「何で俺は彼女と長続きしないんだと思う!?」
「何でだろうねえ」

 爆豪の彼女――ではなく婚約者となった名前ちゃんは、ダイニングテーブルに項垂れている俺にことりと水を置く。まだ飲み足りないと視線で訴えたが、名前ちゃんはビールが入っていたコップを流しへ持っていく。

「俺って話しやすいし取っつきやすくない!?友達から割と恋愛相談されるんですけど!?」
「電気くんは女友達みたいだもん。飲み物とか食べ物シェアするのにも全く抵抗がない」
「女友達!?」
「懐かしいよね。昔合コンやってからさあ、わたし達急速に仲良くなったじゃん?」
「あー」

 懐かしい。名前ちゃんに土下座をする勢いで頼み込み、経営科の女子たちとの合コンを開いてもらったのだ。それをきっかけに、今までは「クラスメイトの彼女」だった名前ちゃんと、急速に仲良くなった。爆豪と彼女が喧嘩したときに、爆豪ではなく名前ちゃんに相談をされるくらいの間柄である。ちなみに下ネタも抵抗なく相談される。俺は彼女に、完全に男として認識されていない。

「懐かしんでるね」

 名前ちゃんは俺の表情を見て目を細める。

「名前ちゃんに、爆豪がどんなコスプレが好きか遠回しに調査しろって言われたのを思い出してたわ」
「やめてよーそれ学生の時の話でしょ」

 名前ちゃんは楽しそうに笑う。俺は自分で言うのも何だが、彼女からもものすごく信頼されているし、何なら爆豪にもものすごく信頼されている。こうして家主が不在であっても、彼女と二人で宅飲みをしていてもキレられない程度には。他のことに対してはわからないが、少なくとも名字名前に手を出さないという点では俺はあいつからものすごく信頼されているらしい。正解だ。俺は名字名前には手を出さない。命が惜しいし、彼女からの信頼を失うのも惜しい。

「爆豪のことを名字で呼んでんのに、俺のことは名前で呼んで爆豪がキレたことあったよな」
「懐かしい!高校生の時だよね?勝己くん怒ってたなあ。当時は今よりも短気だった」

 名前ちゃんは懐かしむように目を細める。大切なものに思いを馳せるかのように。

「何で俺は長続きしねえんだろう。マジで。二人はすげー長いのに」
「うーん毎日面白おかしく生きているわけじゃなくて、思うこともたくさんあるよ」
「えっ名前ちゃん毎日面白おかしく生きてねーの?」
「まあだいたい面白おかしいけど」
「だよな?」
「こら」

 名前ちゃんは水を一口含む。そして呟いた。

「思いやりのなさにイライラすることもあるし、欲しい時に欲しい言葉をくれなくて、悲しくて傷つくこともあるよ」
「………爆豪口悪いもんな」
「わたしは自分が好きじゃないし、自分でいいのかなって思うこともたくさんある。いつか勝己くんのために、手を離してあげないといけないんじゃないかって」
「え゛」
「だけど」

 名前ちゃんは目を伏せる。

「もうこうなっちゃったら仕方ない。なるようになる」
「………えっ諦め!?諦めてんの!?」
「諦めじゃないよ悟りだよ」
「悟り!?」

 薬指に光る婚約指輪は悟りということなのだろうか。名前ちゃんは悟りの域に達したので、爆豪と結婚を決めたのだろうか。なぜ俺がこんなに焦っているのか。

「わたしは思いやりもなくて、欲しい言葉もくれなくても、勝己くんとなら面白おかしく生きていけるかなって思った」
「………は」
「だから」

 名前ちゃんの言葉の続きは、ガタガタと玄関を乱雑に開ける音にかき消された。家主のお帰りである。

「おかえりー」
「………アホ面もうへべれけじゃねーか」
「ただいまは?」
「………ただいま」
「おかえりなさい」

 爆豪は顔を歪め、素直に帰宅の挨拶をする。随分丸くなったなと思いながら、俺は口を開く。

「何で俺は彼女と長続きしないんだと思う!?」
「はァ!?知るかよ」
「ひでーな!」

(170729)