「爆豪くん」
「あ?」
「どうしたのそれ」
「何でもねーわ、ジロジロ見てんじゃねえ」
「いや見るよね」

 待ち合わせに現れた彼の両方の掌には、仰々しく包帯が巻かれている。これでは今日のデートで手は繋げない……どころではない。仰々しすぎる。そもそも彼が人前で手を繋いで歩いてくれることはないのだが。

「どう見ても大怪我じゃん。今日のデート辞めとく?」
「うるせーな平気だわ!俺を心配するんじゃねえ!」
「気が立ってるなあ。反抗期かね」
「ババアみてーな口調やめろ!」

 怪我のことに触れたのは地雷だったのだろうか。こっそりノールックで事情に詳しそうな彼のクラスメイトに連絡を入れる。返信が速そうだという理由で選んだ電気くんは、期待通り返事が早かった。彼にばれぬように液晶画面をチェックする。どうやら先日の授業で色々あったらしく、個性を無理に使い掌を負傷したらしい。リカバリーガールからは、少なくとも3日は個性の使用を禁止されているとのこと。熱くなることはあっても何やかんや色々考えている爆豪くんにしては珍しい。何か彼の地雷を踏みぬくような出来事があったのだろうか。詮索しても仕方がないので、わたしは彼を見つめて呟く。

「手、繋げないね」
「繋がねーわ」
「それもそうか。じゃあ行こうか」

 4月20日。土曜日。爆豪くんのお誕生日である今日は、ここから少し離れた雰囲気のいいお店を予約してある。が、この怪我では食事がとれるのだろうか。わたしは呟く。

「ちなみにご飯はどうやって食べるの?」
「フツーに食える。掌がアレなだけで指先は動く」
「掌がアレ」
「あ?何か文句あんのか」
「食べれなかったら食べさせてあげようかなって」
「はァ?寝言は寝て言え」

 相手が彼のクラスメイトだったら、きっと殺すだとか死ねだとか言われているのだろうなあ。彼女であるわたしにはまだマイルドな言葉遣いなのかなあ。まあ何でもいいか。そう思いながらわたしは電車の乗り換えを調べることにした。

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「………気合が入りすぎだろ」
「いいじゃんたまには。今日は特別だからね」
「………」

 爆豪くんは、お店の外観を見て若干引いている。今日のお店は、海に浮かぶように作られたカフェである。客席側は全てガラス張りになっており、どの席に座ってもオーシャンビューを楽しめるらしい。船をイメージしているらしい外観はとてもフォトジェニックだし、海の上に作られているので桟橋を渡るというのもなんだかデートっぽくて素敵である。一言であらわすと、非日常が過ぎる。そんな感じである。

「敷居が高すぎんだろどう考えても」
「お昼は割とリーズナブルなんだよ、大丈夫大丈夫」
「………」
「この間株でちょっと稼いだから大丈夫」
「金の出所を心配してるわけじゃねーわ!!」

 場所のチョイスを間違えただろうか。焼肉の方がよかったかなあ。だけれど予約をしているのだから仕方がない。焼肉はまた食べに行けばいい。そう思いながら彼を宥めつつお店に入る。ちなみにデザートにケーキを出してもらう手はずにはなっているが、あまり仰々しいサプライズにはしないようにとお願いしてある。店内のお客様全員でハッピーバースデーを歌うだとか、そういった展開になったら絶対に爆豪くんは暴れる。フラッシュモブなんて地雷中の地雷だろう。

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 包帯を巻いていたとしても器用に食事を終えた爆豪くんに感心したところまではよかった。デザートのケーキを待っている間までは、本当に幸せだったのだ。そう、外で大きな爆発音が聞こえるまでは。

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「全員手を挙げろ!人質がどうなってもいいのか!」

 ナイフを人質の首元に突きつけているその男は、敵というよりは自棄になった素人というような風貌であった。素人一人ならば、人質がいると言えど仮免を持っている爆豪くんの“敵”になるはずもない。爆豪くんは個性も使わずにその素人の隙をつき、数秒でその場を収めた。問題は、その後である。

「大人しくしろクソモブ。警察には通報した」
「………ははっ、」
「あ?」
「通報しても意味はない。唯一ある橋は爆破した。この店にも、爆弾を仕掛けてある。全員死ぬ」
「………あ?」
「自分も死ぬつもりだった。もうすぐここは木端微塵になる」

