「僕 轟燈矢はエンデヴァー家の長男として生まれました」

 液晶画面の中では、半裸の男が質のよさそうなソファに座り芝居がかった口調で演説を行っている。

「エンデヴァーに連なる者も同様です」

 その言葉に女はキーボードを叩いていた手を止め、液晶画面を食い入るように見つめた。

「名前ちゃん、これ……、」
「………」

 一目見ただけで反社会的勢力であるということがわかる男は、画面の中で講釈を垂れている。真偽はわからないが、抑揚をたっぷりつけたわざとらしい話し方は世間を大いに揺らすだろう。

 広い事務所の中には、その女とサイドキックの二人だけが存在していた。事務所の他の人間は一斉襲撃作戦に参加するために出払っている。画面を見つめる、無力で弱い女に万が一のことがあったときの為にと留守番を命じられていたサイドキックは、知らなかったボスの情報に狼狽えている。

 長いようで短い、情報量が多いようで少ない、とにかく濃厚且つ一方的で無慈悲な電波ジャックはあっという間に終わった。電波が再び公共のものになった瞬間だった。いくつか引いてある電話回線が、一斉に鳴りだしたのは。

「はい、ホークス事務所です」

 女は動揺していたが、殆ど反射でワンコールで受話器を取った。サイドキックも同様に受話器を取る。二人きりの事務所では二人しか電話に出られない。電話が鳴り響く中で電話に出るのは、気が狂いそうだとサイドキックは思った。

「先ほどの電波ジャックの内容は本当ですか!?」
「取材をさせてください」
「このままでは安心できません」
「会見を開くべきですよね?」
「市民を騙していたんですか?」

 女は目を瞬かせ、無理に同棲に持ち込んだくせにクリスマスも誕生日も年末年始もバレンタインデーもホワイトデーも一緒に過ごせなかった、もう何か月も顔を合わせていない恋人のことを思った。そして唇を開く。

「ただいま、事実を確認中です。詳細が分かり次第皆様に誠意ある対応を致します」

 マスメディアがその言葉に怯むわけがなかった。まだ騒ぐ相手を流しながら、女は思考を巡らせる。クレーム対応は慣れていた。伊達にヒーロー事務所の事務職を何年もやっていない。彼女にとってはクレーマーに申し訳なさそうに相槌を打つことなど、スマブラをやりながらでもできる。容易かった。

 何とか電話を切り、あわあわとしている事務対応に慣れていないサイドキックを見つめて、女は呟いた。

「回線、切っちゃいましょうか。また繋げばいいですし」

 電話回線を探す女は気付かなかった。女が個人的に所有する端末に、個性を燃やし尽くされ満身創痍になったボスの容体の詳細を告げる着信が入っていることに。

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 事務所の電話回線を正しく引き抜き着信に気付いた女は、ボスが死の淵を彷徨っていると知り途方に暮れ―――なかった。途方に暮れているサイドキックを勇気づけ、事務所の関係者の安否や被害状況を確認した。

「ホークス……死んだら……死んだらあかん……!」
「あの人しぶといですから、大丈夫ですよきっと」
「ツクヨミくんが救ったって……頭が上がらん……恩人ばい……!」
「りんご送っておきます。箱で」

 女のデスクにありったけのモニターを並べながら泣いているサイドキックにお礼を言いながら、女はキーボードを叩いていた。女の個性は“分析”である。加えて、マルチタスクに非常に長けていた。クレームの電話を受けながらスマブラをすることよりは骨が折れるが、公安や警察など複数のデータベースに潜り込み情報を入手し、それを纏めることくらい造作もない。容易かった。

 個性を使ってはいけないと、ボスからは言われていたが仕方がない。危ないことはしてはいけない。心配させるようなことをしないで。口酸っぱく言われていた言いつけをほぼすべて破りながら、女はキーボードを叩いていく。破っていない言いつけは男と二人きりで酒を飲んではいけない、くらいだった。

 何かに集中していないと不安で死にそうだと思った。久しぶりに抱いた感情を、女は吟味する暇もなく懇意にしているサポートアイテム開発会社に連絡を取る。セントラルのデータベースに侵入しカルテを見たところ、ボスは酷い火傷を負っているようだ。目を覚ましても発声は暫く難しい。話すことが好きでせっかちなボスのことだ。筆談なんてさせたらストレスで死ぬだろう。そもそもペンを握れるかも怪しい。発声を補助するようなアイテムをいくつかピックアップし、セントラルへ送るように手配をした。

 纏まった資料を誰に送ろうか考えたところで、ベストジーニストへ送ることに女は決めた。違法アクセスして手に入れた情報をふんだんに盛り込んだ資料を現役プロヒーローに送るという行為はなかなかスリリングであったし、もしかしたらお縄になるかもしれないなと女は一瞬危惧したが開き直った。就職してから知恵の輪かルービックキューブくらいでしか使っていなかった個性をぶっ通しで使っているのだ。完全にハイになっていた。飲まず食わずでぶっ通しで個性を使いベストを尽くした女は、最高級品質のとにかく美味いという林檎をお買い物かごに入れて決済を完了させたところでぶっ倒れた。何の因果かその同時刻に、ボスは目を覚ましていた。誰も知らない事実であるが、運命的な偶然である。

(210425)