「突然ですが、勝己くんと一緒にいられなくなりました。家も出ていきますし、もう会えなくなると思います。勝手なことを言ってごめんなさい。このメッセージを聞いた時、あなたはきっと怒ると思います。だけど、すぐにわたしのことなんて忘れると思います。きっと勝己くんには、わたしよりきれいで、可愛くて、性格もよくて尽くしてくれる、きちんとした個性を有した女の子が現れるから。だからわたしのことは忘れてください。探そうなんて思わないでください。きっと、あなたにとって良くないことが起こると思います。だから、だからどうかわたしのことを――」 爆豪勝己は、視線だけで人を三人は殺せると比喩できるような表情で微笑む。とてもプロヒーローとは思えない、敵の中の敵とでもいうかのような表情である。 怒りで震える指で、名字名前につけたGPSの位置を確認する。彼女の指輪に存在するそれは、外せないように特殊な仕掛けがしてある。その位置を確認し、爆豪勝己は舌打ちをした。今は地方へ出張中なのだ。すぐに駆け付けられる距離ではない。 サイドキックに指示を出す。帰宅予定は明日であったが、今すぐにしても大した問題ではない。仕事は片付いているのだ。そして名字名前という括りの中では信頼している同期に連絡を取る。怒りで手が震えているはずなのに、爆豪勝己のここまでの段取りはスピード感で溢れていた。 「ぶっ殺してやる……」 ヒーローの台詞ではない。爆豪勝己の周りのサイドキックはそう思った。いまさらの話である。 ; 化粧室では一人の女が、鏡の前でリップメイクを直していた。個室から出てきた女は、その女を見て目を細める。 「それってイヴサンローランの新しいのでしょ!?すぐに売り切れたっていう」 「そうなの。貰ったんだあ」 ヴォリュプテティントインバームを唇にのせながら、その女はつややかに微笑む。 「今日はデート?」 「うん」 「婚約者と?」 「ちがうよ」 十歳上の実業家と結婚が決まっているその女は、婚約者以外とデートだと嘯く。 「いまってキープ何人いるんだっけ?確か金融関係と、超エリート会社員だっけ?」 「その二人とはだめになったの」 「へえ、そうなんだ」 「それよりも、いまは例の彼が出張中だから寂しいねえ」 「そうなの!」 女はディオールのリップマキシマイザーをのせながら呟く。 「最近はこの辺りで軽犯罪が多いでしょ?」 「軽犯罪?」 「前時代的な犯罪っていうの?個性が出る前の時代によくあったやつ。万引きとかさあ、横領とか、インサイダーとか?」 「前時代的って」 「だってそうでしょ。個性なんて全く関係ない犯罪ばっかりだよ。善良な一般人がちょっと悪いことしましたーみたいな?」 「ちょっと悪いこと」 「そうそう。ちょっと悪いこと」 女は続ける。 「だから爆豪勝己くんも地方に出張に行っちゃった。暫く会えない。悲しすぎる」 「………そろそろいい加減にしないと、訴えられるよ。この間も怒られてたでしょ。法的に何とかって」 自称爆豪勝己の一番のフォロワーを名乗るその女は、目を瞬かせる。そして呟いた。 「あんなのただの脅しでしょ。余裕余裕」 「ストーカーで訴えられるよ」 「だって好きな人のことは何でも知りたんだもん」 「だけど彼女がいるんでしょ?」 その言葉に、ストーカー行為を平然と繰り返している女は顔を歪める。 「そうなの。別れてくれないかな。ほんと。彼女に何かしてやりたいけど、それはさすがに捕まりそうだし」 「それは捕まるだろうね」 「常識の範囲内でなにかしてやりたいと思うことはある」 「それよりも自分を磨きなよ」 正論を並べられ、女は苛立ったように唇を尖らせる。 「磨いて奪っちゃえばいいのに」 「………いいよね、美肌が個性なひとは」 「え?」 「最初から勝ち組じゃん。もてるし。キープも絶えないし」 その言葉に、相手の女は視線を伏せる。 「そういえばあんたの元キープ、この間インサイダー取引で捕まった会社員に似てない?」 「あのさあ」 声色が変わる。爆豪勝己のフォロワーは、それに気づかない。 「私、嘘ついてたんだ」 「は?」 「私の個性、美肌じゃないの」 女はつややかに微笑み、爆豪勝己のフォロワーに肩に触れる。 「………あ、れ………?何か、めまいが、」 「これはエステに行ってるし高い化粧品使ってるから。全部努力ね」 「………ど、りょく……?」 「最後に私の個性、教えてあげるね。今まで仲良くしてくれたお礼に」 めまいを訴えるその女は、狂気に染まっていくようであった。 「他人の背中を押す個性」 「………なに、したの……、」 「人の中に潜む“悪意”を、膨らませる個性なの」 女は化粧ポーチに口紅を入れ、崩れていく同僚を見て微笑む。そして呟いた。 「願いをかなえるのって難しいよね。自分の中の常識や善意が邪魔をするの。だから」 「あなたが本望を遂げられますように」 (170813) |