 その男の演説を聞いた瞬間、カフェの中はパニックとなった。客もスタッフも関係なく入口はごった返している。わたしは敵を拘束している彼に近づき、呟く。

「ば、爆豪くん」
「名前、警察に連絡しろ」
「わ、わかった」

 正直わたしもパニックになっているところであるが、震える手で警察へ連絡をする。落ち着け。経営科といえども、雄英の生徒なのだから、気丈でいないといけない。深呼吸をして、唇を開き、拙い言葉で状況を伝える。

「爆発まであとどれくらいだ、答えろクソモブ」
「海の上で死にたかったんだ。だけれど一人で死ぬのは寂しいから、できるだけ多くの人と」
「答えろ!!」

 爆豪くんが尋問している声が、電話の向こうにも聞こえたらしい。海の上とは言え、桟橋で渡れる程度の距離である。すぐに救命ボートを手配するとのことであった。未だに混雑しているカフェの入り口を見ると、泳いで非難している人が数人見受けられた。泳げない距離ではないだろう。だが泳ぎ切る自信はない。そう考えていると、船やヘリコプターがこちらへ来るのが見えた。テレビで見たことのあるヒーローの姿もいる。助かりそう、そう思った瞬間だった。

「名前!」

 爆豪くんがわたしを呼ぶ声と、大きな爆発音が響いたのは同時だった。自分の身体が、宙に浮くのを感じた。

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「………っ、いたた、」
「名前!」

 この人がわたしの名前を呼ぶのは珍しいなあ。そんな場違いなことを思った。窓ガラスは割れ、周りは火の海となっている。今にも建物は崩れてしまいそうだ。これは泳げないかもだなんて、悠長なことを言っている場合ではないかもしれない。

「怪我は」
「たぶん、平気。爆豪くんは、」
「舐めんな。早くここから出るぞ」
「ど、どうやって」

 あたりを見渡すが、煙で何も見えない。爆豪くんは呟く。

「ヘリも船も、この状況じゃ近づけねえだろ。泳げるか」
「………たぶん」
「無理だろーな」
「泳ぐよ!」

 煙を吸っているからか、意識が朦朧とする。泳ぐと言ったが、現実的に岸まで泳ぎ切れるわけがないだろう。わたしの様子を見て、爆豪くんは呟いた。

「テメェを担いで飛ぶ」
「……は!?飛ぶ!?何言ってんの!?無理に決まって、」
「個性使えば余裕だわ」
「ま、まって!」
「あ?」
「爆豪くん怪我してるでしょ!個性使ったらダメなんでしょ!?」
「ンなこと言ってる場合じゃねーだろ」
「三日はダメって聞いた!だから、」
「うるせえ暴れんな」
「ちょ、」

 爆豪くんは強引にわたしの身体を荷物の様に担ぎ上げたあと、呟いた。

「しっかり捕まってろ。俺から離れようとしたら、殺すぞ」
「………っ、うん、」

 空を飛んだのは、生まれて初めてだった。そんな詩的な感想が生まれるはずもない。ただ必死で、爆豪くんの背中にしがみつく。離れないように。

 “「いつか、きちんと、彼の手を離してあげないとって、思います」”なぜだか、自分がかつて八木さんに呟いた言葉を思い出した。どうしてこんな時に思い出したのだろう。わからないが、わたしはいずれ彼の手を離さなければならないのに。それなのに、今はこんなにも強くしがみついている。彼の掌を犠牲にして。そんな自分が堪らなく嫌で、だけれど――、

 あなたが好きで仕方がないと、思ってしまった。あなたの時折見せる優しさに触れるたびに、あなたの好きなところを見つけるたびに、心が痛んで仕方がない。その痛みに慣れてしまう前に、わたしはあなたの手を離せるのだろうか。

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「怪我は!?大丈夫だった!?」
「うるせえ心配するんじゃねえ」
「心配するよ!彼女なんだから!」
「………」

 あの後、病院よりもリカバリーガールに見てもらう方がいいという彼に従い学校へ戻った。保健室から出てきた爆豪くんは、わたしの言葉に意外だとでも言うかのように目を瞬かせている。

「大きな声出してごめん。あと、せっかくのお誕生日だったのにごめんね」
「そういえばそうだったな」
「ケーキも結局食べれなかったし……」
「仕方ねえだろ」

 爆豪くんは特段嬉しそうでもなく、普段通りのテンションである。わたしは言っていなかった言葉を呟く。きっと彼の表情もテンションも、揺るがないことはわかっているけれど。

「爆豪くん」
「あ?」
「お誕生日おめでとう」
「………あァ」

 少しだけ表情が柔らかくなったような気がするのは、気のせいだろうか。気のせいであってほしい。また、心が痛んでしまうから。

(190511/happybirthday!)