「本当に爆豪くんと付き合ってないの?」
「うん」

 鏡の前でヘアセットをしている名前ちゃんは、さらりと呟く。そして着替え終わった私を見て呟いた。

「わあ、お茶子ちゃん可愛い!ドレス似合うねー!」
「借り物だけどねー!名前ちゃんのドレスも可愛い!黒だとシックな感じでいいね!」
「思ったより老けて心配だよ」
「そんなことないよ、大人っぽくて綺麗だよ!」

 名前ちゃんは目を細めて呟く。

「ティファニーで朝食をっていう映画で、オードリーヘップバーンが黒いドレス着てるの」
「そうなの?」
「うん。だから憧れてたんだあ。リトルブラックドレス」

 黒一色のひざ丈のAラインのドレスは、ものすごく名前ちゃんに似合っている。首元はボートネックになっており、オフショルダーなので首から肩のラインに目が行く。真直ぐな鎖骨の形も。同性でもじっと見つめてしまうくらいだ。普段から大人びている子だとは思っていたけれど、ドレスを着るとそれがさらに顕著だ。大人っぽくて、なんとなく、色っぽい。

「お茶子ちゃんも髪の毛やる?」
「私は短いから、痛くなっちゃうんだあ」
「確かにボブだと縛ると痛いもんね……」
「この髪飾りをつけようと思ってる!」
「えー!可愛い!ドレスと合ってるね!」

 名前ちゃんは口紅を塗りながら笑う。私は先ほどの続きを呟く。

「それよりも何で付き合わんの!?普段あれだけ仲良さそうなのに!?」
「えー……だって爆豪くんはすごいひとだし。ヒーローになるだろうし。世界が違うよ」
「そんなことないよ!だって爆豪くん、絶対名前ちゃんのこと好きでしょ!」
「どうかな」
「さっきのキレ具合見てたら絶対そう!」

 名前ちゃんは笑いながら靴を取り出す。シンデレラみたいな、きらきらしたハイヒールだ。可愛い。

「靴可愛い!」
「けどこれめちゃくちゃラメ落ちるの。この辺りに落ちてるキラキラ全部これだよ」
「うわめっちゃ落ちとる」

 名前ちゃんはハイヒールを履く。普段はおろしている髪の毛をまとめ上げているのもあってか、めちゃくちゃスタイルがよく見える。首が長いし顔が小さいなあ。そう思っていると、名前ちゃんはぽつりとつぶやいた。

「まあだけどね、いまが一番楽しいという気持ちもある」
「え?」
「友達以上恋人未満のいまが、一番ぬるくて楽しい」
「………」

 思わず真顔になってしまった。

「爆豪くんが彼氏だったら飯田に着いて来られなかったし。かといって爆豪くんがわたしを誘ってくれるわけもないし」
「切島くんが付き添いだもんね……」
「絶対に誘ってくれないということはわかってるからね。ちなみにここに行くということも聞いてないし」
「そ、それっていいの!?」
「いいよ。だって彼女じゃないからね」

 名前ちゃんはさらりと呟く。嫌味ではなく、心からそう思っているようである。

「恋人になると、相手のすべてを自分が掌握できると勘違いしそうになる」
「え」
「だからきっとわたしは、爆豪くんが思い通りにならなかったら悲しいし、爆豪くんもわたしが自分の思い通りにならなかったらきっと怒るよ」
「………」

 確かに爆豪くんがキレる姿が容易に想像できる。

「だからいまが一番いい。ぬるくて楽しい。この人わたしのこと好きなのかな?どうなのかなーって」
「………じゃあ、爆豪くんから告白されたらどうするの?」
「してこないよ」

 名前ちゃんは目を細める。その表情が、鳥肌が立つくらい、綺麗だと思った。

「わたしとの関係を変えようなんて、きっと彼は微塵も思ってないから」

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「爆豪くんと切島くんが来ない!!もうパーティーは始まっているのに!!!」
「わたし、探しに行こうか?」
「いやここで待つべきだ!!」
「迷ってるかもしれないし、探しに行くよ」
「いやしかし……名前ちゃん!」 

 名前ちゃんは待ち合わせ場所に、決められた集合時間に来ない切島くんと爆豪くんに怒っている飯田くんを宥めた後、二人を探しに行くと言って消えていく。

 ――名前ちゃんを一人で行かせるべきではなかったとここにいる全員が後悔するのは――30秒後のことである。

(180811)