「彼氏、試験どうだった?」
「仮免?受かったみたい」
「よかったね!おめでとう!わたしの彼は落ちちゃったらしくて」
「そうなんだ……」

 ヒーロー科に恋人を持つという共通点を持っているわたしとこの友人は、中々に親密な関係であると言える。と思う。普段の属しているグループは別であるが、恋愛の悩みなどを相談するときは放課後にお茶をしたりする。環境や境遇が似ている人間とは仲間意識を持つものである。とはいっても彼女は学内に恋人がいて、わたしは他校であるが。

「一つ年上の他校のヒーロー科の彼氏って、めちゃくちゃかっこいいよね。響きがすごい。とにかくすごい」
「そうかな?」
「そうだよ。出会いも運命的だったんでしょ?」
「そんなことないよ、運命じゃないよ」
「気分が悪くなってた時に助けてくれるなんて、漫画みたいで憧れるよ」
「そういえば彼とどうやって出会ったんだっけ?」
「わたしは、体育祭でわたしのために一位とってねって言いに行ったよわざわざ。全く運命的ではない」
「肉食系だよね案外……」
「そんなことないよ」

 そんなことないよと微笑む我がクラスのトップの成績を持つ彼女はものすごく人当たりがいい。彼氏があれほどの有名人であるというにも関わらず、周りから妬まれないのは彼女の人当たりの良さがあるからだろう。同性にも異性にも好かれるのはものすごく羨ましい。ひけらかすわけでもなく、時には自虐で笑いを取り嫌味がない。すごい女の子である。

「話聞いてるとすごくできた彼氏だなって思うよ。優しくて誠実。外見も爽やか。イケメン。褒めるところしかない」
「そうだよね」
「うん」
「わたしには勿体ない人だよね」
「いやめちゃくちゃお似合いだよ。絶対に逃してはいけない」

 彼女は真面目な顔で呟く。わたしはその言葉がおかしくて、声をあげて笑った。

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「せんぱい?」
「ごめん、ぼうっとしてた」

 仮免試験という一つの大きな行事が終わり、恋人は疲れているようであった。労わるように声を掛けると、繋がっていた手をぎゅっと握り返された。その時だった。身体が揺れるのを感じたのは。

「……地震?」
「少し揺れてる?」
「そんな気がする。こわい」

 隣の先輩の腕にしがみつくと、先輩は庇うようにわたしを抱きしめてくれる。胸元に顔を埋める。先輩の香りは、酷く安心する。

 雄英が全寮制になる前までは、家が近いので先輩とは頻繁に会っていた。夜に会いに来てくれたこともあった。だけれど、寮制度になってからは会える時間は限られてしまった。寮には門限があるし、先輩の通う学校とも距離がある。

「俺が名前ちゃんを守るよ」
「ほんとですか?」
「うん。出会った時みたいに」
「あの時、助けてもらえてすごく嬉しかったです」
「俺も。運命的な出会いだなって思ったよ」

 ――わたしは、この恋が、運命ではないと、知っている。この恋が作られたものだと、知っている。この人の個性を知っている。だけれど白々しく、知らないふりをしている。

「せんぱい」
「名前で呼んで」
「……揺くん」
「名前ちゃん」
「誰かに見られちゃいます」
「誰も見てないよ、揺れてるからそれどころじゃない」

 誠実な顔で平気で嘘を吐くわたしの恋人は、わたしを抱きしめる腕を強くする。わたしはともかく、この人はセミプロなのだから。ヒーローになる人なのだから。誰かに見られてはいけない。そう思うけれど、わたしは騙されたふりを続ける。

 優しくて、紳士的で、誠実な、恋人。わたしの前での彼は、恋人としての理想そのものだ。騙されてもいい。この人がわたしを騙していてもいい。いくら詭弁を並べていても、わたしを守るという言葉を信じたいと思ってしまう。そう思うくらいには、わたしはこの人に溺れている。

 騙す方だけが悪いのではない。騙されていると知りながらも、相手を咎めないわたしも、きっと同罪だ。そう思い笑う。罪?これは罪じゃない。恋だ。運命じゃない、作り出された、ただの、ありふれた、恋だ。

(180805)