「何か名前ちゃん怒鳴ってねえか!?」
「そりゃ怒鳴るだろ」
「爆豪がキレたらどうする!?さすがに女の子に手は出さねえよな!?」
「授業では女子もボッコボコにしてたよな」
「俺やっぱり中入って止めて、」
「やっぱりおかしいよな」
「は?」

 病室の外に出た轟は顎に手を当て、考えるようなそぶりを見せる。切島は「またこいつがおかしなことを言い出した」というような表情で、轟を見つめる。

「プロヒーローが襲われたっていうのに、見舞客が少なすぎる」
「爆豪アンチ多いからな」
「メディアにも騒がれてない」
「まだ捜査中だからじゃねえか?」
「それにしても、事務所の人間が誰かしら来るだろ。おかしくねえか」
「………どういうことだよ」
「誰かが情報操作でもしてんじゃねえのか」
「誰かって?」
「さあ」

 轟は首を傾げる。そして続ける。

「それに、爆豪を襲った相手は素人だろ」
「素人って」
「個性の訓練を日常的にしているヒーローでも、敵でもない。素人が個性を使う機会は限られてる」
「それはそうだけどよ」
「素人が、そんな強力な個性を持ってんのか?」
「個性には個人差があるだろ」
「個人差っていう問題じゃねーだろ。個性をコントロールできないこどもっていうわけでもない。ヒーローでも敵でもない。今まで品行方正に生きてきた素人が、現場で場数踏んでそれなりに個性への耐性がある爆豪を、一生洗脳できるのか?非現実的だろ」
「………だけど物間も言ってんだろ?大切な人間を二度と思い出せない個性だって」
「あいつの個性も3分だか5分だろ。限られた時間でそこまで把握できるのか?」
「………」
「素人がこんなにも長い間、特定の相手を洗脳し続けられるのか?おかしいよな」

 轟の言葉に、切島は焦ったようにつぶやいた。

「ここででかい声で言わねえほうがいいんじゃねえか!?警察に」
「いや、ここだから言うんだろ」
「は?」

 その瞬間であった。切島の後ろに、冷気が流れたのは。何かが凍る音がし、切島は背後を見る。白衣を着た一人の女が、手足を氷漬けにされていた。

「………ちょっとおい!轟これはまずいだろ!?一般人凍らせるなんて、」
「気楽だな。お前に向かって刃物投げつけようとしてたぞ」
「ま、まじかよ…一生の不覚……」
「まあ日常で襲われるとは思わねえもんな」

 轟はその女を見て、呟いた。

「お前のことは最初からおかしいと思ったんだよな。爆豪の主治医」
「………どうして?」
「俺の病院通いを舐めてもらったら困る」

 轟の言葉に、切島は心配そうにつぶやいた。

「えっお前どっか悪いの!?」
「見舞いだ」
「何だ見舞いか」

 手足を氷漬けにされた爆豪勝己の主治医を名乗っていた女は、自由になっている唇を動かす。

「あたしもあの男が嫌いなの」
「爆豪アンチ多すぎだろ!」
「だから個性を使ってあの男を洗脳していた」
「洗脳?」
「洗脳系の個性多すぎだろ……」

 爆豪勝己の主治医は呟く。

「かけられた個性を持続させる。それがあたしの個性。診察のたびに個性を使ったわ。あの男から恋人が離れていくまでもう少しだったのに」
「………」
「関係が修復不可能になったタイミングで、個性を使うのをやめるつもりだった」
「悪趣味だな」
「……爆豪に何されたんだ?」

 観念したように、爆豪勝己の主治医は呟く。

「あたしの妹は、爆豪勝己の熱心なフォロワーだった。あの男の所為で妹の人生はめちゃくちゃになったの」

 男二人は思った。完全なる逆恨みであると。

「あの男も、大切なものを失えばいいと思った。失った後に、それに気付けばいい。もう二度と手に入らないものを、狂おしいほど求めればいいと」
「………爆豪なら、二度と手に入らないとしても何とかして手に入れそうだけどな」
「つーか名前ちゃん大丈夫か!?爆豪にボッコボコにされてたら――、」

 切島は乱暴に病室のドアを開ける。開けた瞬間、後悔するとも知らずに。

「……っん‥…っ、ん……っ、」

 そこには病室のベッドに婚約者を押し付け、その唇を貪っているプロヒーローがいた。切島がそっとドアを閉めるのと、部屋から頬を叩いたような大きな音がしたのは同時であった。

(180205)