「あの日は私の誕生日でした。自分の運の悪さを呪いますね。人生で一番最悪な日が、自分の生まれた日と重なるとは。妻は私の誕生日ケーキを買いに出かけていました。その途中で――、」

「すみません。まだ傷が癒えていないんです。取り乱してしまいましたね。妻はジギタリスの24人目の被害者でした。無個性を狙っているとは知っていましたが、まさか妻が狙われるなんて。外出を禁じるべきだった。ずっと傍にいればよかった。誕生日なんて来なければよかった。ケーキなんていらなかった。妻が帰ってきてくれれば、妻がいてくれれば、私は何もいらないのに」

「ジギタリスが捕まったニュースを聞いた時は、これでやっと前を向けると思いました。だけれど向けなかった。当然です。私の妻は助からなかった。だけれど、あの男の婚約者は助かった。どうして?どうして妻だけが死なないといけなかったんですか?ヒーローが最初から手を抜かずに敵を捕らえていれば、妻は死なずに済んだのでは?自分の身内には身を挺すのに、他人には?それはあまりに不条理じゃないですか?」

「そうです、私怨です。私はあのヒーローが許せなかった。あの男をどうにかすれば、気が晴れると思ったんです。それは正解でした。妻を失ってから、久しぶりに清々しい気持ちになりました。妻を失って色あせていた世界が、色を取り戻したように感じました」

「あの男はどうしていますか?最愛の人を失い、呆然としていますか?」

「私はただ、あの男にも味わって欲しかったんです。大切な人の名前を呼べない、苦しみを。一番大切な人を失う、空しさを」

(180204)