。彼女に泣きながら「もう危ないことはしないで」と言われてもできない約束をせずに言い包める自信はあるが、さすがにしんどい。俺は彼女に泣かれると大変困る。

 と、何度も特別扱いをして君が弱みだと口にしているのにも関わらず、この自己評価の低い可哀そうなくらい可愛い女の子はまるで理解していない。

 目が覚めて彼女が倒れたと聞いて、どれ程焦ったかだとか。警備が手薄な地元の病院に運び込まれたと聞いて、どれだけ肝を冷やしたかだとか。ジーニストさんから渡された彼女が作った資料を見て、有難いと思った反面、手を汚させてしまったと悔やんだだとか。ジーニストさんが「諜報員並みの情報収集力だな。ウチにも欲しい」と呟いた時に、どれほど焦って誤魔化したかだとか。彼女は何一つ知らない。知らなくていいとも思うが、少しだけ知ってほしいとも思う。どれだけ俺が君のことを大切に思っているのか、巻き込みたくないと思っているのか、少しくらいはわかってほしい。

「会見のこととかこれからのことを一緒に考えてくれるのは嬉しいけど、安静にしててよ」
「いやそれはこっちの台詞です。ホークスさんの方が重傷!」
「俺はヒーローだから」
「わたしはヒーローの部下です」
「俺の彼女でしょ」
「その前に部下」
「……」

 彼女が迅速に見繕ってくれたいくつかのサポートアイテムの中から選んだ首から口元までを覆う仰々しい装置は、キスをするときに邪魔になるのだろうなと思う。尤も、そんな機会はいつあるのかわからないけれど。

「わたし、男の人のスーツって好きです。だから楽しみ」
「……」

 その言葉たった一つで俺の機嫌は簡単に善くなるのだから、やっぱりフェアじゃないと思う。

(210502)