「………あ゛?」
「こんばんは」
「…………は?」

 忌々しい謹慎期間も漸く終わり、予習に時間を費やしている時であった。普段ならば眠っている時間である。控えめに部屋のドアをノックされ、クソ髪かアホ面あたりが訪ねてきたのかと思いドアを開けると、ドアの外にいたのは予想もしない顔であった。

「……ンでお前がここに」
「お邪魔します」
「おい」
「大声出したらばれるから!!静かに!」
「………」

 名字名前は強引に俺の部屋に入り、何やら身に着けていた黒いマントを脱ぐ。いつも見ている制服でも私服でもなく、何やら触り心地のよさそうな部屋着のような服装である。とりあえず目に映ったマントを指摘する。

「何だそのクソだせェのは」
「透明マントだよ」
「は?」
「サポート科の子に借りたの。透明マント」
「いや全く透明じゃねーだろ」

 何の変哲もないクソダサい黒いマントである。

「監視カメラ越しに見ると透明に映るんだって。光の屈折やらなにやら。説明聞いたけどインテリすぎて忘れちゃった」
「雑にもほどがあるだろ」
「今週サポート科との合同授業があるんだよね。そのペアの子が開発してたから借りたの。だけどこの透明マントをテーマにするのはだめだな。膨らませづらいから別のテーマにしよ」
「はあ!?」
「サポート科の子が開発したアイテムの有用性と実用性、あと商品化するにあたっての問題点をプレゼンするんだけど」
「聞いてねえわ!!そういうことじゃねーよ!」
「てゆか声大きくない?寮の壁って分厚い?」
「知るかよ」
「小声になった」
「うるせえわ」

 名字名前は俺の部屋をしげしげと見つめた後、呟いた。

「爆豪くんらしい部屋だね」
「……ンなことより何の用だ」
「会いたくなったから来ちゃった」
「はあ!?」
「座っていい?座るね」

 名字名前は俺の返事を聞くことなく、ベッドに腰かける。突っ立っている俺を見て呟いた。

「座らないの?」
「………」

 舌打ちをして隣に腰かけると、名字名前は笑う。

「爆豪くん何だか忙しそうだったから。新学期始まってからなかなか会えなかったし」
「……」
「たまたま透明マントが手に入ったから来ちゃった。すぐに返さなきゃいけないからこんなことはもうできないけど」
「………」

 名字名前は楽しそうにけらけらと笑う。いつも通りの笑みであるが、何かがおかしい。そもそも、この女が規則を破るリスクを冒してまで俺の部屋を訪ねる理由が解せない。会いたくなったから来たと言う性格でもないだろう。

「………何の真似だ」
「何が?」
「何考えてやがる」

 怪訝そうな表情をして睨みつけても、この女が怯むことはない。それどころかぐっと距離を縮め、俺の目を覗き込んだ。

「バレたら問題になるだろーが」
「バレないよ、そんなに詰めが甘くないもん」
「随分な自信だな」

 名字名前はその言葉に笑った後、唇を開いた。

「ぎゅってして」
「………あ゛?」
「お願い」
「………」

 この女は本当に名字名前なのだろうか。そう思い目の前の女に手を伸ばす。香りも、体温も、すべて他ならぬ名字名前のものであった。確かめるために触れただけであって、この女の言いなりになったわけではない。断じて。

「爆豪くん」

 彼女の声は、酷く甘ったるく、俺の部屋に響いた。この女は危機感など知らぬとでも言うかのように、無遠慮に身体を押し付けてくる。

「オイ、離れろ」
「やだ」
「………あ゛?」
「やだ。もっとぎゅってして」

 至近距離で瞳が交わる。思わず唇に吸い付くと、名前は俺の首に手を回した。

「………何の真似だ」
「何が?」
「俺に迫る理由を言え」
「何それ」

 唇が触れそうな距離で、名前は笑う。俺は可能性の低い一つの仮説を呟く。

「同情してんのか」
「どういうこと?」
「謹慎とか仮免のこととか知ってんだろ」

 名前は俺の言葉に目を細め、呟く。

「してほしいの?」
「あ゛?」
「同情」
「ンなわけねえだろ」
「だよね」

 目の前の女は、俺の額に唇を寄せる。自分の個性のことについて同情されることを望んでいない女だ。やはり俺の同情などしていないらしい。

「じゃあ何の真似だ」
「別に理由なんてないよ。…強いて言うなら、」
「あ?」
「………何でもない」

 名前は目を細めた後、俺の身体に縋りつくように手を伸ばす。

「わたし、普段は眠るときはジャージなの。中学の」
「は?」
「これは夏のセールの時に、ジェラートピケで買ったの。可愛いでしょ。ワンピース」
「………知るかよ」
「もこもこしてるから触ってもいいよ」

 背中に回した手で、彼女の背中を撫でる。確かに触り心地は、悪くない。

「何でかな」
「あ?」
「何で会いに来ないとって思ったのか、抱きしめられたいって思ったのか、上手く説明できない」

「だけど、きっと」

「爆豪くんの一番近くにいたいって思ったからかな、たぶん」

 名前は目を細めて笑った後、俺の肩を押した。視界が反転し、天井と彼女の顔が映る。

「わたしをあなたのものにして」
「………とっくに俺のモンだろーが」
「物理的に?」

 唇に触れ、上に乗りあげている女を押し倒す。――目の前の女を、正しく自分のものにする為にだ。この女の言いなりになっているわけではない。断じて。

(180926)