真堂揺という男は、爽やかで誠実という外面を被ってはいるが、その外面を剥がせばただの普通の男である。いい人だとか爽やかだとかイケメンだとか、そう言われる為にそんな自分を演出している。誰が見ても模範的なヒーローに見えるように。ヒールな内面を隠して。

 しかし「爽やかなイケメン」を演出するとは言っても、四六時中仮面を被り続けるのは難しい。日常生活では容易だ。だが戦闘中など余裕がなくなるとそうもいかない。クラスメイトに「こすい」と形容されることもある内面が零れ出てしまう。それはある程度は仕方のないことであると諦めている。それが他ならぬ自分の本性だからだ。

 だけれど真堂揺にとって、唯一「爽やかで誠実なイケメン」であり続けたい存在がいる。その存在の前では「こすい」と言われることもある本性が露呈するのは絶対に避けたい。彼女――名字名前の前では、どうしても。

「真堂先輩」
「名前ちゃん。ごめん待たせて」
「大丈夫です。久しぶりに会えてうれしくて早く来ちゃった」

 真堂揺の恋人である名字名前は雄英高校の経営科に通っている。学年も学校も違う彼女と真堂揺が初めて言葉を交わしたのは、数か月前のことであった。家が近く最寄り駅が同じであったため、通学中に駅で顔を合わせることが多かったが、あくまで他人である。そんな二人が言葉を交わすきっかけになったのは、ある日“偶然”通学中に起きた地震が原因であった。

「ゆ、揺れてる……?」
「大丈夫?」
「あ」

 地震の揺れに気分が悪くなっていた名字名前の身体を支え、落ち着くまで一緒にいると言った真堂揺の笑顔は、彼の目指す「爽やかで誠実なイケメン」としては満点の出来栄えであった。鏡を見て今の表情をチェックしたいとひっそりと思った程である。その笑顔に名字名前も警戒心を解き、二人はこうして言葉を交わし、いつしか心を通い合わせるようになったのであった。

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「ヨーくん、昨日のデートはどうだった?」
「別に普通だよ」
「彼女の前で本性出せた?」
「出すわけないだろ」

 クラスメイトの中瓶畳の言葉に、真堂揺は何てことはないとでもいうように呟く。

「彼女のことちょう大事にしてるもんね、ヨーくん」
「当然だろ?」
「彼女だからこそヨソ行きの顔はやめた方がいいと思うけどなあ」

 真堂揺はいつもの表情で笑う。すると別のクラスメイトが呟いた。

「彼女ってあの個性使って手に入れたっていう雄英のめちゃくちゃ可愛い子?」
「人聞きが悪いな。偶然だよ偶然」
「悪い男に捕まって可哀そうに」
「俺ほど紳士的で誠実な男はいないよ」
「本当に紳士的で誠実なら自分で言わない」

 中瓶畳は呟く。

「もしもその――名前ちゃんが、ヨーくんのこすい性格を知って別れたいって言ったらどうするの?」
「それはその時考えるさ」
「悪い顔!」

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「せんぱい?」
「ごめん、ちょっとぼうっとしてて」
「疲れてます?仮免試験も終わったばっかりだし……」
「疲れてるときに名前ちゃんに会うと癒されるから」
「ほんとですか?うれしい」

 花が咲くように笑う名字名前の表情を見て、真堂揺は握る手の力を強める。

「……地震?」
「少し揺れてる?」
「そんな気がする。こわい」

 些細な揺れにこわいと呟き、腕にしがみつく恋人を守るように抱きしめる。真堂揺は彼女に表情が見えないことを確認し、ヒーローらしからぬ悪い顔で呟いた。

「俺が名前ちゃんを守るよ」

(180805)