かっちゃんが恋をした。 「おい!無視してんじゃねえ!」 「わたしの名前、おいでもお前でもないよ」 「…………モブ」 「………」 「チッ………名前」 「わあ、わたしの名前覚えてたの?爆豪くんえらいね!」 「うるせーよ!馬鹿にしてんじゃねえ!俺が忘れるわけねーだろ!」 「えっ」 「そういう意味じゃねーよ忘れるような脳じゃねえっつってんだよ」 どこからどう見ても完全にいちゃいちゃしている。廊下で会うたび、食堂で会うたび、彼女――名字さんとかっちゃんはこのような問答を繰り広げている。悪人面をしたかっちゃんに全く怯むことなく微笑んでいる名字さんのメンタルは強い。強すぎる。そして普段は他人に興味のない、自尊心の塊のようなかっちゃんが、特定の女子に心を許している。いやこのモノローグがかっちゃんに気付かれたら、きっと僕は爆破されるけれど。 「爆豪くんは短気だね、早死にするよきっと」 「はァ!?殺すぞ!」 「怖い怖い」 「ババアみたいなこと言ってんじゃねーよ!」 「落ち着いて落ち着いて。あっこのチョコレート食べる!?さっき買ったの!」 「………」 「美味しい?」 「けっ、」 完全に手懐けられている。かっちゃんの口にいとも簡単にチョコレートを放り込んだ名字さんは、楽しそうに笑っている。かっちゃんも心なしか楽しそうに見える。これは完全に恋なのだろう。かっちゃんが気付いているのかどうかは定かではないが。 かっちゃんと僕は幼馴染だ。だけれど未だかつて、かっちゃんが女子にこのように丸め込まれている様子を見たことはなかった。かっちゃんは自尊心の塊だ。ただでさえプライドが高いかっちゃんが、女の子に懐柔され、普段よりは幾分か丸くなっている。由々しき事態だ。そもそも名字さんはどのような手を使ってあそこまでかっちゃんを手懐けたのか。興味がわいて仕方ないが、僕にはきっと一生わからないだろう。 ; 「あっ」 「あ、デクくんだ」 「え!?」 「あれ?違うっけ」 名字さんと話したことは、一度もない。いつもかっちゃんと話しているところを見ているだけであった。図書館で偶然出会った名字さんは、僕の名前をさらりと呼んだ。存在を知られてないと思っていた僕は驚く。 「違わないよ!デクです!」 「だよねー!知ってる知ってる。ヒーロー科は全員把握してるから」 「え!?す、すごいね……」 「体育祭の前に全員の個性と性格調べたからね」 「え!?」 「それに爆豪くんのライバルでしょ」 「………いや、僕はかっちゃんには相手にされてないから」 「いやいやご謙遜を。デクくんの名前出すと、爆豪くん機嫌悪くなるよ」 「僕は嫌われてるからなあ……」 「いやいや。たぶんデクくんに引け目を感じてるんだと思うよ」 「引け目?」 「引け目」 名字さんは微笑む。その微笑み方が、大人っぽくてどきりとした。 「いやかっちゃんが僕に引け目なんて!そんな!」 「控えめなんだね。謙虚だし」 「え!?」 名字さんは腕の本を抱え直す。僕は話題を変える。 「そ、そういえば試験勉強!?」 「うん。うちは筆記が多いんだ。暗記科目も多いし」 「そ、そうなんだ」 女子と話しているという事実だけで、思わずどもってしまう。挙動不審な僕を見て、名字さんは笑った。 「ヒーロー科は実技が多いんでしょ」 「う、うん」 「大変だね。だけどデクくんの個性もすごいもんなあ」 「そ、そんなことは……」 譲り受けた個性を褒められ、僕は思わず照れてしまう。名字さんは呟いた。 「すごい個性だよ。みんなが嫉妬するくらい」 「え!?」 「爆豪くんを筆頭に」 名字さんは冗談のように呟く。この個性を譲り受ける前の僕からしたら、かっちゃんの個性は派手で強くて、とても羨ましかった。 「かっちゃんもすごい個性持ってるのに」 「派手だし強いよね。合ってるなって思う。センスもあるし」 「だよね!?僕もずっと羨ましくて、」 「え?」 僕の言葉に、名字さんは不思議そうに目を丸くする。僕は慌てて呟いた。 「僕とかっちゃん、幼馴染で!僕は個性が出現するのが遅くて、ずっとかっちゃんに憧れてて」 「……遅い?」 「うん。諦めかけてたよ」 不自然にならぬように言葉を紡ぐ。ワンフォーオールのことを知られてはならない。他人に本質を知られてはならない個性だ。あの人から受け継いだものであるということも。 「………いいなあ」 「え?」 名字さんは、瞳を伏せて呟いた。思わず聞き返した僕に、彼女は唇に笑みを乗せる。 「わたしもかっちゃんって呼んでみようかな」 「あっ………名字さんならきっと怒られないと思うよ!」 「どうかな。爆破されたくないし」 「されたことあるの?」 「今のところないよ」 普段あれだけかっちゃんの地雷を踏みまくっているというのにも関わらず、爆破されたことがない。やはりそうだ。かっちゃんは、名字さんが好きなのだろう。 「か、かっちゃんと付き合ってるの?」 「え?付き合ってないよ。何で?」 「いつも仲良く話してるし、」 「わたしが一方的に話してるだけだよ」 「え!?だ、だけど」 「――世界が違うよ」 名字さんは、微笑む。そして何てことはないとでもいうかのように、呟いた。 「爆豪くんとは、生きる世界が違うから」 (170305) |