大好きな人のことをすべて知りたい。今のことも昔のことも。あたしの知らない彼が、この世界のどこかにいると思うと耐えられない。 「あんた本当に好きだよね」 「大好きだよ」 「性格はかなりヒールなんでしょ?フォロワーに対してもサービスしないし。騒いでたフォロワー睨みつけるって聞いたけど」 「それがいいの。それも好きなの」 爆豪勝己。それがあたしの応援するヒーローの本名である。プロヒーローの本名を調べることなど、造作もない。爆豪勝己の出身校は、他でもない雄英高校だ。体育祭は全国ネットで生中継される。本名はそこで晒される。数年後の華々しくデビューした彼と、体育祭で吠える彼は一致する。個性だってそうだ。調べるまでもない。 「あたしは彼に会うためにこの仕事に就いたんだよ」 「執念がすごいわ」 マスコミ関係の職業に就いたのは、プロヒーローになった彼にあたしという個人を認識してもらうためだ。あたしは雄英体育祭で彼をテレビで見たその日から、その瞬間から、爆豪勝己にあたしという個体を認識してもらうためだけに生きてきたのだ。 「実際会って幻滅しなかった?」 「しないしない。余計好きになった」 彼の性格は、お世辞にもいいとは言えない。フォロワーに対するファンサービスもない。口調も荒く、敵のような形相を浮かべることも多い。そのことに対して、彼を批判している人間もたくさんいる。だけれどあたしのように、彼を支持する人間だってたくさんいるのだ。 「今日は会えるから嬉しい」 「雑誌の取材だっけ?」 「そう。幸せ」 「向こうはあんたの名前覚えてるの?」 「覚えてないけど顔は覚えてくれてるの。幸せすぎる」 「もっと積極的にアピールすれば?」 同僚は目を細めてマスカラを塗り直している。彼女は来春、雄英高校の経営科を出ている10歳年上の実業家と結婚が決まっている。超エリートで羨ましい限りである。 「早く彼女と別れてくれないかな」 「彼女?彼女いるの?」 「そう。彼女がいるの」 「えっそれも突き止めたの?立派なストーカーじゃん」 「好きな人のことは何でも知りたいの」 早く、彼女と、別れてくれないかな。頭の中で何百回も祈っていることを口に出す。 「彼女の顔まで知ってるの?」 「顔どころか個性まで知ってるけど」 「やばい。怖すぎるんだけど。法に触れてない?大丈夫?」 同僚は茶化すようにつぶやく。婚約者がいるというのにも関わらず、現在進行形でキープが3人いるこの女の方が、どちらかというと有罪だろう。あたしは好きな人の周囲を調べているだけだ。 「まあ確かに可愛いよ。綺麗でもある。ああ、こういう子が好きなんだなーって感じ」 「へー」 「だけどねえ。ないよねえ」 「何がないの?女なんて顔でしょ」 女なんて顔だと言い切った同僚は、鏡に向かって微笑んでいる。彼女は確かに美人であるが、女友達はいないタイプだ。当然だろう。あたしだって、女は顔だと言い切る女と友達になりたくない。 「人間顔じゃないよ」 「じゃあ何?個性?」 「そう。それ」 あたしは目を細める。それだ。無個性が爆豪勝己の彼女なんて、図々しいにも程がある。一応個人情報になるので、個性のことを詳しくは言わない。だけれどあたしの反応を見て、同僚は悟ったらしい。鋭い女である。 「そんなにひどい個性なんだ。かわいそうだね」 同僚の個性は、“美肌”らしい。肌が荒れないことを何よりの強みだとしている彼女は、確かにどこを触っても滑らかでつるつるだ。羨ましいことこの上ない。 ; 「おはようございます!」 「………」 目が合うだけでも幸せだ。挨拶をして無視をされようとも。撮影現場であたしの顔を見た瞬間に、顔を顰める爆豪勝己は今日もかっこいい。あたしは彼に近づき口を開く。 「お疲れ様です!調子はどうですか?」 「………」 「暫く地方への出張はしてないんですよね?帰りも早いみたいですし」 「………」 彼はあたしの存在を無視し続けるかのように、反応を示さない。いつものことだ。少しくらい反応してくれてもいいのに。あたしは奥の手を使うべく、唇を開く。 「やっぱり、彼女さんが心配なんですか?」 「………あ゛?」 「彼女さんも、最近は一緒に住んでるみたいですし。ジギタリスの事件があってからですよね?」 ああ、食いついた。自分の中に芽生えている薄暗い感情を吟味し、あたしは笑みを浮かべる。 爆豪勝己は、あたしの名前を認識していない。だが、あたしが自分の“熱狂的なフォロワー”であることは認識している。“あなたのことをすべて知っている”アピールをするあたしに、彼が反応をすることはない。だが、“彼女”の名前を出すと、彼はいとも簡単に表情を崩すのだ。 「やっぱり、“無個性”なんて―――」 「………オイ、ストーカー」 あたしの言葉を遮るように、爆豪勝己は口を開く。ストーカー呼ばわりは、何度もされてきた。失礼な話である。あたしはあなたのフォロワーだ。断じてストーカーではない。 「………今度俺の周りを嗅ぎ回ってみろ。法的に容赦はしねーぞ」 「………!」 爆豪勝己は、まるで敵に相対するような視線を、あたしに、向ける。ぞくりと身震いしてしまった。様子がおかしいことにやっと気づいたらしい他のスタッフが、彼に何かを話している。わたしは同僚に手を引かれ、彼から離された。 「ちょっと!さすがにやばいよ。上に注意されたらどうすんの!?」 「………うん」 彼女は珍しくは焦ったような声を上げている。俯いているあたしが反省しているように見えたのか、彼女は取り繕ったような言葉を口にする。 「だけどプロなのに、法的に容赦はしないってみみっちいよね。ほんとに、あれのどこがいいの」 「………」 まだ、背筋がぞくぞくしている。嬉しくて仕方がない。死ぬほど大好きな人が、あたしの存在を認識している。嬉しい。ただひとつ、文句を言うのならばあたしの最も憎むあの無個性の女のことで、彼が酷くあたしに腹を立てているという点だろうか。 「あたしの」 「え?」 同僚はあたしの言葉を聞き返す。あたしは呟く。 「あたしのことを、絶対に好きにならないところがいい」 「………は?」 「絶対に、あたしのものにならないところがいいの」 (170726) |