兄のようなヒーローになる。幼いながらに、兄の背中ばかりを追っていた。 「僕の家はヒーロー一家なんだ」 「そうなんだ、すごいね」 生まれながらにして、自分の将来は決まっていた。その道に進むのは当たり前だった。胸を張って誇る僕の背中を後押しするのは、いつも幼馴染の女の子であった。 「飯田は真面目だし、すごいヒーローになれるよ」 彼女はいつも、僕の背中を押してくれた。僕の自慢話にも笑顔で相槌を打ってくれる彼女との会話は、酷く楽しく心地の良いものであった。 「君もなれるさ!」 「わたしも?無理だよ」 「いや、なれる!無理なんて決めつけるのはよくない!」 「じゃあ、なれるのかな」 その話をしたのはいつだろう。思い出せない。 ; 「飯田!体操服貸してほしい!」 「………はァ!?」 どうして爆豪君が反応するんだ。そう思いながらヒーロー科を訪ねてきた幼馴染の頼みを聞くべく、俺はロッカーを開ける。 「忘れたのか?全く!忘れ物はよくないぞ!」 「洗ったら乾かなかったの!隣のクラスの子に借りようと思ったけど、今日は2クラス合同だから借りれなくて……」 「そもそもサイズが違うだろう!」 「大は小を兼ねる」 「ま、まあそうだが」 「だって体操服貸してなんて言えるほどヒーロー科の女の子と仲良くないんだもんー!」 うっうっと泣き真似をする幼馴染を横目に、体操服を渡す。大は小を兼ねるというが、俺と彼女ではサイズが違いすぎる。その時であった。爆風が舞ったのは。 「オイ」 「あっ爆豪くんだ!元気?」 「元気じゃねーよ!爆破されてえのか!」 「元気じゃん」 「………」 爆豪君は彼女の適切な突っ込みに黙った後、青い物体を投げた。体操服である。 「えっ!爆豪くん貸してくれるの!?」 「一刻も早く返さねーと殺す」 「洗濯して返すね!」 「午後から着るからいい」 「え!?………絶対に汗をかかないようにしないと」 「汚したら殺す」 「…………じゃあ飯田に借りる」 「ベストを尽くせっつってんだよ!」 ぐいぐいと彼女に体操服を押し付けている爆豪君に、彼女は苦笑いをしている。そして呟いた。 「じゃあ借りるね。ありがとう!」 手をひらひらと振って教室に戻っていく彼女を見て、爆豪君はぽつりとつぶやいた。 「他の男に尻尾振ってんじゃねーよ」 「‥……名前ちゃんには尻尾はないし、振っているのは手じゃないか?」 「っせーよ!てめーも何で貸そうとしてんだよ!殺すぞ!」 「困っている人を助けるのはヒーローの務めだ!」 「理屈で返してんじゃねーよ端役が!」 なぜ俺を攻撃してくるのか。全く意味が分からない。俺は幼馴染に親切にしただけだというのに。 「爆豪の彼女、飯田の幼馴染なんだな」 「あァ!?彼女じゃねーよ」 「えっじゃあ俺に紹介して!」 「しねーわ殺すぞ!」 軟派な物言いに呆れていると、上鳴君は口を開く。 「だけどいいよなあ。可愛い幼馴染。昔から変わんねーの?」 「変わらない?」 「ずっとあんな感じなん?爆豪に絡みに行く時みたいに」 「………」 彼女が、ずっと、このような性格であったかという質問には、頷きかねる。高校に入学し、角が取れたようには思う。だが、時折、彼女は鋭さを見せるときがある。 「そうだな」 個性の話をするとき、彼女は必ず鋭さを見せる。いまだにコンプレックスなのだろう。彼女のコンプレックスは、未だに俺の記憶にも爪痕を残している。 「飯田、わたし、ヒーローにはなれないみたい」 彼女がそう呟いたのは、いつだっただろうか。 「なれるさ!諦めるな、名前ちゃんだって、絶対に――、」 「なれないよ」 「俺は信じている」 「………なれないよ」 物心ついた時から、ヒーローになることを夢見ていた。その志は今でも変わっていない。自分の一番近くにいた幼馴染を、決して救えないと知ったとしても。俺のその思いは、変わらない。 「わたしはヒーローにはなれないよ」 俺はそのときの彼女の表情を、一生忘れないだろう。自分の一番大切な女の子を、救えなかったことを。 (170305) |