わたしはあまりテレビを見ない。ようにしている。ヒーロー関係のニュースは特に。生身の人間が世間の脅威と戦い、その度合いが派手になればなるほど、世間は騒ぐし盛り上がるし美談になる。だけれどその生身の人間が、自分の大切な人だったとしたら。かけがえのない人だったとしたら。

 学生時代に、彼と交わした約束を思い出す。わたしは彼を心配しない。何があっても大丈夫だと信じる。だからテレビは見ない。彼は必ず帰ってくると、信じているから。

「こういうことはよくあること?」
「俺の父親はヒーローだが」
「知ってる。エンデヴァーね」
「性格が破綻しているきらいがある。脅迫文やアンチからの嫌がらせは日常茶飯事だった」
「とんでもねえな!」
「パパのことを性格破綻してるっていう轟くんもとんでもないけどね」

 婚約者は眠り続けている。轟くんは身内にプロヒーローがいるからか、酷く落ち着いている。

「相手が悪かったな」
「相手?」
「敵だとわかっている相手ならよかった。だけど、気弱そうな一般人に肩叩かれたくらいで、何か対応できねーだろ」
「肩?」
「爆豪はその犯人に肩触られて、個性を食らったらしい」
「………触れるだけで作用する個性」
「どう作用するかが問題だな」

 切島くんと轟くんは、親身になってくれているようである。わたしは瞳を閉じる。そして呟いた。

「二人ともありがとう。遅いし、もう帰った方がいいよ。明日も仕事あるでしょ?」
「だけどえーっと、……」
「名字名前」
「名前ちゃん、一人だと心細いだろ!」

 名前を憶えていないだろうと思い名乗ると、どうやら図星だったようである。

「わたしは起きるまでここにいようかなって思ってる」
「主治医には会ったか?」
「会ってない」
「詳しい話を朝になったら聞いた方がいい」
「美人だったぜ」
「女の人?」
「おう」
「そうなんだ」

 二人がいてくれて、助かった。一人きりでこの病室で眠り続ける勝己くんを見ていたら、不安で仕方がなかっただろう。だけれど少しでも、誰かと話すことができてよかった。

「二人ともありがとう。ごめんね」

 いつも通りの声を出した、つもりだった。だけれどあくまでそれはつもりだったらしい。わたしの声は、病室に酷く弱弱しく響いた。帰る支度をしていた切島くんが、動きを止めるくらいに。切島くんが、口を開いたその時だった。

「………あ゛……?」

 寝起きの酷く不機嫌な声が聞こえたのは。わたし達は一斉にベッドの方を見る。

「勝己くん!?」
「爆豪!?」

 彼はだるそうに起き上がる。そして目を瞬かせ、呟く。

「………クソ髪うるせーよ……」
「すまん!テンション上がってつい!」
「身体は平気か?」
「………ンで半分野郎までいやがるんだ……」

 寝起きのいつものローテンションである。わたしは身を乗り出し、呟く。

「大丈夫?」

 彼の瞳が、わたしを捉える。瞬きを二つしたあと、わたしの婚約者は呟いた。

「誰だてめーは」

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「あの日は私の誕生日でした。自分の運の悪さを呪いますね。人生で一番最悪な日が、自分の生まれた日と重なるとは。妻は私の誕生日ケーキを買いに出かけていました。その途中で――、」

「酷く混乱状態で、同じ話しかしません。個性のことを探ろうにも難しくて」
「だから僕が呼ばれたって?僕の個性は模倣であって、個性の把握ではないんだけど」
「お願いします、ファントムシーフ」

「……酷い個性だな」
「個性届には洗脳と」
「物は言いようだな。同情するよ――あの男には」

「触れた人間の一番大切な人間を忘れさせる個性。それがあの男が食らった個性だ」
「………は、」
「脳に作用する個性だ。記憶は復元しない」
「つまり、」

「爆豪勝己は、二度とその“一番大切な人間”を思い出さない。同情するよ、心から」

(180205)