「いたた………っ、」
「名前!」

 不本意極まりないが半分野郎と共に敵二人を倒した後、序盤に切島と一緒に敵に吹っ飛ばされた名前のもとへ向かう。切島が彼女を庇うようにしていたのは見えたので、大事には至っていないはずだ。

「………怪我は」
「足が、ちょっと」
「………」

 出血している。患部を見ると、大事には至っていない。血もすぐに止まりそうだ。だが痛いことには変わりないだろう。この女は歩けるのだろうか。そうぐるぐると考えを巡らせていると、名前は俺の破れたシャツを見て呟いた。

「爆豪くんは?大丈夫?シャツがえらいことに」
「余裕だわなめんな」
「それはよかった」

 名前は微笑んだ後、呟いた。

「足、傷残っちゃうかな」
「あ?」
「痕が残ったら嫌だなって」

 痛みよりも傷のことを心配するくらいだ。痛みはそこまで酷くはないのだろう。それとも場を和ませるためにそう嘯いたのか。この女は本音を隠すのが上手い。わからない。

「別にどうでもいいだろ」
「よくないよ」
「俺は別に気にしねえわ」
「………え」

 名前は目を丸くする。それを気に留めず、彼女を背負うべく手を引いた。

「乗れ」
「え」
「歩けねえだろ、行くぞ」
「ま、まって!」

 名前は焦ったように呟く。俺は舌打ちをする。

「時間がねえだろ」
「ああ、緑谷達は最上階に向かってる」
「敵は何人いるんだ?やべーよな……」

 切島と半分野郎の言葉に、名前は呟いた。

「わたしは大丈夫」
「………あ?」
「歩けないからここで待ってる」
「はァ!?何言ってんだてめーは、また敵が来るかもしれねーだろーが!」
「大丈夫。わたしは死んだふりが得意だから」
「茶化してんじゃねーよ!」

 腕を引くが、名前は動かない。

「わたしは足手まといになるでしょ。わたしを運びながらだと爆豪くんは全力で戦えない」
「余裕だわ!」
「だから置いて行って。お願い」
「………っ、できるわけねえだろ!」

 俺の言葉に怯むことなく、名前は微笑む。この女は、きっと意地でも自分の意志を曲げないだろう。それが癪で、癪で、仕方がない。

「オイ爆豪、」
「時間がもう」
「うるせえ!」

 怒鳴り散らした俺を見て、名前は俺の首に手を回す。そのまま縋るように抱き着かれ、至近距離で視線が交わる。唇に、何かが触れた。

「わたしは大丈夫」
「………っ、」
「だから行って、ヒーロー!」

 名前は俺の胸を押す。きつく目を瞑る。

「お前の周りに氷の壁を作っておく。何もないよりはマシだろ」
「ありがとう」
「き、き、き、き………っ、」
「ごめんね変なもの見せて。忘れてね」

 怒りに任せ、システムに異常を来しているのであろう、襲い掛かってくるロボットを爆破する。半分野郎が、名前の周りに氷の壁を作っていく。氷で彼女の姿が、どんどん見えなくなっていく。

「名前!」
「うん?」
「片付けてすぐに迎えに来てやる。だから大人しく待ってろ」
「………うん」

 名前が微笑んだのを確認した瞬間に、氷で彼女が見えなくなった。俺は一度舌打ちをしたあと、前を向く。一刻も早く、ここへ戻らなければならない。

 ――これが初めてのキスであり、初めて――。初めて、誰かに「ヒーロー」と呼ばれたのだと俺が気づくのは、まだ先の話である。

(180811)