「またガーターかよ!!!てめェは学習しねーのか!」 「おかしいな……こんなはずでは」 「だからフォームはこうだ!こう!」 「こう?」 「違え!こうだ!」 爆豪チームは、カップルらしく手取り足取りフォームの指導を行っている。口調は乱暴だが、腰を抱いている時点で何となくいやらしい。 「上鳴じゃなくて、電気でいいよ。電気。呼んでみ?」 「ちょ、ちょっとそれは恥ずかしい……」 「呼んでよ」 「………電気くん……」 上鳴チームは、完全に上鳴が相手の女子をロックオンしている様子である。お前ちょっと攻めすぎだろ……相手の子大人しいタイプだし引いてるんじゃないのか…。そう思うが女子も頬を赤く染めている。満更でもないらしい。 「切島は休みの日とか何してるの?」 「トレーニング中心かな。汗をかかねえと気持ち悪いぜ!」 「えー何それうける!わたしも何か運動始めようかな」 「ランニングとかどうだ?」 「いいかも!」 切島チームは、最初は派手そうな女子に切島が気おくれ気味であったが、完全に打ち解けている。ギャル程性格がいいというのは本当なのかもしれない。一緒にランニングの約束をしている様子は、高校生らしく微笑ましいと言ってもいいだろう。 「………瀬呂くんは、休みの日とか何してるの?」 「課題とトレーニングかな」 「そ、そっか」 気まずい。我ら瀬呂チームは、ひたすら気まずい。どうしてこうなった。俺は同じペアになった女子を盗み見る。名前ちゃん。自己紹介をする前から知っている。彼女は、いわゆる元カノである。 喧嘩別れをしたわけではない。自然消滅だ。ちょうどヒーロー科が忙しくなる時期と、経営科が忙しくなる時期が重なった。入学後に何となく付き合いを開始した俺たちは、何かが生まれる前に自然消滅してしまった。連絡をあまりとらず、課題や試験に追われ、夏休みが終ったころには彼女との距離は埋められないものになってしまった。 俺に彼女がいたことを知る人間はいないだろう。別に隠していたわけではない。だが、彼女との付き合いはあまりにも短かった。だから俺は彼女がこんなにもボーリングが上手いことも知らなかった。 「名前ちゃん」 「う、うん」 「ボーリング上手いんだな」 俺の言葉に、彼女は目を瞬かせる。そして呟いた。 「普通だよ。あの二人が下手だから」 あの二人というのは爆豪と上鳴のペアの女子である。この二人は確かに下手だ。ガーターばかりである。だが二人とも幸運だったのはペアの男がボーリングが上手いという点だろう。これであの二人が俺や切島と組んでいたら悲惨だった。切島は何というかボーリングという競技に向いていないし、俺はよくいう、「普通に上手い」レベルである。 「ヒーロー科、忙しい?」 「まあ。経営科は?」 「最近は落ち着いてるよ」 「この女子メンバーとは仲いいのか?」 「うーん、」 歯切れが悪い。仲がよくないのだろうか。 「幹事の子……爆豪くんの彼女とは、みんな仲良しだよ。だけどそれ以外の女の子とは、特別仲良しってわけじゃないかな。遊ぶのも初めてだし」 「へー……」 「そろそろ投げようよ爆豪くん」 「まだだ!まだ終わってねえ!」 「長い指導だなあ」 「お前の飲み込みが悪いんだろーが!」 「ガーターでも爆豪くんがスペアにしてくれるじゃん」 「当たり前だろ!このゲームでも勝つのは俺たちだ!だからお前が死ぬ気でストライクをとれ!」 「それは無理でしょ」 「やる前から諦めてんじゃねえ!」 仲睦まじくじゃれている爆豪とその彼女を見る。爆豪とここまで普通に話す女子は珍しい。ヒーロー科のクラスメイトの女子たちならばともかく。爆豪を煽りながらも機嫌を取りつつ、自分の思うように懐柔しているような爆豪の彼女は、確かに人当たりもいいし気が利く。クラスでも慕われているのだろうと思った。 「好みなの?」 「え?」 「あの子」 名前ちゃんは爆豪の彼女を見ている。好みではない。いや可愛いとは思うが、手を出そうなんて命知らずな考えが及ぶはずもない。爆豪に殺される。俺は呟く。 「いや俺は名前ちゃんの方が」 「え」 ――そこまで言って、俺は後悔した。何を言っているんだと。自然消滅した彼女に、まだ引きずっていると思われるようなセリフを言ってしまった。俺は背中に汗が伝うのを感じた。 「いや、あの、その」 ここで強く拒絶するわけにもいかない。俺がしどろもどろになっていると、名前ちゃんは口を開いた。 「わたし、ずっと、瀬呂くんに連絡しようと、思ってた」 「……え」 「だけど忙しいかなって、邪魔かなって、ずっと思ってた」 「邪魔なわけ、」 「わたしも!」 名前ちゃんは、何かを決めたような表情で呟く。 「わたしも、瀬呂くんが、一番いいなって、思ってる」 息を呑む。 「あの時から、ずっと」 俺は隣で声を震わせる女の子の、手を取ってもいいだろうか。あの時手を離したことを、後悔してもいいだろうか。彼女も、俺と同じ気持ちだと、己惚れてもいいだろうか。 (170625) |