「………ンでてめえがここにいやがる」

 かっちゃんは地を這うような低い声で名字さんに問いかけている。女子に向けるような声色ではない。そもそも自分の彼女に向ける声ではない。名字さんはその声色に全く怯むことなく、さらりと呟いた。

「飯田の同伴」
「はァ!?」
「飯田家に届いた招待状だ!俺の家はヒーロー一家だからな!」
「I・エキスポ行ってみたかったんだよね!」
「経営科の夏の課題の自由研究の為にどうしてもと言うから!勉学に役立てるなんてさすが名前ちゃんだ!幼馴染が勤勉で誇らしい!」
「爆豪くんは何でいるの?」

 飯田くんの同伴だとさらりと名字さんは呟いた。かっちゃんはその返答にブチ切れている。自分の彼女が他の男と――まあ無害そうな飯田くんではあるけれど――旅行に来ていたら、かっちゃんじゃなくても何かしらリアクションは起こすだろう。隣にいた麗日さんもそう思ったようである。麗日さんは恐る恐る、名字さんに耳打ちしている。

「い、いいの……?飯田くんと同伴なんて……」
「なんで?」
「爆豪くんと付き合っとるのに!」
「付き合ってないよ」
「え」
「付き合ってたらさすがに飯田と一緒には来ないよ。飯田がどれだけ安全な男だとしても」

 麗日さんは心底引いた表情で、僕に小声の早口で呟いた。

「この二人付き合ってないんだって!」
「えー!!!!!!」

 驚きすぎて、思わず漫画のような顔芸を披露してしまった。かっちゃんと名字さんが……付き合ってない……?う、うそだろ……普段あんなに仲良さそうにイチャイチャしてるのに……僕が頭を抱えていると、飯田くんは不思議そうにつぶやいた。

「安全な男?」
「飯田は安全だもんね」
「よく意味がわからないが、安全と言われて悪い気はしないな!」
「こうだから大丈夫だよ」

 飯田くんには全く意味が伝わってないようであるが、どや顔で胸を張るのはやめてほしい。これ以上かっちゃんに油を注がないでほしい。かっちゃんは僕たちのやり取りを、ぷるぷると震えながら聞いている。これは本気でキレている。まずい。その様子を名字さんは目を瞬かせてじっと見つめたあと、かっちゃんに向かって呟いた。

「ね、爆豪くん」
「あ゛ァ!?」

 めちゃくちゃキレている。怖い。僕なら「何でもないです」と早口で呟いて距離を取るだろう。名字さんは全く怯むことなく、呟いた。

「このワンピース、今年新しく買ったんだけどどう思う!?」
「……………どうでもいいわ!!!」
「えー!可愛くない!?爆豪くんこういうの好きじゃないの?」
「好きじゃ!!!ねーわ!!!」
「じゃあどういうのが」
「うるせえな!!!」

 名字さんは夏らしい清楚なワンピースを着ている。どこからどう見ても完璧な夏のお嬢さんである。そして話の逸らし方が素晴らしい。かっちゃんはキレているが、それはいつものことである。先ほどのマジでキレてるテンションではない。平常運転である。僕以外のその場にいるクラスメイトも同じことを思ったようで、八百万さんは「お見事!」と小声で呟き拍手をしている。切島くんも「爆豪の彼女すげーな」と呟いている。

「そ、そういえば部屋はどうなってるの……?」
「部屋?」

 麗日さんは恐る恐る飯田くんに質問している。麗日さんは小声で話しているのに、飯田くんは空気を読まずにいつものボリュームである。頼むから声を小さくしてほしい。

「ああ、名前ちゃんとは同室だ!」

 飯田くんは朗らかにつぶやいた。そのセリフに、全員が沈黙した。いい感じに話題が逸れていたかっちゃんと名字さんも含めて。

「はあああああああ!?ありえねーだろ!ふっっざけんな!!」
「まあまあ落ち着いて」
「落ち着けるわけねーだろテメェは何考えてんだあァ!?」
「飯田は安全な男だから」
「よく意味がわからないが悪い気はしない」
「黙れ!!満更でもない顔をしてんじゃねえ!!!!」

 飯田くんは全く意味をわかっていないようである。確かにそういう意味では安全な男だろう。だけれど思春期の男女が同じ部屋で眠るのは重大なことなのではないだろうか。この二人の距離感が分からない。

「飯田は三秒で眠りにつけるから何も起こらないよ」
「ああ、俺は入眠までの時間が短いんだ」
「だからどや顔してんじゃねえ………」

 かっちゃんはブチ切れている。付き合ってはないとはいえ、好きな女の子が別の男と同じ部屋で眠るのは気が気ではないだろう。僕が飯田くんと同じ部屋になるとして……いやだけどそうすると、名字さんがオールマイトと同室になってしまう!そういろいろと考えていると、麗日さんが呟いた。

「私の部屋に来なよ!私達三人で来たから、私は一人部屋なんだ!」
「あっじゃあ飯田とお茶子ちゃんがトレードすればいっか。飯田はそこで一人で入眠。わたしはお茶子ちゃんと女子会」
「え、えーっと」
「あっごめんね、馴れ馴れしくお茶子ちゃんって呼んじゃった。名字名前ですどうも」
「ええよええよ!名前ちゃん!」
「お茶子ちゃん」

 麗日さんと名字さんはにこにこと楽しそうに話している。女子がうららかに話しているのは癒されるなあ……と思っていると、飯田くんも腑に落ちない顔をしているが納得しているようである。「確かに一人で眠る方が上質な睡眠が得られる……」飯田くんはいろいろな意味で安全すぎる男であると再確認した。恐る恐るかっちゃんの方を見ると、かっちゃんはとりあえずは納得しているようである。切島くんはその様子を見てさらりと呟いた。

「早く付き合えばいいのに」

 全く同感である。

(180811)