「これ、よかったらどうぞ。うちの付録持ってきたんですよ」
「どーも。事務に女の子いるんで喜ぶと思います」

 胡散臭いほどに爽やかな笑みを携えているその男は、俺の背を見て呟く。

「自分も個性が羽なんですよ。鳥仲間ですね。なんだか親近感が沸くなあ。あ、ヒーロー相手に親近感なんて馴れ馴れしいですね、すみません」
「いえいえ」

 馴れ馴れしく距離を詰めたことに対して、全く申し訳なさそうではない。軽すぎる謝罪を受け流したベストなタイミングで、“事務の女の子”がコーヒーを持って現れた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 名前ちゃんはいつも通りの100点満点の笑顔でコーヒーを出している。可愛い。それを思ったのは向かいに座る来客も同じようであった。食い入るように彼女を見つめている。

「よかったら付録を持ってきたので使ってください」
「付録?」
「これ貰ったよ」

 彼女は目を丸くして、袋を手に取る。そして嬉しそうな声をあげた。

「かわいい!え、これ付録なんですか?すごい!」
「こんなに喜んでもらえると持ってきた甲斐がありますね」
「雑誌はいつも電子書籍派なんで嬉しいです!」
「そうなんですか。ちなみに理由を聞いても?」
「捨てるのが大変じゃないですか。紐で縛るのとか」
「一人暮らしなんですか?」
「そうなんですよ」

 ものすごく会話が弾んでいる。女の子がそんなに簡単に「一人暮らしなんです」と言ってはいけないと、俺は彼女に言ったことがあっただろうか。そう思いながらじっと彼女を見つめていると、俺の視線に気づいたようだった。

「邪魔してごめんなさい。それでは失礼します」

 彼女がその場から去った後、耳打ちするように潜めた声を向けられた。

「めちゃくちゃ可愛いですね。彼氏いるんですか?」
「いるんじゃないですかね?」

 さらりと流すと、その男は察したようであった。


「うちは女性誌なので普段の取材とは少し違う趣向の質問もあるかもしれませんが」
「できる限りはお答えできるかと思います」
「恋愛観とか。どうです?」
「あまり考えたことないですね」
「速すぎる男って呼ばれてますけど、プライベートでもそうなんですか?例えば気になる子がいたらとにかくスピード勝負でガツガツ距離を縮めていくとか」
「まあ、それはあるかもしれないですね」
「掴めないなあ。具体的にこういう女の子が好き、とか。ぐっとくるっていうのあります?」

 自分のデスクに座り、キーボードを叩いている彼女を見つめる。目の前の男は俺の視線の先をたどった後に、含んだような笑みを浮かべた。

「………職業柄、逃げられたりあしらわれたりされた方が、追いかけたいと思うことはあるんじゃないっすかね」
「ヒーローの狩猟本能ってやつですか?」
「まあ。欲しいものは割と手に入れたい方なんで。我慢できないんですよね」
「肉食でいいですね。割と一途なタイプですか?」

 彼女を見つめるが、彼女が俺の視線に気づくことはない。

「そうですね、一途だと思います」

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「いやーすごくよかったです。お忙しい中ありがとうございました。また記事のチェック出来上がったら伺います」
「いやいいですよ。メールとかで。わざわざ出向いて頂かなくても」
「名刺頂けますか?えーっと、名字さんでしたっけ」

 その男は振り向き、彼女の名前を呼ぶ。彼女は目を数回瞬かせた後、微笑んで名刺を手渡した。

「どうぞ。こちらのアドレスにご連絡ください」
「名字……名前さん。いい名前ですね。名前さん」
「ありがとうございます。外までお見送りしますね」
「名前ちゃん、俺が行くからいいよ」
「えっいいですいいです!上司に!そんなこと!」
「いいからいいから」

 ここで二人っきりにさせたら確実に彼女はこの男に連絡先を聞かれるだろう。そう思い、いけ好かない男を外まで見送り仰々しく頭を下げる。早く帰れ。

「わざわざ外まですみません。ヒーローに送っていただけるなんて」
「いえ。“鳥仲間”ですから」
「そうでしたね」

 その男は人当たりのいい笑みを浮かべる。そして呟いた。

「だけど羨ましいな。一途っていうのは」
「そうです?」
「ええ。自分は人のものが欲しくなる性質なんですよね」

 目の前の男は、これ以上なく爽やかな笑みでぶっ飛んだことを呟く。思わず引いたような笑みを浮かべてしまった。――この男、倫理観がぶっ飛んでやがる、と。

(181008)